ユニフォーム姿のこちらの男性。米子市出身の大投手・米田哲也さんです。現在84歳・・・球界のレジェンドが、ふるさと山陰の球児に豪快にエールです。
鳥取市の美保球場で開かれた野球教室。小中学生を相手に、カープやジャイアンツで活躍した鳥取市出身の川口和久さんなど元プロ野球選手が指導者として参加するなか、堂々と登場したのが…米田哲也さん。

「女の子もおるんやろ!昔は考えられんかったわ」

米田哲也さん、84歳。米子市出身の元プロ野球選手です。現在は兵庫県に住んでいますが、この教室のために鳥取に帰ってきました。

Qきょうの意気込みは?
「僕なんかは霞みたいな存在やからさ若い人がぱぱぱっとやってもらってやな」

・・・と謙遜しますが、実績は球界屈指です。
鳥取県立境高校から1956年阪急ブレーブスに入団し1年目から大活躍。すぐさまエースの座に昇りつめると1977年の引退まで登板試合数949!投球回数5130!積み上げた勝ち星は350!長いプロ野球の歴史においていずれも歴代2位の大記録!まさにプロ野球界のレジェンドです。
通算139勝、名サウスポー・川口和久さんも思わず記念撮影。

鳥取市出身・川口和久さん:

「鳥取のレジェンドなんで」

指導する姿はレジェンドらしく豪快そのもの。

米田哲也さん
「ピッチングで暴投を放るようなのはピッチャーのうちに入らん。ワンバウンド放るのは人任せ、キャッチャー捕ってくれなんてそんなバカなこと言っとったらあかん」

プロ入り以降、関西での生活が長いため、子どもたちには関西弁でズバズバと直球のアドバイス。

米田哲也さん
「そんな速い球放らんでいいよ、緩くてもいいからストライクストライクを放ってくれ」

そんなレジェンドが故郷に抱く思いとは…。

米田哲也さん
「弓ヶ浜の砂浜を走ってこいって言われて、今思えばトレーニング方法はそういうことしかなかった。下半身の強さはそういうところから今思えばそういうところよね」

球界随一の実績の礎は、鳥取の雄大な自然でした。そしてふるさと愛が強いが故に、こんな嘆きも…。

米田哲也さん
「やっぱりな高校が弱いわ、鳥取県。貧弱や細い。トレーニング方法とかなすごいもん大阪の。雨天練習場なんか、設備がすごい」

甲子園で苦戦が続く後輩たちに発破をかけます。米田さんのようなレジェンドになるためには…。

米田哲也さん
「負けず嫌いになること。隠れてどれだけやれるかですよ。表立ってしてもだめ。
それが相手と差がつく。裏で何やるかよ」

御年84歳。これからの人生も鳥取と関わりたいといいます。

「これからやな(鳥取に)いろいろしてやりたいのは、うん。鳥取県でもプロ野球選手が出てきてないけど出てきてほしいねん!環境はええのよ、空気はおいしいし」

まだまだ屈強な体は健在!これからもこの教室に参加し、未来の「プロ野球選手」を指導したいと意気込みます!