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夏になったら欲しくなる〜「冷たい」が続く感動魔法瓶


魔法瓶のトップメーカー、サーモス。神奈川・横浜市の直営店「サーモス スタイリングストア」には、多くのファンが詰めかけていた。

子ども連れの女性が手にしていたのは「真空断熱ベビーストローマグ」(2750円)。「(娘が)赤ちゃんの時から使っています。夏も冷たいまま飲める。サーモスで育ったようなものです」と言う。

ある夫婦は両親へのプレゼントにタンブラー「真空断熱カップ」(1650円)を購入。「他社のステンレス製は飲み口が熱くなったり、結露したりしますが、サーモスはそれが全くないんです」と言う。

サーモス最強の保温力を持つ魔法瓶は「山専用ステンレスボトル」(6600円)。山頂で「ガスバーナーで火を沸かさなくても、家でお湯を入れて山頂でカップ麺を食べられる」のだと言う。6時間、熱いままキープできるから、山頂で火を焚かなくても熱々が食べられるというわけだ。

そして今、大人気なのが「プラズマ超硬質コートフライパン」(4400円)。3年前に発売すると、あっという間にシェア2位になった。人気の理由は、従来の2倍長持ちするという独自のコーティング。「他の鍋とぶつけても傷がつかない」「こびりつかない。さっとティッシュで拭けば次の料理を作れる」と好評だ。

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他にも、熱い汁物を入れても手が熱くならない「まほうびん食器 お椀」(2200円)や、保温力の高いポットを採用することで、ヒーターで保温しなくていいからコーヒーが煮詰まらない「真空断熱ポットコーヒーメーカー」(1万4300円)など、機能性の高さで客の心を掴んでいる。

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サーモスブランドは40の国と地域に展開。魔法瓶を年間5000万本生産し、750億円を稼ぎ出している。海外ブランドだと思っている人も多いが、日本企業。コロナ渦でも絶好調で、国内売り上げは去年、223億円と過去最高を記録した。

トップメーカーたるゆえんは魔法瓶の進化にある。新潟・燕市の新潟事業所の社内では炭酸ドリンクも入れられる魔法瓶の耐久実験が行われていた。

「炭酸は内圧がかなり高くなるので、最悪の場合、ふたが飛びます」(商品開発室・藤田衛)

これを真夏の車の中を想定した部屋に置いたままにする。室温は60度。2時間後、噴き出すこともなくふたが開けられ、中身の炭酸もシュワシュワだった。

「ふたに工夫がありまして、真ん中に圧力解放の穴がついています」(藤田)

圧力が高くなりすぎた時だけ、穴から少しガスを逃がすようになっているのだ。

「自宅でビールを入れて、キャンプ場でそのまま飲める。今までなかったものを提案していきたいと思っています」(藤田)

真空技術でヒット連発〜失敗を恐れないものづくり


魔法瓶はどんな仕組みになっているのか。魔法瓶を縦に半分に切ってみると、内ビンと外ビンの2重構造になっている。そんな構造のボトルを真空にするための特殊な炉の中に入れる。炉の中の空気を抜くと2重の部分も真空になる。この状態で穴を塞ぐ。真空は熱を通さないから、熱さや冷たさがキープできる。だから「魔法の瓶」というわけだ。

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世界初の魔法瓶は1904年、ドイツで商品化された。しかし、当時はガラス製で、落としたら簡単に割れてしまった。それを克服したのがサーモスの親会社で、産業ガス大手の「日本酸素」だった。

「日本酸素」は新分野に挑戦し、1978年、断熱性に優れた世界初のステンレス製魔法瓶を作った。ヒントにしたのは、液化窒素を低温で運ぶタンクローリー。これを小さくすれば、ガラスではない魔法瓶が作れるはず、という発想だった。

新しいことに挑戦してきたサーモスだが、失敗もある。社長・片岡有二がその一つ、2006年に発売した「パスタクッカー」を見せてくれた。筒型の魔法瓶に2リットルのお湯と塩を入れて、パスタを穴に差し込む。規定の茹で時間プラス3分放っておけばパスタが茹で上がる、という商品だった。

「私が考えたコピーで『あとは勝手にアルデンテ』。試食も繰り返して、みんなで盛り上がって企画した商品です」(片岡)

