旅客機がバックする際、トーイングカーという作業車がこれを押しますが、実は自力でもバックすることができます。なぜわざわざ作業車に推してもらっているのでしょうか。

離陸の際、後ろに「押される」のはなぜか

 空港から旅客機が出発する際、たいていの場合はまず後ろ向きに動き始めます。駐機スポットから誘導路までバックして滑走路を進み、そして離陸します。

 この際、通常は「トーイングカー」という、飛行機を牽引したり押し出したりする作業車で、当該機は所定の位置まで押し出してもらいます。この押し出す作業のことを「プッシュバック(Pushback)」といいます。そして誘導路からはエンジンの出力で地上滑走を行います。

 そこで疑問なのが、「飛行機は自力でバックできないのか?」という事です。

 実は、飛行機は一部を除き、自力でバックすることができます。ジェットエンジンの逆噴射を利用したり、プロペラを逆回転させたりして推進力を逆向きにしバックする「パワーバック」により、機体を後退させる事が理論上は可能なのです。

 逆噴射によるパワーバックを行うには、「スラストリバーサー」と呼ばれる逆推力装置を使用します。この装置、通常は着陸した際に機体を減速させるために使用します。飛行機が着陸する際、タイヤが接地した衝撃の後に大きなエンジン音が聞こえてきますが、これは逆噴射で機体を減速させる制動力を得るために、一時的にエンジン出力を上げるからです。

逆噴射装置による「パワーバック」、その問題点とは

 このスラストリバーサーには種類があります。旧世代の旅客機で主流だったターボジェットや低バイパス比のターボファン方式のエンジンでは、逆噴射を行うとエンジン後方にあるノズルが開き、後方へ出力される排気ガスを前方に反射させ制動力を得るという方式です。一方、現在の旅客機で主流の高バイパス比のターボファンでは、逆噴射を行うとエンジンを収納するナセルがスライドして開き、それに連動して後方の排気口を塞ぎ噴射方向を前方へ向けさせ制動力を得ます。またプロペラ機では、ピッチ角度を変える事により逆推力を得る事が出来ます。

 そして、このパワーバックにはいくつか問題点があります。まずパイロットが、バックする際に後ろを見る事が出来ません。また、ターミナルの駐機場近辺には車両や地上職員、貨物のコンテナなどがあり、エンジンの出力を上げることはそれらを吸い込むリスクがあり、事故になる可能性があります。

 過去には、1982(昭和57)年にアメリカの航空会社エア・フロリダのボーイング737が、パワーバックが原因で墜落事故を起こしています。寒波により凍結した駐機場でトーイングカーが使用できなくなり、パワーバックでバックした結果、エンジンの風圧で氷や雪が巻き上がり機体に付着し、これが遠因となって離陸後に墜落しました。

 では仮に駐機場の空間が広く、吸い込む可能性のある障害物が何もない場所ならパワーバックしても問題ないのかというと、そうではありません。先ほど説明した高バイパス比のターボファンエンジンは、構造上全ての推進力を逆向きに出力できるわけではなく、エンジンを通過した燃焼ガスはそのまま後方に排気されるため半分ほどしか出力する事ができません。つまりパワーバックをするには多くの燃料が必要になるため、航空会社としては経費的に非効率な行為となるのです。

逆噴射、軍用機の場合

 軍用機ではどうでしょうか。たとえば航空自衛隊の輸送機C-1やC-2、救難捜索機のU-125Aなど比較的大型の機体には逆噴射装置が搭載されています。他方、ジェットエンジンを積んだ戦闘機などには、イギリス空軍などに採用されたトーネードIDSやスウェーデン空軍のサーブ37「ビゲン」など一部例外はあるものの、基本的には重量が増加するため逆噴射装置は付いていません。戦闘機の制動には、主にパラシュート状の「ドラッグシュート」や「エアブレーキ」を使用します。

 民間機では失速の恐れがあるため通常、飛行中は逆噴射装置を作動させませんが、ボーイング社の輸送機C-17は減速のために作動させることが可能で、エンジンには強力な逆噴射装置を備えています。アメリアのエアショーでは着陸後に急制動を行い、さらに機体をバックさせるデモンストレーションを行っており、戦術輸送の技術の高さを披露しています。

 茨城空港などの離発着の少ない地方空港では、プッシュバックを行わずに自走で駐機を行う空港もあります。自走式を採用する事によって、航空機の誘導に関わるコスト削減と乗客の搭乗時間の短縮などが可能になっています。ですが、多くの航空機が離発着する大型の国際空港では、安全や効率の観点からトーイング方式がまだまだ主流を占めそうです。