映画『散歩する侵略者』のスピンオフドラマとして生まれた『予兆 散歩する侵略者』が映画になった。全5話のWOWOWドラマはシームレスにつながり、音響も劇場仕様にレベルアップ。これがとてつもなく素晴らしい。



人間の概念を奪う謎の侵略者。このモチーフは同じだが、2組の物語が双方向で描かれたオリジナル版から、本作では主要人物わずか3人という限定された状況に変化。東出昌大が人間の姿かたちをした侵略者に、染谷将太が侵略者に利用される男に、そして夏帆が男の妻に扮して、侵略、人間、夫婦、そして愛という『散歩する侵略者』でも見つめられたテーマが、より深い領域でまさぐられ、わたしたち観客はきわめてシンプルな啓示を受け取ることになる。



その強度を担っているのがヒロイン、山際悦子である。彼女だけが、最強に思えた侵略者に唯一対抗できる存在なのだ。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




黒沢:一見、か弱き存在に見える悦子が、理由はよくわかりませんが、特別だった。それがハッキリしてくる。そのことは高橋洋の脚本の主軸でもありました。そう言われてもね……(夏帆にしてみれば)それってどう演じればいいんですか、という感じだったと思いますが、それを説明している(時間的)余裕が今回はまったくなかった。とにかくやろうやろう、とどんどん進んでいって。実際、なぜ彼女が特別な存在なのか、理由は夏帆さんに説明していないんです。まあ、深く考えずに、どんどんいきましょう、と。そうやらせていただいたら、たぶんその勢いもあったのか、ご本人もそれなりに計算もされていたのかもしれないんですが、みるみるそうなっていって。ほんとに見ていて、地球を救えるのはほぼこの人だけ、というふうになってくれたので、撮っていて、大変感動いたしました。



夏帆:いやあ……私は黒沢監督の演出以外のことは何もしていないので、特別何か、ということではないんですけど、でも、悦子の特別な力が何なのかということを理屈で追求するのではなくて、勢いで突き進んでいく。その力がどういうものなのかという根拠よりも、特別な力を持った悦子が、どうやって世界の終わりと向き合っていくのか、ということのほうが大事なことのように思えました。



黒沢:実は脚本のときにいくつか理由は思いつきました。進化の過程で誕生した新人類だとか、彼女も宇宙人だったとか。でも、どう言っても嘘っぽい(笑)。下手すると東出さんが宇宙人だという根本的な大嘘が白々しくなってしまう。そっちの説明も何もしていないので。夏帆さんだけが特別だということを、科学者か何かが出てきて説明しても、余計、全体の「嘘感」が露わになるようなところもありまして。それと、これがもし演劇だったとしたら、観客は理由はあんまり気にせず、案外観ちゃう。ひとつのフィクションとして。映画の場合は、そのへんの理由、説明してよ、という(観客の)気持ちはわかるんですけど。これがもし、舞台でやってるものだとしたら、なぜかそういう設定なんだけど、この先どうなる? ということだけで観ていけるだろうと。今回はそこに少し甘えまして。一切、そのへんの説明はしませんでした。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




黒沢清監督の『岸辺の旅』には、映画監督も手がける現代演劇界のキーパーソン、赤堀雅秋と独創的なバレエダンサー、首藤康之が出演している。黒沢ワールドにはあるときから演劇的な想像力が加わり、これまでに見られなかった飛翔が展開することになった。『散歩する侵略者』はもともと、前川知大の劇団イキウメの同名舞台を映画化したものである。本作の世界観は、宇宙人による侵略というSFと、夫婦の再生劇という愛の物語の「同居」にあるが、SF+夫婦劇というそもそもありえなかった取り合わせも、演劇だからこそ可能だったし、その可能性を黒沢は引き継いでいる。演劇ならばアリ。この発想が、映画の世界を拡張している。そこでは室内シーン(夫婦の物語だから、必然的にそうした場面が多くなる)ももはや、ただの密室ではない。『予兆』は『散歩』に較べれば屋外のシーンがかなり少ないが、『予兆』の室内シーンは「外の世界」を感じさせる。閉じた場所ではなく、「世界」を見つめるための空間と化している。そう、ここには、より強力な問いかけがあり、わたしたちは(演劇を観るときのように)能動的にスクリーンに向き合うことになる。



夏帆:たぶん、悦子自身にもどうして自分にはその力があって、侵略者が「君は特別な存在だ」と言ってくるのか、わからないと思うんですよね。それまでは本当に普通に生活してきただけだから。



これもまた、本作を貫く強力の問いかけのひとつである。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




侵略者は、悦子からは概念を奪うことができない。そして「こんな人間もいるんだな」と感心するのだが、この世界の救世主になるかもしれないその「力」が自身に備わっていたことなど、悦子は知る由もなかった。そもそも、侵略者が人間を侵略しに来る、というきわめて特殊な状況が訪れなければ、彼女の「力」は発見されるはずもなかった。人間ではない存在によって見出される「力」。本来であれば、一生、気づかなかったはずの自分の「力」。才能であれ、能力であれ、気づかれることのないまま、つまりは発揮されることのないまま終わっていく「力」がこの世にはあるのだろう。そうしたことも、この映画は考えさせる。



そもそも「力」とは何のためにあるのか?



