「あのころの恋人より、好きな人に会えましたか?」。小説『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻 著、新潮社 刊)、帯のキャッチコピーから目が離せなくなる。



主人公“ボク”にとって、かつて唯一「自分よりも好きになった」存在が、17年前に別れた彼女だった。43歳の今になってfacebookで彼女の名前を見つけ、「友達申請」を押してしまう。夢も金も手に職もなかったあの頃、二度と戻りたくないはずなのに、彼女がいただけで最強に輝いて見えたーー。



誰もが“ボク”に姿を重ねずにはいられない“オトナ泣き”の一冊は、2017年6月30日に発売後すぐに重版出来、突如文芸の世界で話題をさらうことなった。「新時代のハードボイルド小説だ!!」(大根仁)、「いわゆる『青春の墓標銘』の最新版」(会田誠)…etc. ほかにも糸井重里、スピードワゴン・小沢一敬、堀江貴文など著名人が絶賛し、Twitterでも「#ボクたちはみんな大人になれなかった」と自分語りをする読者が絶えない。



著者の燃え殻さんはテレビ美術制作会社で会社員として働く傍ら、Twitterでの抒情的な文章で10万人以上のフォロワー(2017年8月9日時点)を楽しませる別名「140文字の文学者」。一体どのような人物なのか。また、なぜこれほどまで共感を呼んでいるのか。



燃え殻「特別なことはなかった。でも小説を書くことで“自分の人生”を見つけた」



――読後、すごく前向きになれました。過去を後悔することも「それでいいんだ」と言われている気がするというか……。



燃え殻さん

燃え殻さん




燃え殻さん(以下、燃え殻):ありがとうございます。「苦しくなった」と言われることも多いんですが、僕も前向きなつもりで書きました。



――本作のもととなった、ウェブメディアcakesでの連載のきっかけは?



燃え殻:僕は小説を書いたことがなかったのですが、Twitter上で知り合ったスピードワゴンの小沢一敬さんの紹介で出会った小説家・樋口毅宏さんと飲んだ時に「(Twitterだけでなく)長いのを書け」と言われて。樋口さんがcakesの編集の方と繋いでくださって、連載が決まりました。でも、その担当の方は僕のことを知らないし、僕自身も、書くべきことも変わったことも人生にないし。担当の人と「何かないの?」っていうやりとりを、ずっとしていたんです。「誰かと付き合ったでしょ」「でも不細工だったんですよ、その人にフラれたんです」――。そうしたら、「その話、聞かせてください」と。



特別なことはなくても、振り返ってみたら僕にも“自分の人生”みたいなものがあった。cakesで連載していた時は本当に、それを「見つけた!」という思いで吐き出していった感じです。



“誰もが羨むようなことはないかもしれないけど、俺の人生を支えてくれたもの”。大好きだった大槻ケンヂさん、中島らもさんも、そんな光の当て方をした作品を作っていたので、ああ、そういうことならやってみたいな、と思ったんですよね。





新潮社で小説にする時には、cakesで吐き出したものを舗装して一本道にする、というような話を編集の宮川(直実)さんとさせてもらって。長年抱えていた想いを一つ一つ埋葬していくような工程で、すごく“葬儀”っぽかったです。



――(同席していた担当編集の方に話を振って)宮川さんとはcakesでの連載が始まる前に、既に出会われていたんですよね。



宮川直実さん(新潮社 担当編集。以下、宮川):私は5年くらい前から、燃え殻さんのTwitterをフォローしていたんです。



燃え殻:僕はその時、小説を出していたわけでもなく、Twitterをやっていただけなのに、会いませんか?って突然連絡が来たんです。



宮川:燃え殻さんは、ツイッタラーの中でもちょっと異色でした。あの頃、まだ日常のちょっとしたことの“つぶやき”が多かった中、燃え殻さんのツイートには、情景のようなものが多くて。例えば、「中華料理屋に行って餃子食べて壁に有名人のサインがかかっていた。で、餃子食べ終わる頃には、オヤジが、それは自分が書いたんだと白状した」……みたいな(笑)。それに対して、良いとか悪いとか、感想などをまったく書かないんですね。何もジャッジしないで、ひとつのシーンとして描かれていて、しかもその風景が目に浮かんでくる。カウンターは油でベトベトなんだろうなとか、オヤジはこんな感じの人なんだろうな……とか。



