戦車といえば回転する砲塔があり、分厚い装甲に覆われた履帯をつけた車両になりますが、かつては戦車のような役目をした戦車もどきの車両というものが多数存在しました。

砲塔がない分だけ生産性に優れていた

 360度旋回できる砲塔と大口径の戦車砲、さらに厚い装甲に覆われ、履帯(キャタピラ)による高い不整地走破性を持っている車両――それが「戦車」です。少なくとも2023年現在はそう分類されます。

 しかし、第二次世界大戦中には、砲塔がなく、そのまま車体部分に砲を取り付けた車両も登場し、戦車と同じような扱いをされることになります。これらの車両は厳密には戦車と呼ばれずに、駆逐戦車、突撃砲、またはもっと広い意味で自走砲ともいわれていました。

 戦中のドイツ軍では、慢性的な戦車不足を補うために、既存戦車の生産ラインを流用しつつ、生産が面倒な砲塔を撤去し、代わりに車体へ砲を搭載する車両が現れました。砲塔がないぶん、製造工程が少ないので生産性が高いうえ、車体そのものに砲をつけるため、スペースが大きく確保でき、砲塔を持った戦車より大口径の砲を搭載できることも魅力でした。

 駆逐戦車は、元々は装甲猟兵という対戦車砲を用いて敵戦車を撃破する目的の兵科に、「自走可能な対戦車砲」的な役割で配備された自走砲でした。最初の車両は、マルダーI、II、IIIのように車台正面へ装甲板を付けた砲を搭載するという簡易的なものでしたが、後に「ヘッツァー」や「ヤークトパンター」などのような、装甲を施した車体内部に砲を収容した、より本格的なものが登場しました。これが駆逐戦車と呼ばれるもので、戦車不足のため、用途としてはほぼ戦車と同じ役割をこなしていました。

 ほかに、大戦序盤のドイツ軍は砲兵科に所属する部隊へ、固定砲を持った車両で、歩兵に随伴し、拠点攻撃などで火力支援を行う車両を供給していました。これを「突撃砲」と呼んでいましたが、こちらも、対戦車戦闘能力が高いことが明らかとなり、大戦中盤以降は明確に対戦車任務も付与されることとなりました。

結局、使う兵科目が違うだけで、運用方法は駆逐戦車と同様、戦車の代わりという役目になっていきます。

ソ連では全て自走砲呼びだった

 同じころ、敵対関係にあったソ連軍では、ドイツ軍の突撃砲に影響され、旋回する砲塔を持たない装甲車両の開発が行われました。

 やがて、既存のソ連戦車では撃破が困難なドイツ戦車、「ティーガーI」重戦車や「パンター」中戦車などが登場すると、ソ連ではSU-85、SU-152のような大型の対戦車砲や榴弾砲を搭載した自走砲が開発され、これらがドイツ軍の駆逐戦車と同じように、戦車とほぼ同じ任務をこなすようになります。なお、ソ連では駆逐戦車や突撃砲などの区別はなく、すべて“自走砲”です。

 イタリアでも戦中には「セモヴェンテ」というドイツの突撃砲に影響を受けて開発された車両がありますが。こちらも、特に突撃砲や駆逐戦車なような明確な分類はつけられず、自走砲と呼ばれ戦場で使われたようです。

 突撃砲や駆逐戦車などの車両は2023年現在、世界の軍隊に存在しない車両になっていますが、自走砲に関してはまだ分類として残っています。ただ、目標を捉えて砲撃する「直接射撃」ではなく、陣地などの目標に観測員や航空機から指示を受けて砲撃する「間接射撃」を主に行う自走榴弾砲を指し、直接的に戦車戦を行うことを想定した車両ではありません。

 ちなみに例外として1960年代にスウェーデンが開発した「Strv.103」、通称Sタンクは砲塔を持たないかわりに、車高を極限まで低くした車両でしたが、本国では自走砲や駆逐戦車には分類せずに主力戦車扱いでした。