しかし、数年であえなく販売中止に。2リットルもお湯を沸かすのが面倒だと、全く売れなかった。

「自信はあったけど販売には結び付かず。失敗作の1つになるんですかね。商品の失敗はたくさんあります。逆に挑戦しなくなるほうが怖い。サーモスらしくなくなってしまうと感じます」(片岡)

サーモス1のアイデアマン、マーケティング部・初本邦生が開発したのは2015年発売の「ポータブル真空スピーカー」。筒の部分を真空構造にすることで正面からクリアな音が出るという。しかし、これも5年で販売中止に。「ベクロス」というブランド名で売り出したが、ほとんど売れなかった。それでも、「ここで終わらせずに、20年後に復活の芽があれば復活してほしいと思います。諦めないですね。技術に罪はないですから」と言う。

もちろんロングセラーも生み出している。

東京・杉並区の料理研究家・野上優佳子さんが愛用しているのは、累計560万個以上売れた「シャトルシェフ」という鍋。これを使うと料理が劇的に楽になるという。

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この日、作っていたのは大きな牛肉が入ったカレー。軽く炒めたら、カレー粉とぶつ切りの野菜を入れて5分間強火で煮る。あとは2重構造の外鍋に入れて1時間待つだけ。

「トロ火状態で保温調理してくれる。あとは買い物に出かけてもいいし、何をしてもいいんです」(野上さん)

火を使わないから、ほったらかしでいいのだ。1時間後、鍋の中で具材が踊らないから、ジャガイモは煮崩れせずホクホク。保温しただけなのに、牛肉も芯まで熱が入ってホロホロになっていた。

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「私が手をかけて作っているように、『シャトルシェフ』が頑張ってくれました。欠かせないです」(野上さん)

サーモスはこのように、魔法瓶の技術で暮らしを便利にしている。

「ブランドコンセプトも『おいしさ なるほど サーモスマジック』。消費者の方が使ってみて驚いていただける商品を常に出していきたいです」(片岡)



ライバルのマネはしない〜「万年3位」からの逆転劇


この日、片岡が弁当箱に入れてきたのはご飯ではなく、米だった。

「ごはんが炊ける弁当箱」(3850円)は、まず容器に米と水を入れて、専用のパーツをつけたらレンジで8分加熱する。沸騰しても、パーツが吹きこぼれを防いでくれる。あとは容器を魔法瓶に入れて30分たったらOK。朝準備すれば、通勤中に炊きあがって昼休みまでホカホカの状態が保たれる。

「いい感じで炊きあがりました。他社と違うことをやる。他社のマネはしない」(片岡)

1978年、世界初のステンレス製魔法瓶を開発した「日本酸素」では、この新規事業を育てるため、20代の若手社員が集められた。片岡も入社してすぐ魔法瓶事業に配属された。日本酸素から名をとった「ニッサン魔法瓶」を営業して回ったが、思うように売れなかったという。

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「知名度がなかったから、『ニッサン』と言うと『車の会社?』とか。電話で『日本酸素』と言うと『山荘? 山小屋が何?』とか」(片岡)

産業ガスを扱う日本酸素は魔法瓶では無名のメーカー。そこに、ガラス製を売っていた「象印マホービン」がステンレスの魔法瓶に参入。ブランド力を武器に、市場を席巻していった。日本酸素はパイオニアなのに、「象印」や「タイガー」の背中を追いかける万年3位に甘んじるしかなかった。

「3位が定着していた時期が長かったですね。我々はもっとやれるはずという思いは強かったです」(片岡)

そこで「日本酸素」は大勝負に出る。1989年、ドイツ生まれのサーモスを200億円で買収したのだ。ガラスの魔法瓶を世界で初めて商品化したサーモスは知名度抜群で、世界に販売網を持っていた。しかし、ブランド名を「ニッサン」からサーモスに変えても、思うように売れない。すると魔法瓶事業は迷走を始める。

「営業の意見が強くなってきて、『今、市場で売れている商品を出してほしい』と。(買収で)大きな投資をしているから、実績を出していかなくてはいけないということもあって、目先の売り上げに走った」(片岡)

実際に作ったのが、ワンプッシュで注げる小型の魔法瓶。すでに1年前、競合メーカーが発売していたのとそっくりなものだった。モノマネが増えた魔法瓶事業は赤字が続き、いつしか社内ではお荷物部署と言われるようになってしまう。

ついに2001年、「日本酸素」は赤字続きのサーモスを分社化する決断を下す。分社化となれば、人員は半分近くに減らされ、給料も最大2割カット。当時新潟の工場長だった山田雅司(新潟事業所長)は、途方にくれたという。

