インターネットでのスポーツ中継が広まり、スマートフォンでのサッカー観戦が可能となるなど、いつでもどこでもサッカーに触れられる時代となった。そんなサッカー中継で欠かせないものの1つが実況だ。白熱した試合を言葉巧みに視聴者に伝え、その場にいるような雰囲気にしてくれる。そんな実況者たちはどんな思いを持って、それを伝えているのだろうか。

今回、20年以上もアナウンサーとして活躍している“クラッキー”こと倉敷保雄さんにインタビュー。第2回は、視聴者がサッカーにおけるリテラシーを向上させ、“スペシャルな視聴者”になるために必要なことを語ってもらった。

◆中継に携わる方たちもサッカーのリテラシー向上が必要
――20年以上もサッカー実況を務めていると、実況を始めた当時とサッカーに対する見方が変わってきたのではないでしょうか
「全然違いますね。少しは進歩していなかったら恥ずかしい。僕の中にはサッカーを観戦する自分としての変遷とサッカー番組の作り手側としての変遷がそれぞれあります。まず、観戦する側として言えば、サッカー眼というか、サッカーそのものを観る目が変わりました。一般的にサッカー眼を鍛えるのはまず数です。たくさんの試合を多く観た方が気付くことは多い。これは絶対的なことだと思っていて、1試合観るよりも2試合観た方が上。2試合よりも5試合、5試合よりも10試合、100試合、そして1000試合。実際に現地で観たのか、オフチューブで観たのかの違いもありますが、基本は量です。グロスで勝負というか、試合を観れば観るほど観る目は変わりリテラシーも上がるのが一般的で、そういう点に於いて、自身に関してのリテラシーは以前より上がっているはずなんですけどね」

「放送を作る側、喋る側としては中継のスタイルの変化も感じています。機材も変わりました、そして手に入る資料の質も変わってきて、マイクの前で試合を観る視点も変わりました。この仕事を始めたわずか20年ほどの間で見ても、自宅でサッカー観戦する環境、得られる情報の豊かさは大きく変化しました。超ワールドサッカーもそうですが、20年前にはこんなに便利なサイトは一つもありませんでした。インターネットの普及は大きな変化をもたらしましたね。ただ現在は劣勢な紙媒体にも、当時はしなやかな文化がありました。手元に残せる楽しさが紙にはあります。アナログの良さは今でもあるので、いずれまた寄り添う時代が来ると確信しています。それにしても今は情報の刷新が早すぎますね。止まっている瞬間がないくらいに更新されてしまうので、ちゃんと誰かの目に触れているのかな?と勝手な心配をしています。情報洪水の時代になって久しいですが、何が大事なのか、取捨選択する難しさはいよいよ難しくなっているな、と感じます」

──ありふれた情報から取捨選択をするのは難しい時代になりましたが、倉敷さんは視聴者にどのようなことを伝えたいと考えていらっしゃいますか
「僕のやっている仕事は例えるなら豆腐屋さんのようなものです。未明や早朝の仕事も多いですしね。ただ、豆腐屋さんも少なくなったのでご存知ない方も多く、皆さんにうまく伝わるかわかりませんが、豆腐屋さんは毎日、前日の夜中に材料を仕込んで、朝、売りに行くんです。でも、どんなに最高の豆とにがりを選んで美味しい豆腐を作っても、夕方には鮮度が落ちてしまうから、新鮮なうちに、つまり当日に売り切らないといけない。実況の仕事も同じ、鮮度が大切、情報は日持ちがしないんです」

「前日にどういう仕込みをするかというと、最近、重要視しているのは試合の背景です。だからそこから調べます。同じ時間を視聴者と楽しむために、まず背景を伝えたい。ざっくりと全体を調べ、その中で最終的にサッカーファンの心に残るものはなんだろう?という思考をしています」

「ベーシックなところでは順位表からです。ポイントディファレンス(勝ち点差)がどれくらいあるチームの対戦なのか。戦績を調べ、複数得点の試合がいくつあり、無失点の試合がいくつあるのか。得点を取っているのは誰で、誰が警告を多く受けているのか。次にシステムを調べ、そのシステムを実践するためにどういう選手がいるのか、故障者はいるのか、などをを考えながら資料を増やすんです」

「さらに、監督は在籍何年目か、これまでのキャリアは?予算規模を考えてどれほどの戦力差があるかをはかり、そのスタジアムでの勝敗や日程面での有利不利、どのコンペティションを戦い、この試合はシーズン何試合目なのかといった試合背景を埋めていきます」

