大阪から金沢を経て、和倉温泉まで延長運行される「北陸道グラン昼特急大阪号」の特別便は、途中で砂浜を走るという日本唯一の高速バスです。単なる移動手段ではなく、乗っているだけで中能登地方の観光を楽しむことができます。

自動車道を降りてまもなく、砂浜へ!

 西日本ジェイアールバスが大阪・京都〜金沢間を中心に運行する高速バス「北陸道グラン昼特急大阪号」に、金沢から石川県七尾市の和倉温泉まで延長運行する特別便が存在します。土休日と繁忙日に、大阪発の1本のみが運行されるというこの便、ルートもちょっと変わっています。なんと、途中で砂浜を走るのです。

「北陸道グラン昼特急大阪号」の和倉温泉行きは、土休日の朝8時に大阪駅を出発し、北陸道を経由して金沢駅東口へ向かいます。ここまでは通常便と同じです。金沢駅東口で客の乗降を終え14時ちょうどに発車したバスは、金沢市内を北上して内灘IC(石川県内灘町)から自動車専用道の「のと里山海道」に入ります。この道路も海沿いの高台を走るため見晴らしは良いのですが、特別便のお楽しみはここから。20分ほど走った今浜IC(同・宝達志水町)にて、のと里山海道を降りたバスは、まもなく防風林を抜け砂浜に入っていきます。

 ここは「千里浜(ちりはま)なぎさドライブウェイ」と呼ばれ、約8kmにわたって砂浜を自動車で走れるという、世界でも珍しい場所です。その秘密は千里浜海岸のきめ細かい砂にあります。一般的な砂の半分から4分の1程度と細かく、しかも水気を帯びると固く締まるため、十数トンのバスでもタイヤが埋もれることなく走行できるほどの硬さが保たれているのです。

 こうしたウンチクは、バス車内でディスプレイの映像とともに流れる観光案内のアナウンスが教えてくれます。金沢駅出発後のバスは、それまでと打って変わって、こうした案内が要所で行われる観光仕様になっているのです。また、夜行バスにも使われる新型リクライニングシートを採用した「グラン昼特急」シリーズの座席は、存分に足を伸ばせるほど広々としており、「波打ち際から数mの場所で、バスのリクライニングシートに寝そべって海を眺める」という体験は、まずここでしかできないでしょう。

「千里浜なぎさドライブウェイ」を10分ほどで通過したあとは、縁結びで知られる能登国の一之宮、気多大社(石川県羽咋市)にて休憩です。ここではひと通りの参拝をしたり、「恋みくじ」を引いたりすることもできます。

能登のライバルは能登? 七尾市が特別便に寄せる期待

 能登半島の西側から東側へと横断し、和倉の温泉街に入ったバスは、「海望」「あえの風」「のと楽」「寿苑」「「美湾荘」「松乃碧」など、主要な旅館へこまめに停車し、そのたびに仲居さんの見送りを受けます。和倉温泉の源泉に近い「加賀屋」前が終点で、16時18分の到着です。チェックインにはやや早い時間かもしれませんが、バスを降りて目の前にある源泉で塩気が絶妙の温泉卵を作ったり、温泉街で湯巡りをしたり、スイーツを芸術として楽しむ「ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ(辻口博啓美術館)」といったスポットを散策したりすれば、時間が経つのは早そうです。

 この「北陸道グラン昼特急大阪号」の和倉温泉行きは、2018年3月に誕生しました。和倉温泉のある七尾市も、この高速バスに期待を寄せていますが、その背景には、激しさを増す「観光地どうしの競争」があります。

 2015年に北陸新幹線の長野〜金沢間が開業すると、石川県内ではほとんどの観光地で客足が増加しました。七尾市が位置する能登半島中部の中能登地方もそのひとつで、新幹線開業後に運行を開始したJR七尾線の「花嫁のれん」(金沢〜和倉温泉)、それに接続するのと鉄道の「のと里山里海号」(七尾〜和倉温泉〜穴水)といった観光列車も好調を保っています。

 しかし、前述したように新幹線開業後の観光客増は県内全域で見られ、たとえば能登半島の北側に位置する奥能登地方(輪島市、珠洲市など)でも同様です。輪島市の「輪島朝市」「白米千枚田(しろよねせんまいだ)」といった人気スポットを抱える奥能登ですが、現在は七尾から奥能登へ直通する交通機関がなく、のと鉄道で終点の穴水駅(石川県穴水町)まで北上し、そこから一般路線バスに乗り換えて輪島や珠洲に向かうなど、同じ能登半島の中でも若干回遊しづらい状況にあります。

 このため、奥能登へ向かう観光客は、金沢駅から直通する高速バスを利用することが多く、その手前に位置する中能登地方は、想定ほど客数が伸びないケースもあったそうです。和倉温泉のある温泉旅館の従業員は、「『花嫁のれん』や『のと里山里海号』の乗客も、途中の和倉温泉になかなか滞在してくれない」と話していました。

「金沢14時発車」「砂浜経由」「旅館に停車」の意味

「北陸道グラン昼特急大阪号」和倉温泉行きには、和倉温泉を旅の起点にしてもらい、中能登に観光客を引き込むという狙いがあります。金沢駅を14時に発車するダイヤも、大阪からの観光客だけでなく、午前中に東京周辺を出発して北陸新幹線でやってくる観光客の利用を想定しています。そして運行ルートに、数々の観光客向けアンケートで「今後行ってみたい観光地」として上位に食い込む「千里浜なぎさドライブウェイ」を組み込めば、移動時間も十分に価値が出るというわけです。

 中能登地方から見た観光地としてのライバルは、奥能登だけではありません。金沢から無料入浴券付きで直行バスを走らせている加賀温泉郷(加賀市と小松市にまたがる複数の温泉街の総称)などもそうでしょう。もっとも、最大のライバルは、兼六園や金沢21世紀美術館などを1日で巡り、盛りだくさんに楽しめてしまう金沢の街そのものかもしれません。

 ちなみに、和倉温泉発の「北陸道グラン昼特急大阪号」は、金沢駅までの運行です。金沢駅から北陸新幹線あるいは大阪行きのバスへ乗り換える前に、金沢散策を楽しめるダイヤが組まれています。また、和倉温泉と富山県内の氷見・高岡を結ぶ加越能バスの高速バス「わくライナー」を利用し、富山方面の観光を楽しむという選択肢もあります。