これは、ある意味、究極の問いである。



夏帆:「力」ってなんなんですかね……(私も)自分のことも100パーセントわかってるわけじゃないので。すべてを理解するのはすごく難しい。ただ、悦子にとっては辰雄(悦子の夫)を守るためには必要な力だったとは思うんです。とにかく悦子は、辰雄だったり、自分の日常を守るということで突き進んでいくじゃないですか。だから、世界を守るとか、そういう大きなことではなくて。でも、悦子自身、どう思ってたんですかね。その力があることで、辰雄を守れる――「守る」ということに、彼女(の存在)はつながっていったような気がします。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




たしかに、いちばん身近な存在を守ることこそが、世界を守ることなのかもしれない。夏帆が言う「自分の日常を守る」。そのことによってのみ、人は世界を守れるのかもしれない。



夏帆:実際、いま、世界が終わる、って言われても実感がわかないですし、自分に、世界を救える力がある、と言われてもどうしたらいいかわからないですよね。自分自身、世界という大きなものよりも、自分の近くにいる大事な人であったり、毎日当たり前のようにあると思っていた日常というものを守りたいという悦子のその気持ちは共感できます。



黒沢は『散歩する侵略者』のとき、「この作品でようやく社会=『外の世界』に向かって開いていくことができました」と語っていた。『予兆』では、わずか3人という極小の設定で、社会と世界をまるごと描き出しているように感じられる。



黒沢:そのように観ていただければ嬉しいかぎりです。今回は映画の『散歩する侵略者』よりも、ずっと小さいところしか描いていません。夏帆さんが言うように、ものすごく大きな問題がのしかかってはいるんですが、目の前で動く人間は、その大きな問題をなんとなく認識しつつ、とにかく目の前のものに反応していく。染谷さんはもちろんのこと、東出さんも侵略しに来たとはいえ、ほとんど目の前のことにしか興味がない。(キャラクター描写は)そのような表現にしてみました。それがここまで複雑なドラマに仕上がったのは脚本の高橋洋(傑作『蛇の道』以来、実に19年ぶりのタッグ!)の力なんです。これは、逆に言うと映画という表現の面白さだと思うんですけど、小さな小さなところで、目の前のことにとにかく一生懸命になってる人を描けば描くほど、外っかわにある何かがなんとなーく漂ってくる。スクリーンの向こうに、映ってはいないですけど、何か「広い世界」が一個あるんだよという前提で物語は進んでいきますから。そういう映画の力を信じてやっていました。ただ、正直、あんまりそういうこと考えてなかった(笑)。撮る側も目の前にあること(撮影)に全力を傾けていました。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




黒沢映画を観ていると、それこそ侵略者に出逢ったときのように、自分の体内にある既存の概念が消滅し、新しい概念が生まれるような感触がもたらされる。本作はその「力」がとにかく凄まじい領域にまで達しているのだが、夏帆にとって黒沢映画の現場での体験はどのようなものだったのだろう。



夏帆:なんですかね。夢のような……3週間でしたね。いま、黒沢さんの話してる声を聴いて、撮影してたときのことを思い出してました。そうだ、こんな感じだったな、って。いままでに経験したことのない現場というか。説明ベタで上手く説明できないんですけど。ワンカットで撮っていくことが多かったですよね。その1回に賭ける感じがすごく心地よかったです。



