新元号が「令和(れいわ)」に決定し、2019年4月30日をもって幕を閉じる「平成」。日本サッカーにとって、「平成」という時代は大きな変革を遂げた30年間となりました。Jリーグ設立、ドーハの悲劇、日韓W杯招致…。激動の30年を平成の出来事と共に振り返ってみましょう。

世の中の流れ


2008年、いわゆる「リーマン・ショック」が起き、日本でも経済的に大きな被害を被った。

■悲劇と混乱の1年
平成が始まってから20年目に入った節目の年は、日本を含めた世界各国で多くの混乱が生じた1年でした。

アメリカの大手証券会社「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻した、いわゆる「リーマン・ショック」と呼ばれる出来事が起きたのがこの年です。日本の株も大暴落する等、様々な影響を及ぼしました。

さらに日本では前年の安倍晋三氏に続き、後任の福田康夫首相も任期1年を待たずに辞任。辞任会見では、「突然の辞任は無責任ではないか」という質問をした記者に対して「あなたとは違うんです」と怒りを露にし、注目を浴びました。

また、「天才バカボン」の生みの親であり、日本ギャグマンガ界の巨匠である、赤塚不二夫氏が死去したのもこの年です。赤塚さんの葬儀では、赤塚さんと親交があったタレントのタモリさんが弔辞を読み、「私もあなたの数多くの作品の一つです」というセリフを残しました。また、タモリさんが読んでいた弔辞のメモが、実は白紙だったということも話題になりました。

この年の夏には北京オリンピックが中国で開幕してます。四川大地震やチベットでの暴動などもあり、開催への影響が心配されましたが、北京オリンピックは予定通り行われました。日本は多くの金メダルを獲得しましたが、中でも男子競泳平泳ぎ100mで、世界新でオリンピック連覇を果たした北島康介選手の「なんも言えねぇ」という言葉はアテネオリンピックの際の「チョー気持ちい!」と同様に話題になりました。


アメリカ大統領選では、オバマ氏が「Change(変革)」をスローガンに勝利し、アメリカ初の黒人大統領となった。

そんな中、11月に行われたアメリカ大統領選挙では大統領選が行われ、民主党のバラク・オバマ氏が黒人初のアメリカ大統領になることが決まったのでした。混乱が多かった1年の中で、オバマ氏の当選は多くの人に勇気を与えました。



サッカー界

2008年に行われた北京オリンピックでは、サッカー男子でメッシ、アグエロ擁するアルゼンチンが金メダルに輝いた。

■未来の主役たちが初の表舞台へ
前述の通り、2008年は北京オリンピックが行われ、男子サッカーが出場しています。次世代のスターが誕生に期待がかかりましたが、結果はまさかの3戦全敗。しかし、この時のオリンピックメンバーを見てみると、長友佑都、吉田麻也、本田圭佑、香川真司ら、その後の日本サッカーを牽引していく選手が多くいました。北京オリンピックでの悔しい経験が彼らが後に世界の場で活躍する糧になっていたのかも知れません。


前年の浦和レッズに続き、今度はガンバ大阪がAFCチャンピオンズリーグを制覇。日本勢がアジアで躍動した。

■アジアで躍動するJクラブ
この年、前年の浦和レッズに続き、またしてもJクラブがアジアの舞台で躍動します。2007年の天皇杯優勝チームガンバ大阪が2008年シーズンのAFCチャンピオンズリーグで優勝し、浦和レッズに続き、日本勢のアジア連覇を達成します。そしてアジア王者として出場したFIFAクラブW杯でも前年の浦和レッズに続き3位に食い込みます。特に、準決勝では、クリスティアーノ・ロナウドら擁する欧州王者であるマンチェスター・ユナイテッド相手に3-5の打ち合いを演じた末に敗退しますが、Jリーグのクラブが“あの”マンチェスター・ユナイテッド相手に3点と取る姿は多くのサッカーファンに強く印象を残しました。


この年に行われた東アジア選手権では、翌年の偉業の布石となる全勝優勝を果たした。

■世界王者への道を歩み始めたなでしこジャパン
この時期に、男子の日本代表に負けずに、力を付けてきたのがサッカー女子日本代表「なでしこジャパン」です。それまでは、結果が出ずに苦しい時期が続きましたが、この年の2月に行われた東アジア選手権では、中国、韓国、北朝鮮に全勝して、優勝。主要な国際大会として初めてのタイトルを獲得します。続く北京オリンピックでも、開催国中国を準々決勝で破る等、快進撃を見せます。惜しくもメダルには届かない4位となりますが、それでも史上最高順位に付ける偉業を達成しています。この後世界を席巻するなでしこジャパンが頭角を現し始めていました。