「もちろん不安はありました。今後の生活とか、家族にどう言おうとか。『自分たちで自立してやりなさい』と言われた時は、悔しさや多少の寂しさがありました」(山田)

このまま赤字が続けば廃業という事態にまで追い込まれていったサーモス。そんな中、2002年に商品開発のトップとなった片岡は新しい方向性を打ち出していく。それが「モノマネからの脱却」だった。

「サーモスの特色を出すのが生き残る唯一の方法。諦め悪いのかな(笑)」(片岡)

目をつけたのは、他社はまだ出していなかった直飲みタイプの魔法瓶。コップで飲むのが当たり前だった中、そこに活路を求めたのだ。

それに応えたのが、前出のマーケティング部・初本だった。直飲みタイプは以前から出していたが、あまり売れなかった。その理由を洗い出し、改善点を探っていった。

「ふたが飲む時に邪魔になる。甘い汁がついているとアリがたかるし砂も入る。不衛生だからフルカバーがほしい、と」(初本)

初本が改善のヒントを見つけたのがあるライターだった。片手でロックを外し、ボタンでふたが開く。これを魔法瓶に取り入れようとした。残ったメンバーは一致団結して、勝負に打って出た。

「ステンレス魔法瓶のパイオニアとしての意地があるから、サーモスを復活させる。不安を抱えながら必死にそう言っていた記憶があります」(前出・山田)

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そして2002年、日本初のワンタッチでふたが開くスポーツボトルの発売にこぎつける。これにまず飛びついたのが、スポーツ少年たち。ふたをサッとあけられてすぐ飲める。この手軽さが受け、累計2300万本を売る大ヒットになった。

サーモスはこの直飲みタイプで、一家に一本だった魔法瓶を一人一本に変えたのだ。

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あの汚れもズバリ解決〜「脱モノマネ」の商品開発


魔法瓶を長く使っていると、気になるのがボトル内部の茶渋やコーヒーの汚れ。そんな悩みを解決してくれるのが、サーモスの「マイボトル洗浄機」(1430円)だ。水と漂白剤を入れたボトルにセットしてスイッチを押すだけ。ボトル内側のステンレスに電気を流し、汚れを浮かせて剥がすという。3分でボトルの中はピカピカに。これはサーモスの特許技術だ。

こうした今までにない商品を生み出せるのには秘密がある。

マーケティング部・樋田望が見ていたのは年間12万件届くお客の声。ここからヒントを得るという。

「例えば、『パッキンの横の溝が洗いにくくて汚れが溜まる』と」(樋田)

確かにふたの溝は狭いのに奥が深いから、指もスポンジも入らない。1年半前からこの課題に取り組んでいる樋田が考え出したのは、ふたそのものを分解できるようにすることだった。ただ、構造が複雑だと、壊れやすくなってしまう。

「取り外しを繰り返して壊れたら元も子もないので、難しいですね」(樋田)

5月中旬。ふたをさらに改良した新商品が完成した。一見普通のボトルだが、ふたを差し込む穴を工夫することで、洗いやすいし、壊れにくくした。さらに、客から要望が多かった、食洗機でも洗えるようにした(「食洗器対応モデル まる洗ユニット」は8月発売予定)。

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こんなアイデア集団のサーモスには破ってはならない鉄の掟があった。それは「ペットボトル使用禁止」。そのかわり入社時に、全員に魔法瓶が支給される。

中身が無くなると、向かったのは社内のドリンクバー。ボトルがすっぽり入るよう、改良されていた。

※価格は放送時の金額です。

〜村上龍の編集後記〜
前身である日本酸素は1910年に日本初の産業ガスメーカーとして設立された。わが国の産業を支えてきた。なぜ「消費財」に参入したのか。自分たちには、何かできることがあると思ったのだろう。「冷めない、割れない魔ほう瓶」ステンレス製の真空断熱構造。真空の部屋の中で魔ほう瓶を作る、最後に底の金属ロウを加熱して溶かす。よく作ったなと思う。産業ガス運搬用のタンクローリーのタンクにヒントがあったという。それはまさに巨大な魔ほう瓶だったらしい。

<出演者略歴>
片岡有二(かたおか・ゆうじ)1962年、東京生まれ。1985年、慶應義塾大学卒業後、日本酸素入社。魔法瓶グループに配属。2003年、サーモスに転籍。2021年、社長就任。

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