「そういったデータ的な観測からエネルギーの面と今持っているポテンシャルの面、フィジカルの強さなどの強度を、たとえばウェブ上のサッカーゲームのような見方で、測ります。それから、監督や選手のコメントを現地メディアや公式サイトのニュースで見ます。そうすると大体が見えてきますね。そして直前の試合の映像をチェックして、どういった選手がいるどんなチームなのかを自分なりに把握するわけです。」

「集めた情報はスタジオに持ち込みますが、片っ端から読んでいくことはしません。プライオリティは試合ごとに、時間ごとに、変わってくるからです。調べて、覚えて、なおかつ忘れなければいけないのが、この仕事の難しいところです」

――それだけの仕込みをされている中で、多くの試合を担当されるということはリセットする必要があるということですね
「初期化ですね。観終わった途端に忘れることも重要なんです。そうでないと次が入らないので、1日3試合を担当することはできません。特殊能力というか、もしかしたら病気のようなものかもしれませんが、僕は1試合の仕事が終わった途端にスコアも選手のこともほとんどを忘れています。覚えておこうと思わなければ観たばかりのことも忘れられる。2時間前にしゃべっていたことも1,2のポカーンで忘れてしまえます。ただ、プレー内容だけは断片的にいつまでも覚えているので、きっかけがあれば思い出せます。だから都合のいい記憶の住み分けというか、ショートタームメモリーとロングタームメモリーの使い分けができているのだと思います」

「1日何試合担当するか、何時にキックオフする試合なのかにもよりますが、特に事前に調べたデータは試合が終わるとほとんど忘れてしまいます。忘れていく能力が重要なのは実況の仕事は番組構成や時間配分など番組進行も兼ねているし、スタッフの指示などにも気を使わなければならないからです。とても気を遣うので、実際に一人で試合を観ているときの集中力に比べると、中継時は7割くらいじゃないでしょうか。つまり三割は、ただ試合を観ている時よりも(試合への集中力が)落ちているわけです。この数字はなかなかあげられない、だからそこをどう補うかの調整も大事になってきます」

──試合を観ながら、解説者の方やスタッフからの指示までを上手く汲み取っていかなくてはいけないんですね
「Jリーグは会場(スタジアム)でのライブ中継なので、現場ならではの面白さと難しさが同時進行します。オフチューブはモニター画面の中だけの話ですが、現場のスタジアムでは視野がぐーんと広くなり、隣の解説者がどこを観ているかもわからない状況になるわけです。すべての解説者が映し出されている映像に合わせてコメントして下さるわけではないですからね。だから実況は視聴者を置き去りにしないためにこれまたアレコレと気を遣うわけです、ものすごく疲れます。『この隣の人は今、どこを観ているんだろう』と (笑)」

「中継にはある程度のエンターテインメント性もないといけません。煽りすぎはよくありませんけど解説者にもそれが求められる時代です。S級ライセンスを持つ元代表の方もいれば、指導者の経験がない方もいます。いろいろなタイプの方がいます。ジャーナリストの方もいる。実況と解説に求められるものも少しずつ変わってきています」

「昔はそれほどカメラの台数は多くなかったのですが、Jリーグ中継のカメラもだいぶ増えました。良いことですね。ただ、近年の画作りに関しては海外のリーグ中継のフォーマットをベースにするようになったものの、杓子定規に縛られすぎで応用ができていません。コメンテーターと寄り添わずに『この画で撮ってください』というライセンスホルダーの本部からのリクエストが優先されています。もちろん今は成熟していく過程であり、スタッフ、キャスト全員のリテラシーを上げていく道の途中にあるものです。中継も数をこなしてなんぼなのです。だからアナウンサーも寄り添う形で進歩しなければいけませんし、コメンテーターもよりレベルの高い解説をしていかないと淘汰されるかもしれませんね。プレイ解説がより求められる時代を前に、どの情報を活かすかも変わってきます」

「本当はスタジアムに出かけて、たくさんのカメラで撮って、それを持ち帰ってから戦術を分析し、色々な角度のカメラ映像を使って、何度もリプレイ映像をインサートするオフチューブ映像を作ってみたい。もし、そんなお手本となるディレクターズカット盤を作れたら中継班のリテラシーも急激に上がるんじゃないかな(笑)。そんな贅沢な中継は一度も見た事がないと思いますが、Jリーグやサッカー協会はそういう物を作ってみる必要がある。そういう時期に来ているのでは、と僕は本気で思っているんです」



