まずは訃報です。島根県吉賀町出身で、「蝶」をモチーフにしたデザインで知られるファッションデザイナーの森英恵さんが96歳で亡くなりました。森さんの功績をTSKの秘蔵映像とともに振り返ります。
森英恵さん:
「日本の伝統的なものを西洋の服の中に活かしてきた」
島根県吉賀町出身のデザイナー森英恵さん。今月11日、老衰のため自宅で亡くなりました。96歳でした。
森さんは、1965年にニューヨークで初の海外コレクションを発表。日本を代表するデザイナーとしてパリ・コレクションなどで活躍しました。森さんは「蝶」をモチーフにしたデザインで知られています。また、着物の伝統を取り入れたドレスは高い評価を受け、ファッション界で初の文化勲章を受章、出雲大社を始はじめ、地元で行ったファッションショーでも多くの人を魅了してきました。
18日朝のJR松江駅。
福島睦アナウンサー:
「森英恵さんが亡くなられてたのを受けて、号外が配られています」
街の人は:
「すごく活躍してきた人が亡くなるのは悲しい」
「びっくりしました。蝶の模様のファッションで有名でしたよね?残念です」
森さんを追悼する号外が配られました。
森さんの名前がついたフラワーガーデンもある故郷・吉賀町。突然の訃報に、岩本町長も驚きを隠せません。
吉賀町・岩本町長:
「本当に優しい方で、ふるさとのことを本当に思っていただいている先生で、突如のご逝去に、残念でさびしい気持ちでいっぱい」
益田市にある「グラントワ」。計画当初から、森さんと深い関わりがあり、様々な企画展が開かれてきました。なかでも…
オートクチュールの作品展には大勢のファンが詰めかけました。
グラントワ・南目美輝学芸課長:
「公立の美術館でファッションを柱に据えている施設はほぼないので、ファッションの展覧会を続けていくことが、先生の思いに応えることにつながる」
そして、森さんが数多く手掛けたのが制服です。
グラントワに、JALの客室乗務員。
JALでは、1967年から1987年まで3代にわたり、森さんデザインの制服を導入しました。
さらにバルセロナオリンピック日本選手団のユニフォーム。また、地元の学校でも。
嶋村采音アナウンサー:
「生徒たちが着ている制服も、森英恵さんがデザインしたものです」
松江西高校では1994年から森さんデザインの制服を使用しています。
生徒:
「とてもかわいくて、他校の人からうらやましがられる」
デザインは服だけに留まりません。
福村翔平記者:
「スーパーマーケットでよく見る、このおなじみの蝶のマークも森英恵さんが手掛けたものです」
JAしまねが32年前から使用する「Eマーク」。蝶のように県産品が愛されて欲しいという願いが込められています。
買い物客:
Q.森英恵さんがデザインしたものですが?
「え?初耳?これ切り取って持って帰えらなきゃ。これは高いものになるね」
さらに、TSKに残されていた秘蔵映像。
森英恵さん:
「昭和61年を迎えて皆様いかがお過ごしでしょうか?」
これは1986年にTSKが制作した新春特別番組。大蔵大臣だった竹下登元首相と森さんが対談しました。現役大臣に鋭く切り込む場面も。
森英恵さん:
「国民として、立派な国に住ましてもらっているわけだから、自分たちが稼いだお金を納税して使っていただくことは、もちろん、何の異論もございませんが、何か不公平の感じがする。働くだけ収入が少なくなる感じがして、不公平な感じを新しい税制で変えてもらえれば、やる気も出てくる」
世界で活躍する第一人者として番組を進行しました。
森英恵さん:
「島根に帰ってくると空気がなじむ。不思議な感覚だけど、自然にそう感じるし、心がくつろぐ」
デザイナーとしての感性はふるさと・島根で培ったという森さん。蝶のように世界に羽ばたき、96年の人生に幕を閉じました。