この人は描写という意味で、小説に近いところにいる人なんじゃないかと勝手に思って、会ってみたいなと思ったんです。



燃え殻「Twitterは、居酒屋みたいなノリで自分を吐露できるメディア」



――燃え殻さんのつぶやきは、ネガティブなことも含めてリアルにつぶやかれていますよね。そこにすごく癒やされます。



燃え殻:ありがたいです。インターネットって、以前はもっとレジスタンスっぽかったんですよね。半信半疑なこと、絶対に良くないけど誰かの批判だって、たぶんガス抜きみたいなものとして存在していて。僕が最初にインターネットに触れた頃は、そんな感じだったと思う。でも今は、すごく健全なものを求められるような気がするんです。



居酒屋で一杯飲んで、ネガティブなことも言うじゃないですか。そういうノリで、自分の吐露みたいなものができるメディアっていいなって、思っていたんですけどね。



――そもそも“炎上する”という言葉も、今ほど耳にしなかった気がします。



燃え殻:それは、「残酷な人も中にはいる」ということが暗黙の了解としてあったということで。でも今は、「残酷な人はいない!」って言いきってしまうような健全さを求められていて。



それと3.11以降、Twitterもシリアスなメディアとしての側面を持つようになった気がします。それで、ユーザーもシリアスな方面に行ったっきりになった人もいるんじゃないかな。大切なことだったとは思うんだけど、シリアスな側面だけっていうのは難しいですよ。それだけだと、すごく息苦しさみたいなものを感じるんです。そういうものを、小説にも書いてしまいました。



広い世界で会ったことのない人がたくさんいて、いろんな思想があって、それが片手に収まっていて。自分は経験したことがないことも知っている、その違和感が不思議だなあと思っているんですね。この小説の最初の頃もそうなんですけれど、90年代とかは人に会うのも大変だったし、何かを自分が発言することだって、“自分チャンネル”みたいなのはもちろんないわけで。そういうことが、今はできてしまう。ひとつのメディアにだってなれる。だから僕は小説がかけたっていうのもあるんだけど。ただ、息苦しいって最近は思うんですよね。



燃え殻さんのTwitter

燃え殻さんのTwitter




燃え殻「才能は無い。でも、人に出会う才能だけはあると思っています」



――スピードワゴンの小沢さんに、作家の樋口さん、それにcakesの担当の方に、宮川さん……etc. 出版に至るまでの出会いもそうですが、小説でも数々の印象的な出会いを果たされていますよね。



燃え殻:僕にはいろんな才能が無いんですけど、「人に出会う才能はある」って言い張っているんです。



それと、僕は別れ下手なんですよね。ものすごく嫌な人とかはいないし、大体は付き合いが続いちゃって。そういうのって、ほとんどの場合はマイナスになるんですけど、この小説に昇華した時はプラスになりました。別れてしまった彼女への想いもそうなんですけど、全部のことを引きずって生きていたから。なかったことにするほうが辛い。その方が嘘がないから、前を向ける。



――作中の彼女さんの存在はとても印象的でした。言葉もすごく心に残るというか。



燃え殻:特別な言葉でも、難しい言葉でもないんです。でも、その彼女が言うことで救われる。自分が好きな人に、「大丈夫なんじゃないの。根拠はないけどね」って言われても、この人が言うんだったら信じたい、とか、叶えたいなって気持ちになると思うんですよ。理屈のない言葉だけど、誰が言っているかが重要で。少なくとも僕はそうやって生きてこられましたけどね。



燃え殻「美しい言い回しで圧倒したい、とはまったく思わない。ただ、共有したいんです」



――普段は小説をあまり読まれない、ということにすごく驚きました。その語彙力や表現力はどこからくるものなのですか?



燃え殻:語彙力は本当に無いんです。読みやすいのは、たぶん、みんなが知っている言葉を使っているからだと思います。美しい言い回しで圧倒したい、とは僕はまったく思わなくて、ただ共有したい。僕自身、知らない言葉を使われると引いてしまうんですよ。「俺のわかるたとえで言ってよ」って思うんですよね。みんなが知っている言葉だけで、ちゃんと人の心は動くと思うんですよね。



――年代も生きてきた背景も違う人たちが共感できるって、すごいことだと思います。



燃え殻:僕は、人ってそんなに変わらないと思っているんです。有名だとか、お金を持っているとか、不細工とか、実はそれほど変わらない。年齢や職業で性質が全然違う、なんていうのは嘘で。それに、「俺すごいから」というようなことは、僕が会ったすごい人は絶対言わないんですよね。すごく普通なんです。その普通を保ってないとダメだと思っています。



――普通の感覚を保つには?



