鉄道の不通区間を代替する列車代行バス。被災した鉄道の復旧がままならず、存廃も議論されながら代行バスの運行が長期化している路線もあります。その運行はバス事業者にとっても容易ではなく、鉄道のバス転換は一筋縄ではいきません。

「当面の間」が5年も 長引く鉄道代行バス

 北海道の苫小牧から襟裳岬北西の様似町を結ぶ全長146.5kmの日高本線は、その約8割にあたる鵡川〜様似間が、2015(平成27)年の台風で大きな被害を受け不通となっています。海岸部は線路の被害のみならず、堤防や沖合の消波堤建設まで必要となる状態で、鉄道の存廃が議論されつつ、2020年8月現在、丸5年以上もバスによる代行運転が続いています。

「列車代行」とはいえ、その所要時間は大きく違います。たとえば鵡川〜静内間は鉄道なら1時間10分から14分で走り抜けるところを1時間47分、静内〜様似間も1、2割ほど多く時間を要します。特に鵡川から1駅先の汐見までは代行バスの所要時間が鉄道の3倍、その次の富川駅まで含めると、時刻表上は15分から20分多くかかっています。

 そのおもな原因として、鉄道代行バスならではの「国道から駅への迂回」があります。一般の路線バスや高速バスが、並行する国道235号や日高自動車道を走り抜けるのに対し、鉄道代行バスはあくまでも「鉄道の代わり」なので、もともとの鉄道利用者がいる地域を優先しなければいけません。

 日高本線以外にも、災害で寸断された鉄道の代行バス運転が長引いている地域があります。日田彦山線の添田〜日田間(福岡県/大分県)や、根室本線の東鹿越駅〜新得間(北海道)も、バスによる代行運転が3年以上続いています。

 日田彦山線の場合、鉄道は県境にそびえる英彦山(ひこさん)をトンネルで走り抜けますが、バスはカーブが多い峠を越え、さらに日田市内では渋滞の多い国道を通るため、所要時間がいまひとつ読めないケースもあります。日田市内の夜明駅、光岡駅など、「駅を通る」という縛りがその要因ともなっているのです。

 根室本線代行バスの場合、代行バスとの所要時間はさほど変わりませんが、運行する地域が道央〜道東にまたがっています。大手バス会社の営業エリアの隙間ということもあり、車両や人員の送り込みなどの効率が良くない場合もあるようです。仮に鉄道からバスへ正式に転換する際には、両地域の事業者間での調整も課題となってくるでしょう。

災害で鉄道運休 代行バスはトライ&エラーを繰り返して

 このように、災害のため鉄道が運行できなくなり、地域の乗客のため急いで代行バスが仕立てられるケースが増えています。その運行に際しても、様々な試行錯誤が見られます。

 2018年の豪雨被害でバス代行が続いた福塩線 上下〜三次間(広島県)では当初、バスが走る道路も急遽決めたのか、JRの方に案内されるまま大型バスの運転手さんが狭い道に入ってしまい、「本当にこの道?」「……は、はい」という緊迫感あるやりとりが聞かれました。程なく広い国道沿いへの乗り場変更が数駅で行われ、その後すぐに運行はスムーズになったようです。

 2014(平成26)年に災害で坂下〜野尻間(岐阜県/長野県)が運休となった中央本線の代行バスでは、野尻駅手前の道路に大型バスが入れないため、手前のコンビニエンスストア駐車場を借り上げ、大型バスからマイクロバスへ乗り換えて駅へ進入する、という事例もありました。

 2018年7月から2か月間運行された高山本線の代行バスでは、鉄道とバスの乗り換え拠点となった坂上駅(岐阜県飛騨市)が、道から離れた丘の上にあるために、横殴りの雨の中を運転手の方が走り回って、乗換客がいないかを隅々までチェックしていました。鉄道のピンチをカバーする代行バスは、運転手の方の労力を抜きに語れません。

 また代行バスは積み残しを防止するため、鉄道の輸送能力に応じてかなり多く準備される場合もあります。2015(平成27)年7月に名寄〜稚内間(北海道)で数日間の運休が続いた宗谷本線では、特急「スーパー宗谷」接続のため名寄駅に7台もの代行バスが集結したこともあります。このとき、列車は札幌を発車した際に満席だったものの、その大半が途中の旭川駅で下車したそうで、名寄駅の7台のうち3台ほどは車庫へ帰っていきました。

 かたや、並行道路に難所がある木次線(島根県/広島県)は、冬場の運休時の代行バスにワゴン車が充当されたり、芸備線 新見〜備後落合間(岡山県/広島県)では鉄道が1日3往復のところ、1往復体制で、途中駅の多くを通過する代行バスが仕立てられたりしています。

簡単ではない鉄道→バスへの転換

 急な要請で代行バスを運行する際は、鉄道関係者がストップウォッチを片手にバスの運転席近くに座り、「この道路事情でこの時刻設定では遅れが出る」などの情報を運転手の方から細かくヒアリングする姿も見られます。たとえバス代行はつかの間でも、バスと鉄道の双方が協力しながらトライ&エラーを繰り返し、最適解を探りつつ運行されているのです。

 大型車の運転手不足が叫ばれる現代では、代行バスが必要な時に車体や運転手が確保できない事態もよく起こります。2018年の豪雨により広島県の山陽本線や呉線が被災した際には、周辺地域のバスが圧倒的に不足し、全国の事業者が広島へ集結したのも記憶に新しいところです。もともとバス事業者が少ない地域では、代行バスをなかなか出せない事態もよく起こります。

 その一方、地域密着のバス事業者のなかには、夏場のツアーなどの受注を断り、条件的に良くない代行バスをあえて引き受けるケースもあるそうです。ハイシーズンの収益より地域のピンチへ対応するバス事業者が、しっかり報われることを願ってやみません。

 近年、災害などとは無関係に、鉄道からあえてバス路線に転換させるケースも出てきました。たとえば北海道では、2014(平成26)年に廃止となった江差線 木古内〜江差間のバス転換に際し、これまでカバーできていなかった病院や学校、市街地などの経路を見直すことで実績を上げています。また石勝線夕張支線(新夕張〜夕張)の廃止を地域交通体系の見直しと捉えた「攻めの廃線」のような事例も出ており、同様の動きが他地域に広まるかが注目されます。

 鉄道からバスへの転換は選択肢として大いにあり得るものですが、利用者が伸び悩んでいた路線を丸々引き継いでも乗客増にはつながりません。コストだけでなく、「鉄道の形にこだわらないバス路線・沿線道路づくり」「バス事業者が安定して事業を続けられる協力体制」とともに、運転手の不足が叫ばれる中で「バスの運行に携わる方の生活基盤」についての議論も必要でしょう。その際、列車代行バスが走る(走った)地域の「実際にバスを走らせてみてどうだったか」という数々の事例は、使いやすい交通機関を作るための教訓となるのではないのでしょうか。