クルマのデザインに大きな影響を与えるフロントグリル。しかし、近年ではそもそもフロントグリルを持たないデザインのクルマも増えているようです。そこにはどんな理由があるのでしょうか?
プレミアムブランドにとって重要な役割を持つフロントグリル
フロントグリルは、クルマのデザインにもっとも大きく影響を与える要素のひとつです。
たとえば、レクサスの「スピンドルグリル」やBMWの「キドニーグリル」は、そのブランドのイメージを形成するうえで欠かせない存在となっています。
ただ、フロントグリルのデザインコンセプトを統一することの重要性が指摘されるようになったのは比較的最近のことです。
そこにはさまざまな事情によって、それ以外の部分で差別化を図ることが難しくなっているという背景があります。
クルマの基本機能は、言うまでもなく「走る・曲がる・止まる」ですが、近年のほぼすべてのクルマは、この点において実用上問題のないレベルにまで進化しています。
もちろん、ここでいう「実用上問題のないレベル」とはあくまで「高速道路を必要十分なスピードで走ることができる」などといった意味であり、各ブランドで微妙な味付けの違いがあることは事実です。
ただ、そのブランドのクルマでなければできないことがあるということはほとんどなく、その意味で機能上の差別化が難しくなっています。
基本機能の部分で各ブランドのクルマの違いが見えづらくなっているなか、エクステリアデザインはほかのブランドのクルマと明確に差別化を図ることのできる数少ない部分です。
ただ、エクステリアデザインについても、各種規制やユーザーニーズの面から極端な差別化を図りづらいのが実情です。
そのなかで、フロントグリルだけはそうした影響をほとんど受けることなく、比較的自由にデザインすることが可能です。つまり、デザイナーに残された数少ない「フロンティア」であるということができます。
フロントグリルのデザインをそのブランドのアイデンティティとすることで、エントリーモデルからハイエンドモデルまで連続した存在であることが伝わり、そのモデル単体ではなくそのブランド全体のファンになってもらうことができるようになります。

ブランドのファンになってもらえれば、その時々のライフスタイルによってどのモデルを選ぶかの違いはあれど、そのブランドと長い関係を築いていくことができます。
クルマの基本機能が成熟した現在、そうした関係構築こそがプレミアムブランドに求められており、フロントグリルのデザインはそこに対して非常に重要な役割を持っています。
フロントグリルがないモデルが増えた理由は「BEV」にある
一方、近年ではフロントグリルそのものが存在しないモデルが増えているようです。

ボルボの新型「EX30」や「C40/XC40リチャージ」、テスラ「モデル3」「モデルX」などはその代表格といえます。
また、たとえばレクサス「RZ」やBMW「i7」といったモデルでは、それぞれ一見すると「スピンドルグリル」や「キドニーグリル」を模したデザインが採用されています。
しかし「グリル」の本来の意味は「格子状の柵や網」といったものであり、風を通すことのできる構造であるというニュアンスが含まれているなかで、これらのグリルはそうした構造とはなっていません。その点において、RZやi7は「グリルのデザインだけを採用しているが、フロントグリルそのものはないクルマ」と言うことができます。
ではなぜ、こうしたクルマは増えつつあるのでしょうか?
その謎を解くキーワードとなるのが「BEV」です。
この2つのクルマは、どちらも内燃機関を備えないBEVであるという点で共通しています。そもそもフロントグリルは、走行時にボンネット内部に空気を流入させることで、エンジンおよびその周辺部を冷却するという役割を持っています。
エンジンが大きくなればなるほど、冷却のために必要な空気の量も多くなるため、より大きなフロントグリルが必要となります。そのため、大きな開口部を持つフロントグリルは、ハイパフォーマンスカーの象徴とされてきました。
逆に言えば、ボンネットの内部にエンジンがなければ、フロントグリルそのものが必要ないということになります。実際、ミッドシップにエンジンを置くモデルでは、大きなフロントグリルを見ることがありません。
もちろん、BEVであっても一定の冷却は必要ですが、シリンダー内部で断続的に「爆発」が起こっている内燃機関車に比べれば、その程度はごくわずかです。
むしろ、あえてフロントグリルのないデザインとすることによって、内燃機関車との差別化を図り、近未来的なクルマであることをアピールするほうがメリットが大きいと言えそうです。
また、BEVは最新の安全運転支援システムなどとも高い親和性がありますが、こうした機能を採用しているクルマの多くはフロントグリルの内部にカメラやレーダーなどを搭載しています。フロントグリルレスとすることで、これらの機器を守るというメリットもあります。

さらには、整流効果を高めることによる走行性能や電費効率の向上も期待できます。
こうした観点で見ると、メルセデス・ベンツ「EQ」シリーズやアウディ「e-tron」シリーズ、あるいは日産「アリア」などは、すべてフロントグリルのないデザインを採用していることがわかります。
今後BEV化が進めば進むほど、フロントグリルのないクルマが増えていくことが予想されています。
一方、これまではフロントグリルレスであることを明確にするデザインが主流でしたが、i7のようにあえてグリルがあるかのようなデザインを採用するケースも見られるようになっており、デザイナーの腕が試される部分となりそうです。
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グリルレスのデザインを積極的に採用してきたのがテスラです。先進的なイメージの強いテスラですが、フロントグリルを無くすという当時としては斬新なデザインも、そうしたイメージに貢献していることは間違いなさそうです。