黒沢:これまでの作品でもワンカット長く回して、芝居を全部やってもらうことが多いんですけど、今回は限られた予算の中で一個贅沢したのは、Bキャメというカメラをもう1台用意して。メインはひとつでやるんですけど、2台めがどこからか狙っている。(何を狙うかは)Bキャメのひとに任せる。このやり方が結果としてすごく上手くいったと自分では思っています。というのは、夏帆さんって、とにかく反応が速いというか、全身で反応するんですよ。立ち上がるにしても、誰かと話しているにせよ。ご自分で気づいていらっしゃるかどうかわかりませんけど、全身でものすごく鋭く、起こっていることに反応するんです。すると、Bキャメが(夏帆の)足とか撮ってるんですよ。別に、そこを撮ってくれ、とも言ってないんですよ。でも、やっぱり気になったんでしょうね、Bキャメのカメラマンが。夏帆さんのある部分を撮ると、反応している。たぶん、カメラ1台だけでやっていたら、撮り落とすところを、ちゃんとBキャメが撮っていた。それでものすごく助かりました。やっているときは気づかなかったのに、撮ったものを見ると、夏帆さん、こんなところで反応してるんだと。これは本当に発見でしたし、すごい女優なんだなと思いましたね。スキがないというか。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




全身で反応する被写体を、複眼的に捉えているからこそ、映画に理屈を超えた説得力が生まれているのだろう。「目の前で起きていること」に反射する力がある者が、「目の前のこと」だけに一生懸命になっている人物を演じているからこそ、わたしたちは感動するのだと言ってもよい。



夏帆:いまも緊張してるんですけど(笑)現場でもすごく緊張してたんです。でも、その緊張感もすごく心地よくて。本当に幸せだったんですよね。こんなに充実感のある現場って……と。染谷くんも打ち上げのとき「こんなに楽しかったの、久しぶりかもしれない」と。そんな話をしてたんですけど。現場にいるスタッフも役者もみんな一つのところに向かっていく感じがして。あの緊張感ってなかなかないんですよね。現場はすごくスムーズで、無駄のない現場だったので、でもすごく密度は濃いので疲れるんですよね。体力的には元気なんですけど、気持ちが充実感に満たされて、ぐっすり眠れる(笑)。そういう現場はなかなかないので驚いたんですけど。その場にいる全員が緊張感を持って、ワンカットに賭ける。それが素敵でしたね。



黒沢:僕はごく普通に映画を作っているだけなんです。ただ、監督なので撮影現場に対する責任があります。それは大それたことではなく、とにかく映画を作りたいという欲望があるからなんですけど。カメラがあって、その前に俳優さんたちがいるんですけど、(カメラの)その後ろにはスタッフがいる。全部、参加している人たちはみな、同じように思うわけです。もちろん、主に俳優が(画面には)映っていますから、すごく責任は重いんですけど、じゃあ、後ろにいる人たち(スタッフ)はサボってていいかというと、そんなことはなくて。出来上がる画には俳優だけが映っているんでしょうが、撮影行為は、カメラというものを基準に、全員があることをする場ですから。撮影という場に、俳優の方も「参加」してもらう。それが僕の考える撮影なので。俳優だけが特別な存在ではない。ただ(画面に)映るから、最終的には特別なんですけど。撮影現場そのものは、みんな一緒に何かを目指してやっている。その実感があるんです。それを心地よいと言ってもらえるのはありがたいですね。当たり前のことですが、俳優のことも大切なんですけど、小道具の人も大切なんです。それが(自分の)撮影現場のあり方ですね。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




みんなで「世界」を作る。では、演じる者の仕事とは何なのだろう。



夏帆:まあ、別人になれるわけじゃないですからね。自分は自分なので、自分の持ってるものしか自分は出せないと、私は思っています。イタコみたいに(役が)憑依して、みたいなことが(自分の場合は)あるわけではないので。それよりも、映画の世界観をいかに表現できるのか。監督が撮りたいものをちゃんと表現できるようになりたいと思います。まだまだ自分は力不足なので、そこまで達していなかったと思うんですけど。どの現場も「終わった」という感じがあまりないんですよ。(クランクアップしても)明日もまた撮影するんじゃないか、という感じになってしまうし、完全にやりきった! みたいなことはない。(撮影終了後も)その作品のことを考えちゃいますし。「撮影が終わりました」と言われても、そこでぱたっと終わるわけではないんです。



そして、映画は続く。『予兆 散歩する侵略者』は、世界の終わりを描いた作品ではない。世界の始まりを描いている。わたしたちが目撃するのは「これからの世界」だ。



(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ

(C)2017「散歩する侵略者」スピンオフ プロジェクト パートナーズ




(取材・文:相田冬二)


映画『予兆 散歩する侵略者』

2017年11月11日(土)公開





【キャスト】

夏帆 染谷将太 東出昌大

中村映里子 岸井ゆきの 安井順平 石橋けい 吉岡睦雄 大塚ヒロタ

千葉哲也 諏訪太朗 渡辺真起子 中村まこと

大杉漣



【スタッフ】

原作:前川知大「散歩する侵略者」

監督:黒沢清

脚本:高橋洋 黒沢清

音楽:林祐介