自分の撃った機関砲で被撃墜…何を言っているのかわからないかもしれませんが、パイロットは余計、何が起きたかわからなかったことでしょう。航空史に刻まれる珍事、その最初のケースに見舞われたのはF11F-1「タイガー」戦闘機でした。

実弾射撃訓練中の戦闘機に起きた珍事

 2019年1月21日、オランダのフリーラント島で、地上の標的に向けて射撃訓練を行っていたオランダ空軍のF-16戦闘機に、自らが発射した「M61A1」20mmバルカン砲の砲弾が命中したと見られる事故が発生しました。

 オランダの国営放送NOSは、20mmバルカン砲弾はF-16の外板を貫通してエンジンを破損させたと報じており、一歩間違えば墜落していても不思議ではありませんでしたが、幸いなことにF-16はフリーラント島から近いレーワルデン空軍基地への緊急着陸に成功し、パイロットも無事帰還しています。

 2019年12月現在、この事故の原因報告書はまだ公表されていません。しかし過去にもオランダ空軍のF-16と同様、自機の発射した機関砲弾が自機に命中してしまい、その結果、墜落してしまった戦闘機が存在します。

 1956(昭和31)年9月21日、グラマン(現ノースロップ・グラマン)でテストパイロットを努めていたトム・アトリッジさんは、同社がアメリカ海軍向けに開発したF11F-1「タイガー」戦闘機で20mm機関砲の射撃試験を行っていました。高度4000mを水平飛行しながら、搭載していたMk.12 20mm機関砲の発射試験を行った後に降下させてから1分後、アトリッジさんは機体に大きな衝撃を感じ、その後F11F-1は制御が困難になりました。

撃った弾が降ってきた不幸

 アトリッジさんはF11F-1を飛行場までたどり着かせるべく努力しましたが、最終的にそれを断念して付近の森に不時着を余儀なくされてしまいます。アトリッジさんは無事だったものの、機体は全損してしまいました。

 F11F-1の制御が困難になった原因を、飛行中の鳥との衝突(バードストライク)によるものと判断したアトリッジさんは、管制塔にもその旨を報告していましたが、のちにグラマンとアメリカ海軍の行なった調査により、自機の発射した20mm機関砲弾が命中していたという驚愕の事実が判明しました。

 機関砲弾や機関銃弾は発射されると一定の時間、直進しますが、それ以降は直進性が低下して、最終的には引力に引かれて地上に落下します。水平に発射された20mm機関砲弾の弾道直進性が低下して地上へ放物線を描きながら落下していくコースに、ちょうど降下してきたF11F-1が入ってしまい、結果、その砲弾はF11F-1に命中してしまったというわけです。

 アメリカ海軍は再発防止策として、F11F-1が機関砲弾を発射した後の降下角度に制限を設けるといった再発防止策を打ち出しましたが、F11F-1は多用途性能の不足などもあって、事故の翌年の1957(昭和32)年から1961(昭和36)年までの4年間で実戦部隊から姿を消してしまいました。

航空自衛隊への売り込みも その後の「タイガー」戦闘機

 F11F-1は機体の重量に比べてエンジンが非力で、速度性能や上昇性能がライバルのF8U「クルセイダー」などに比べて劣っており、これもF11F-1が短期間でアメリカ海軍の実戦部隊から姿を消した理由のひとつと言われています。

 このためグラマンは、エンジンをF-4「ファントムII」などに採用された傑作ターボジェットエンジン「J79」に変更した、F11F-1F「スーパータイガー」を開発しましたが、アメリカ海軍はまったく興味を示しませんでした。

 NATO(北大西洋条約機構)の加盟国や日本などへも「スーパータイガー」を売り込んだグラマンは1958(昭和33)年4月、日本政府から航空自衛隊F-86F「セイバー」戦闘機の後継機として「スーパータイガー」230機の導入内定を獲得します。しかし政治家に対し採用の見返りとして資金提供が行われたのではないか、との疑惑が浮上したことなどから、関係者の事情聴取や証人喚問に発展する事態となり、「スーパータイガー」の採用は白紙に戻されました。

 その後、航空自衛隊の源田 実幕僚長(当時)を団長とする官民合同の調査団が渡米して、2か月半にわたる調査を行った結果に基づく報告書を元に機種の再選定が行なわれた結果、ロッキード(現ロッキード・マーティン)のF-104「スターファイター」がF-86Fの後継機に採用されます。自分の発射した機関砲弾で撃墜された唯一(当時)の戦闘機の血を引く「スーパータイガー」は、日本の空を飛ぶことなく終わってしまいました。