――マイナス人生オーケストラの曲調も様々ですが、歌詞は決して明るくありません。ハルさんご自身も元々は明るい方ではないタイプだったのでしょうか。

ハル:はい! 日陰族です!

――今満面の笑みでおっしゃいましたね(笑)。そこが不思議なんですよ。笑顔でそうおっしゃるのが。そこはコンプレックスではないということでしょうか。

ハル:昔に比べて今の時代ってそんな日陰族って市民権も得てるというか、惨めな思いをしなくても生きていけるじゃないですか。

――マイナス人生オーケストラという名前の通り、マイナスな人生のオーケストラ、日陰であることを誇りまでは言わないですけど開き直っている印象がありますよね。

ハル:弱みを強みにみたいな。インターネットのおかげで市民権を得たんですよね日陰族が。昔は日向族、ヤンキーのやつらが文化を牛耳ってたけど、日陰族がインターネットという通信手段を得たから、ヤンキーに対抗できる集団になったんだと思うんです。

松永:オタクが市民権を得たというのはありますよね。

――アーバンギャルドが一貫してテーマにしている「メンヘラ」もかつては取り扱い注意な言葉だったんですけど、今はわりと市民権を得たというか、カジュアルに使われてしまっているじゃないですか。最近は「病みかわいい」なんて言葉もありますし。

松永:スポーツ新聞にも「タレントの誰々、メンヘラ」って書かれているのをこないだ見ましたよ(笑)。

――そういう状況をどう思われているのかなと。

松永:僕はメンヘラが市民権を得るというのは賛成というか、言葉が一般化していく過程で避けられないことだと思うんです。例えばオタクという言葉って本来は蔑称だった言葉がある種のアイデンティティになり、その上で一般化された時に、元々のオタクの人が抱えていたアイデンティティが蔑ろにされた部分ってあると思うんですよ。

自分たちにとって大切な言葉が軽々しく使われて、しかもオタクに見えないようなリア充の人たちがオタクを名乗りだしたことに対する反発や疑問は昔はあったじゃないですか。でももう今となってはそういう有象無象も含めて「OTAKU、世界語だよね」っていう風潮ですよね。

「メンヘラ」も蔑称だった言葉が救いに変わったという部分もあるんじゃないでしょうか。そこからもう一歩進んで一般化していく過程においてはカジュアル化はさけられないのでは。

ハル:同じように昔は一般層からしたら「ヴィジュアル系(笑)」みたいなのはありましたね。

松永:そうそう、「ヴィジュアル系」と呼ばれるバンドと対バンするときにご本人たちに「ヴィジュアル系ですよね」と言って良いのかわからないんですよ。シーンにいても、そう呼ばれることを嫌う人もいらっしゃるかもしれないし、良くも悪くもその言葉に強く思い入れがある人もいらっしゃると思うんです。

ハル:曖昧な人もいますからね。僕らも昔ヴィジュアル系の垣根を越えようと思ってた時期があって。メイクをしないパターンのアーティスト写真とヴィジュアル系メイクをしたアーティスト写真を両方作って、いろんなジャンルのライブに出演して…。さっき言った女王蜂やキュウソネコカミと対バンしてたっていうのはその時です。

マイナス人生オーケストラは曲の幅が広いバンドなので、ヴィジュアル系以外のところにも行きたいなあと。でもそれって駆け出しの誰にも知られてない頃にやるとイメージが散らばってしまうだけで終わっちゃったんです。

松永:音楽とイメージを切り離した上で評価して欲しいというのはミュージシャンはいろんな局面で思うわけですよ。もちろん僕らもライブの物販でチェキを売っていたりしますし、こんな野郎ですがアイドルっぽい要素があるというか、キャラクター消費されているとは自覚していますけど。

――ミュージシャンがチェキやアーティスト写真を売るということはミュージシャンのキャラクターと音楽をひも付けて売っていると私は捉えています。極論ですけど、もし松永さんが今髪の毛角刈りにしてメガネを外したら「違う」と思って離れてしまうファンの方もいると思うんですよ。

松永:それはそうですね(笑)。フレディ・マーキュリーが短髪・髭・ムチムチ衣装になったときみたいに…。巷で言われる「脱ヴィジュアル系」ってそういうことかもしれないですね。