“AE86”誕生40周年を迎えた2023年、TOYOTA GAZOO Racingは2台の元祖“ハチロク”を世界初公開。実はこの2台、電気自動車と水素エンジン車にコンバートされた未来型のAE86だったのです。今回は電気自動車版の実力をご紹介します。
トヨタがオートサロン2023に2台のAE86を並べた理由
「東京オートサロン2023」のGR(TOYOTA GAZOO Racing)ブースに並べられた“ハチロク”は、単なるAE86ではなかった。実は「スプリンター トレノ」は水素エンジン搭載車であり、そして「カローラ レビン」はEV(電気自動車)へとコンバートされた、いずれもカーボンニュートラルなハチロクだったのだ。
「トヨタはクルマ好きを誰ひとり置いていかない」。これがプレスカンファレンスに登壇した豊田章男社長が発したメッセージである。
自動車業界としてカーボンニュートラルを目指していく上では、今後発売される新型車の二酸化炭素排出量をゼロにするだけでは足りず、すでに使用されている車両についても対策が必要。そのための選択肢は、手許にある“愛車”に乗り続けられるためのものを含めて多様であるべきだとする。
多くのクルマ好きが抱く「カーボンニュートラル化が進むと自分の好きなクルマに乗れなくなってしまう」という危惧に対して、クルマ好きだからこそ実行できるカーボンニュートラルの道を示す。それが今回の2台のハチロクなのだ。
実は筆者は、この2台の“カーボンニュートラル”ハチロクの事前テストを見学し、関係者に話をうかがうことができた。そこで見聞きしたことから、その驚きの中身と真価、そして将来について、それぞれ紹介していきたい。まず今回は、EV編をお届けする。
●EVにMTを組み合わせた理由とは
水素エンジンを搭載した「スプリンター トレノ」に対して、こちらも3ドアボディの「カローラ レビン」は、名機“4A-GEU”型エンジンを下ろして電気モーターやバッテリーを搭載し、EVへとコンバートされている。
レビンの英字表記は“LEVIN”。豊田社長いわく「半世紀前に生まれた車名ですが、実はそこにはEVの2文字が隠れておりました(L“EV”IN)」というわけで、その意味ではようやく、本来あるべき姿になった……というのは冗談だが、実車の車名ロゴはしっかりEVの部分がグリーンで強調されていた。
エンジンの代わりに収められた電気モーターは、北米市場で販売されている大型ピックアップトラックの「タンドラ」が積む1モーターハイブリッド用を使っている。その出力は、クラッチ、「GR86」から流用した6速マニュアルトランスミッションを介して後輪に伝達されている。そう、このハチロクEVは、EVなのにあえてMTを組み合わせているのである。
元からロールケージが組まれていたという車体の後半部分に積まれたバッテリーは「プリウスPHV」用ということで、容量は8.8kWhと小さめ。おかげで車両重量は1030kgと軽量に収められており、前後重量配分もややリア寄りの良好な値になっているとのことだ。
それにしても、EVにMTとは。レクサス「UX300e」や「RZ」なども手がけたレクサス電動化のキーパーソン、BR LE開発室長の渡辺剛氏は「EVにMTなんて機能的には何も意味はないんです。こんなのつくるなんて、本当にバカでしょう?」と笑う。意味があるとすれば、それは操る歓び。そのためにわざわざ“不必要な”MTを搭載しているのである。
アクセルに力を入れると「ブォーン」という電子音が
残念ながらハチロクEVの試乗はかなわなかったが、始動プロセスだけは体験できた。

シートに収まりキーをひねると「ボボボボボ……」というアイドリング音(のようなもの)が聞こえてくる。「アクセルをあおってみてください」といわれて右足に力を入れると「ブォーン、ブォーン!」とエンジンサウンドに似せた電子音が響き、回転計の針が上下に振れるのである。思わず、笑ってしまった。本当になんてバカバカしいのか。そして楽しいのか!
渡辺氏によれば、このMTのおかげで走りの感触は普通のEVとは別物だという。クルマを操る感触が格段に濃厚だというのだ。トルクはフラットながらそのサウンドも奏功して回転の上昇感はある。トルクがありエンストという概念がないので発進は容易だし、パワーはグロス130psのハチロク用4A-GEUと大差ないものの、電気モーターは豊かなトルクを即座に発生するため、ドライバビリティは良好だという。
実際、テスト走行では勢いよくテールを振り出しながらの、まさにハチロクらしい走りっぷりを存分に見せつけてくれた。外から眺めている分にはロードノイズしか聞こえてこないが、室内には盛大にエンジン(のような)サウンドが響いているかと思うと面白い。
●AE86オーナーも胸を張って乗れるハチロクEV
旧車のEV化についてはこれまでたくさんの事例があるが、率直にいえばそれらは大抵、元のクルマの個性や楽しさをスポイルしがちで、あまり支持されるものではなかった。実はハチロクを今も所有し、ときどきサーキット走行を楽しんでいる筆者自身、同じような感情を抱いていたことは否定しない。
よって今回も、事前には必ずしもポジティブに見ていたわけではなかったのだが、実車を見て気持ちがすっかり変わった。それはハチロクEVが、ハチロクらしさを失うことなくしっかり備えていたからだ。しかも、それがカーボンニュートラルを実現しているとなれば、これは胸を張って乗れそうだと思えたのだ。
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今回のGRによる2台のハチロクの提案は、まさにクルマ好きが、楽しみながらカーボンニュートラルを実現していくための道筋を示すものだったといえる。1983年に生まれたハチロクが、登場40周年にしてクルマ好きの未来を明るく照らし出す役割を担ったのだから、とても痛快な話ではないだろうか。