燃え殻:僕がテレビ局にいた最初の頃はまだバブルが終わっていなくて、すごく浮かれた人がいっぱいいたんですよ。その後バブルが弾けて、反動でめちゃくちゃ落ち込むんです。さっきまで「ビンゴ大会で100万円が当たった!」みたいなことを言っていた奴が、「死ぬ……」って言うんです。それを見て、バランスが良くないと誰かに影響されて人生終わっちゃうな、普通でいようって、思ったんですよね。普通が何かわからないんですけど、良い時も悪い時も、これが当たり前だと思うのはやめようって。



燃え殻「過去の悔しい気持ちに決着がついたな、みたいな」



――発売後の反響がすさまじいですが、特に印象的だったことはありますか?



燃え殻:連載が始まった時に、糸井重里さんや大根仁さん、大槻ケンヂさんに会えたんですね。



『ボクたちはみんな大人になれなかった』(燃え殻 著、新潮社 刊)



僕はほとんど本を読まないっていうのに、大槻さんの本だけは中・高校生の時に毎日のように読んで、ノートに書いたり、暗記して人に言ったりしていたくらい好きだったんです。初めて会った時はまったく緊張しなくて友達みたいに話しちゃったのに、終わって帰って風呂に入って気付いたら緊張していた(笑)。気持ちがついていかなかったんですね。



それに、専門学校時代に最初の授業だった「糸井重里とは」の、糸井さんが僕の作品を読んでくれて帯も書いてくださったこと。すごく鎮魂歌感が半端ないです。



――過去の自分が浄化された。



燃え殻:そうなんです。決着ついたな、みたいな。僕、悔しかったことだけは忘れないんです。専門学校の時、最初の授業で担任が「ま、お前らの人生にろくなことないけどね」って言ったんですね。友達も「しょうがねえよな、俺たち何もできねえしな」って。で、その年の夏休み明けには半分が辞めてしまって、実際そんな流れになっていくんですね。



その時に、悔しいなって、僕は思っていたんです。嫌だな、なんとかしたいな、でも誰が声をかけてくれるわけでもないし、就職先もないし。でも、悔しいっていう気持ちは覚えておかないとヤバい気がすると思って、ずっと覚えていました。今でも覚えていますし。



――その悔しいという気持ちと、今ある環境が普通じゃないという気持ちを持ち続けることは、必要なことだったんですね。



燃え殻:そうですね。自分よりも後輩だったり、困っている状況の人には上から目線な態度を取ってしまいがちですが、そうすると、その出会いは死にますよね。それが僕は嫌だったんです。この小説に出てきたような人たちって、僕がもしも調子に乗っていたら見逃してしまっていた出会いかもしれない。そんなのもったいない!と思います。



――そういう燃え殻さんの出会いを引き寄せる力で、何か新しい作品が生まれることを期待してしまいます。



燃え殻:できたら嬉しいですね。これから何か書くことがあっても、その時もまたこの気持ちの延長線上で書くんじゃないかなと思います。



■書籍情報



『ボクたちはみんな大人になれなかった』



燃え殻 著、新潮社 刊



<あらすじ>

17年前、渋谷。大好きだった彼女は別れ際、「今度、CD持ってくるね」と言った。それがボクたちの最終回になった。17年後、満員電車。43歳になったボクは、人波に飲まれて、知らないうちにフェイスブックの「友達申請」を送信してしまっていた。あの最愛の彼女に。



とっくに大人になった今になって、夢もない、金もない、手に職もない、二度と戻りたくなかったはずの“あの頃"が、なぜか最強に輝いて見える。ただ、「自分よりも好きになってしまった人」がいただけなのに……。




燃え殻



都内で働く会社員。休み時間にはじめたTwitterで、ありふれた風景の中の抒情的なつぶやきが人気となり、10万人以上のフォロワー(2017年8月4日時点)を獲得。「140文字の文学者」とも呼ばれる。「燃え殻」というハンドルネームの由来は、好きなバンドである「キリンジ」の曲名(アルバム『馬の骨』)から。



ウェブで連載した初めての小説「ボクたちはみんな大人になれなかった」が話題に。2017年6月30日に大幅な加筆修正を経て、新潮社より書籍化。



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