1987年、映画「湘南爆走族」(山田大樹監督)で芸能界デビューし、1989年に連続テレビ小説「青春家族」(NHK)で、いしだあゆみさんとW主演をつとめて注目を集めた清水美砂さん。映画「シコふんじゃった。」(周防正行監督)、映画「Shall we ダンス?」(周防正行監督)などに出演。カンヌ国際映画祭の最高賞・パルム・ドール賞を受賞した映画「うなぎ」(今村昌平監督)で日本アカデミー賞優秀主演女優賞をはじめ、多くの賞を受賞。2024年、映画「海の沈黙」(若松節朗監督)で演じた美しい全身入れ墨姿が話題に。7月11日(金)に映画「囁きの河」(大木一史監督)の公開が控えている清水美砂さんにインタビュー。(この記事は全3回の前編)

■芸能プロのスカウトマンの名刺は引き出しの中へ

東京で生まれ育った清水さんは、小さい頃は人見知りでひとり遊びをしているような女の子だったという。

「鍵っ子だったので、家に誰もいないし、ブツブツ言いながらひとりで遊んでいました。そうこうしているうちにひとりお友だちができたんですけど、その子がいなくなった途端にまた元のようになってしまって。ひとりで何かしている感じでした」

――テレビや映画はよく見ていたのですか

「時間が決められていて、5時から7時までしかテレビを見ちゃいけなかったんです。そのとき最初に見たのが『宇宙戦艦ヤマト』(日本テレビ系)で、それにハマりました。宇宙を眺めながら、ずっとひとりの空間を楽しんでいる…そんな感じの子どもでしたね」

――俳優になろうと思うきっかけは何かあったのですか

「特に自分で何か…というのはなかったんですけど、若いときにスカウトされてよくお名刺をいただいていたんです。あの当時は、道の角々にスカウトマンがいましたからね。私は渋谷育ちだったので、原宿とか渋谷、新宿などを普通にひとりで歩いたりしていたら、そういうお名刺をいただいて、机の中に全部閉まっていたんです。

そうしたら母がそれを見て、私が変なところに入っちゃうんじゃないかと心配して知り合いのサンミュージックさんの専務さんにお話をしたら、(専務さんが)一度お会いしたいとおっしゃってくださって。お会いしたときに『うちに入らないか』とおっしゃってくださったんですね。

でも、当時サンミュージックさんはいわゆるオーディション形式で皆さんお入りになっていたので、私もオーディションに参加させていただいて、そこからレッスン生としてお世話になることになったんです。

それで、『湘南爆走族』という映画のオーディションを受けることになって、たまたま受かっちゃって。それが始まりでしたね。

でも、私ひとりだけ芝居ができないわけですよ。江口洋介さん、織田裕二さん、竹内力さん、杉浦幸さん、皆さんお芝居はもう最初からやられていて。私は、レッスンはしていましたけど、全く芝居をしたことがなかったからカメラの前で芝居なんてできなかったんですよね。

その悔しさが掻き立てられて、『役者になりたい』というか、『芝居をもっと知りたい』と思ったのが、役者を続けるきっかけになりました」