映画ライター・新谷里映が心動かされた、本当に観て欲しい映画たちを連載コラムでお届け。



第28回目は、実在のボクサー ビニー・パジェンサの半生を描いた『ビニー/信じる男』。ボクサーは体ひとつですべてを伝えなくてはいけないので、ごまかしの効かないとても難しい役。しかしそれを難なく受け入れたマイルズ・テラーの有言実行ぶりも、ビニーという一人の男を語る上で大きなポイントに。


スポーツ観戦はあまりしないタイプだが、ふり返ってみると、名作と言われるボクシング映画(洋画)は観てきた。



『チャンプ』、『ロッキー』シリーズ、『ボクサー』、『レイジング・ブル』、『ザ・ハリケーン』、『ALI アリ』、『ミリオンダラー・ベイビー』、『シンデレラマン』、『リアル・スティール』、『リベンジ・マッチ』、『クリード チャンプを継ぐ男』、『サウスポー』……など。



彼らはなぜ闘うのか──。命を落とすかもしれない危険があるのに、わざわざ痛みを受け止めて、苦しい思いをして、なぜ闘うのだろう。ボクサーの気持ちを100%理解することは難しいけれど、強い身体、強い精神力を作り上げるためにトレーニングを積み重ねる姿は、なんてストイックなのだろうと感心する。人間の底力を突きつけられるからボクシングに惹かれるのかもしれない。



マイルズ・テラー主演の『ビニー/信じる男』も名作だ。元世界チャンピオンにして伝説のボクサー、ビニー・パジェンサが再起不能から王座奪還を目指すまでの半生を描いた実話。彼のことはこの映画で知った。交通事故で首を骨折して瀕死の重傷を負い、歩けるようになるかどうかも分からない状況でも決して諦めず、ものすごいカムバックを為し遂げた。



(C)BLEED FOR THIS, LLC 2016

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邦題に“信じる”とある。誰もがボクサーとしての選手生命を絶たれたと思っていたが、ビニー本人だけは信じた。その信じる力が不可能を可能にした。もしもこの映画が実話をもとにしていなければ、フィクションであるならば、なんて上手くできた話だと思っただろう。でも、信じられないけれどたしかに実話。ただただ驚かされる。感動させられる。



その驚きや感動は俳優の徹底した役づくりによって伝えられるわけだが、ボクシングは個人対個人の孤独なスポーツ、俳優にとってはごまかしの利かない役、とても難しい役だ。ロバート・デ・ニーロは『レイジング・ブル』で実在のボクサー、ジェイク・ラモッタを演じたが、鍛え抜かれた肉体を作り上げた後、現役を引退したあとを演じるために27キロも体重を増やした、というのは有名な話。そういう覚悟がないとボクサーを演じることはできないのだろう。ボクシング映画に名作が多いのは、徹底した役づくりのできる俳優しか挑戦できないから、というのもあるのかもしれない。



『ビニー/信じる男』のマイルズ・テラーの役づくりも凄い。8ヵ月かけて、体重を85キロから76キロに、体脂肪率を19パーセントから6パーセントまで落としてボクサーの体格を作った。アカデミー賞3部門に輝く『セッション』では狂気に満ちたドラム演奏をやってのけたが、「もっと挑戦しがいのある大人の役柄を探していたんだ」と、この映画をためらうことなく引き受けたというのだから、凄いとしか言いようがない。



(C)BLEED FOR THIS, LLC 2016

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ビニーがふたたびリングに立つため、共に戦うトレーナーのケビン・ルーニーを演じるアーロン・エッカートも負けていない。ケビンはマイク・タイソンのトレーナーだったがクビになり、落ち込み酒に浸っていた。その落ちぶれ感を出すために体重を18キロ増やしている。映画の冒頭「えっ、これがアーロン・エッカート?」と疑ってしまうほどだ。さらに撮影後には次の映画のため、わずか1ヵ月と3週間で18キロ落として元に戻している。



ビニーはケガからの再起、ケビンはトレーナーとしての再起、そして必ず返り咲くと自分を信じたビニー、彼を信じて導いたケビン──信じる、諦めない、言葉にするのは簡単だけれど、それを実行するのは本当に難しい。一般人にとってボクシングの世界は身近なものではないけれど、信じることで生まれる力をボクシングを通して描いているから心が動く。この感動は、鮮やかなままずっと心に残るだろう。





(文・新谷里映)



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新谷里映





フリーライター、映画ライター、コラムニスト

新谷里映



情報誌、ファッション誌、音楽誌の編集部に所属、様々なジャンルの企画&編集に携わり、2005年3月、映画ライターとして独立。 独立後は、映画や音楽などのエンターテイメントを中心に雑誌やウェブにコラムやインタビューを寄稿中。



【tumblr】新谷里映/Rie Shintani 






映画『ビニー/信じる男』

公開中



監督・脚本:ベン・ヤンガー『マネー・ゲーム 株価大暴落』

製作総指揮:マーティン・スコセッシ『沈黙‐サイレンス‐』

出演:マイルズ・テラー『セッション』、アーロン・エッカート『ハドソン川の奇跡』、ケイティ・セイガル『ピッチ・パーフェクト2』、キアラン・ハインズ『沈黙‐サイレンス‐』、テッド・レヴィン『シャッターアイランド』

提供:ファントム・フィルム/KADOKAWA

配給:ファントム・フィルム

原題:BLEED FOR THIS/2016年/アメリカ/英語/カラー/スコープサイズ/5.1ch/117分/日本語字幕:林完治