――観戦の仕方も含めてそういうお手本が欲しいですね
「そうでしょう?カメラにしてもコメンタリーにしても、望ましいと思える雛形を一度作ってみるべきなんです。チャンピオンズリーグやワールドカップはカメラの台数が半端じゃないです。スペインのクラシコは近年ですと40台の固定カメラ、監督用の追跡カメラ、ハイスピードカメラや4Kカメラ、360度のインスタントリプレイを実現する5台のカメラも設置しています。スタッフは400人を超えるそうです。凄いでしょう?ただカメラが多くてもスイッチャーの切り替えが下手なら台無しです。競技の理解度が高い国はスタッフのレベルが試聴者のレベルを押し上げているんです。世界の高級食材を揃えていたって味付けの仕方がわからないともったいないですものね。どんな料理ができあがるかはその国のシェフ次第です。ただ、基本的にはカメラが多いことは間違い無く面白みのひとつなんですよね」

◆日本には本当のプレビュー、レビュー番組は一つもない!!
――「リテラシー」という言葉が何度か出てきていますが、日本のサッカー文化の向上につながると思われる“視聴者のリテラシー”を上げる中で、テレビ中継が抱える課題はなんでしょうか
「それははっきりしています。プレビューとレビュー番組の充実です。ちゃんとしたサッカーのプレビュー番組とレビュー番組は、日本にはただの一つもありません。僕は今年、相当色々な方々に、お説教のような口調で作るべきだと繰り返したので、もはや老害のように思われていると思いますが(笑)。それでも権利を持っている方々や、放送の現場で『なんでやらないの?』、『なんで作らないのですか?』とまだ言い続けています」

「組織としてみても、個人としてみてもこのプレーが美しい。この時間に、この局面でできるこのプレーが素晴らしい。リプレイを使ったり、CGを使って、切り取った一連のプレーをきちんと解説したり、色々な角度からのカメラを使って何故?の疑問をひとつづつ解消すべく視聴者に見せてあげれば、サッカーをまだ見始めたばかりの方だってJリーグも海外のサッカーも見る目が養われてきて、もっとこの競技が面白くなります」

「日本人は知識が増えることがとても好きな国民です。NHKのエデュケーショナルテレビジョン(教育番組)的な対応が最も必要だと思います。誰かに話したくなるようなことを知ることはいつも楽しいことです。ただ、趣味の多様化や趣味に使う時間帯の違いもあって、近年は昨日観たスポーツの話をみんなですることが激減しています。テレビ全体に人気番組が減っていることもありますけどね」

「好きなものはかなり多様化した時代になりました。つまり尖ったブームやムーブメントが1つもない時代です。でも、だからこそ競技の理解度を上げることで、まだ見ぬサッカー好きは、サイレントマジョリティも含めて相当に増える余地があるはずなんです」

「だから、まず競技の理解度を上げる。隣の人につい話したくなるようなことを提供する番組があったほうが、人気は上がるでしょう? 今のままじゃ難しい。例えば、ワールドカップの抽選会で日本が対戦する3カ国が決まりました。でも、みんな対戦国のことをどれだけ知っているでしょうか。コロンビアのハメス・ロドリゲスは滝川クリステルさんと車の宣伝に出ていたので多少は知っている方がいるかもしれません。じゃあ、ポーランドのレヴァンドフスキーはどうでしょう。サッカー好きにはよく知られていますが、新橋のおじさんサラリーマンに聞いたら、答えられる人は少ないでしょう。セネガルのマネも同じ。誰だいそれ?ってリアクションが返ってきそうです」

「でも、齢を重ねても知るは楽しい。むしろ時間に余裕がある方の方が新しいファンになってくれそうです。昔リーガエスパニョーラの中継をJ SPORTSでやっていて楽しかったエピソードがあるんです。80歳を超えた女性から『今季のペップ良かったですよね』と言うメッセージをいただきました。嬉しかったな。ペップという呼び方はメジャーではなくカタルーニャ独自の読み方なんです。これまでリーガに触れる機会のなかった方が気軽にペップと呼ぶ日本のリーガ文化もいいもんだ、なんてね。楽しい仕事ができたなと実感できた瞬間でしたね。いくつになられても知識が増えるのは楽しい。素敵な時間の過ごし方はいくらもあります」

◆観戦ノートが日本サッカーを強くする