ハイブリッド車は、エンジン搭載車からEVへの過渡期的な忘れ去られる存在なのでしょうか。2013年にハイブリッドシステムを搭載したポルシェ「918スパイダー」は、そうではないようです。

ポルシェにとっては最初で最後? ハイブリッドのハイパーカー

 2021年9月17日、RMサザビーズ欧州本社は、同社では初の試みとしてスイスでオークションを開催した。サン・モリッツの5つ星ホテル「ケンピンスキー・グランドホテル・デ・バン」を舞台に開いた「St.Moritz」オークションである。

 このオークションは、サン・モリッツ近郊で2014年から開催されているクラシックカーのツーリングイベント「ベルニナ・グランツーリズモ」と、同時期にサン・モリッツ市内で開かれる「サンモリッツ・オートモビル・ウィーク」にリンクしたもので、出品点数こそRMサザビーズのオークションとしては少々少なめだが、スイスのみならず欧州全域の富裕層が集まるイベント期間中ということもあって、大きな成果が得られたという。

 今回VAGUEでは、その出品車両の中からポルシェ「918スパイダー」を俎上に乗せ、オークションレビューをお届けしよう

●ハイパーカーにとって、2013年はインテージイヤー

 カーボンニュートラルへの移行を受け入れるためのシフトとして、スーパーカーおよびハイパーカーの世界でも電動化が進む現代にあって、2013年はある意味において後世まで語られるヴィンテージイヤーになったともいえるだろう。

 それまでのハイブリッドカーは、主に実用車を中心に波及していたのが、この年に相次いで登場した「ラ・フェラーリ」やマクラーレン「P1」、そしてポルシェ918スパイダーでは、それぞれのブランドのハイエンド・ハイパーカーに、この時代における最新テクノロジーを投入したハイブリッドシステムを採用。二酸化炭素の排出量低減と、1000ps近いパワーの両立に初めて挑んだのだ。

 今回の主役であるポルシェ918スパイダーは、2010年のジュネーヴ・ショーにてコンセプトカーとして初登場。エクステリアのモチーフは、1969年にレースデビューし、1970年代初頭の耐久レースを席巻したレーシングプロトタイプのポルシェ「917」とされていた。そののち翌2011年に市販化が発表され、2013年に生産モデルが初めてラインオフした。

 918スパイダーの最大の特徴は、高度なハイブリッドシステムを持つことであろう。まず後輪の駆動は、主に北米の耐久レースで大成功を収めたLMPレーシングスポーツカー「RSスパイダー」に由来する、自然吸気の4.6リッターV8ガソリンエンジンによってまかなわれる。

 一方フロント左右輪には、それぞれ約95kWを発生する電気モーターを2基搭載。もとより前任モデルである「カレラGT」の5.5リッターV10と同等、612psのパワーを発生するV8エンジンと合わせて、システム総出力は887psに達した。

 この電気モーター用の電気エネルギーは、312個のセルで構成された容量6.8kW/hの液冷式リチウムイオンバッテリーに蓄えられ、必要に応じて約30kmまではバッテリー電力だけで走行することを可能にした。このバッテリーパックはガソリンエンジン自体を介して、ブレーキング中に蓄えられた回生電力、またはプラグイン方式で充電することができることになっている。

 そして車両の根幹をなすシャシは、カレラGTから継承されたカーボンファイバー製モノコックを採用。さらに、アクティブサスペンションや後輪操舵システム、あるいは車速が約260km/h以上に達した際には、自動的にリア2輪駆動モードへとスムーズに移行するインテリジェントな4輪駆動システム、さらにはポルシェのレース育ちのPDKデュアルクラッチシステムを備えていたのも、918スパイダー独自の新機軸であった。

新車時の価格を大幅に上回るハンマープライスの理由とは?

 ポルシェが自信たっぷりに送り出した918スパイダーのパフォーマンスは、予想どおり別世界のものであった。ポルシェAGの公式データによると0−100km/h加速タイムは2.8秒、最高速度は345km/hに達すると標榜されていたものの、のちに外部のメディアがおこなったロードテストにより、ポルシェの公表値はどちらかといえば控えめなものであることさえ判明する。

 しかし「スタンダードの」918スパイダーでは飽き足らないというハードコア志向のカスタマーのために、ポルシェは彼らのホームである「ヴァイザッハ(Weissach)」の名を冠した、さらにスパルタンなパフォーマンスパッケージを用意した。

新車当時1億円ほどの車両価格であったが、確実に価値が上がってきているポルシェ「918」(C)2021 Courtesy of RM Sotheby's

「ヴァイザッハ」仕様は、車体の基本的なメカニズムは不変ながら、約40kgの軽量化に成功。そのうちのほぼ3分の1は、ヴァイザッハ・パッケージ専用のマグネシウム合金ホイールが達成したもので、ほかにもキャビンの消音材をいさぎよく減らすなどの軽量化デバイスが施されていた。

 また、リアディフューザーの大型化やドラッグを軽減するリアウイングレットなど、エアロダイナミクスの面でも数多くの改良がおこなわれている。

 さらに、取り外し可能なタルガスタイルのルーフパネルとリアウイングは、レーシングカー由来であることを強調するために、両方ともカーボンファイバーの地肌が見える無塗装とされていた。

 ポルシェワークスのテストドライバー兼レーサー、2016年にはル・マンでも総合優勝に輝くマルク・リープ選手のドライブで、2013年9月にニュルブルクリンク・ノルドシュライフェのタイムアタックをおこなった918スパイダーは、まさにこのヴァイザッハ・パッケージ車だった。

 この時のチャレンジで、リープ選手はそれまでの記録を14秒以上も短縮する6分57秒をマーク。918スパイダーを、シリーズ生産車両としては史上初の「7分切り」に成功したクルマとして歴史に残すことになった。

●フルラッピングされたコレクターズアイテム

 今回紹介する「St.Moritz」オークションに出品された918スパイダー、シャシNo.#0219も、希少なヴァイザッハ・パッケージ仕様車の1台である。ヨーロッパ仕様として219台目に生産され、2014年12月19日にツッフェンハウゼン工場をラインオフ、ドイツ国内にデリバリーされた。

 特徴的なマットブラックのボディは、実は新車納車時にラッピング仕上げが施されたもの。その下にはグロスブラックのカーボンファイバー製ボディが、完璧な状態で隠されているという。

 キャビンは、ブラックのアルカンターラにアシッド・グリーン(黄緑色)のパイピングが組み合わされ、ブレーキキャリパーや外装のレタリングもアシッドグリーンとされた。

 また、DABデジタルラジオを備えた「カレラGTサウンドシステム」やナビゲーションシステム、エアコン、フロントのリフティングシステムなど、豊富なメーカーオプションを選択している。

 今回の出品車両は新車時からのワンオーナー車両で、オークションカタログ作成時の走行距離は3700km足らず。完全なオリジナル状態にあるという。

 この間「ポルシェ・ツェントルム・シュトゥットガルト」によってメンテナンスされていた#0219は、2019年11月に受けた最新のメンテナンスからのマイレージは850km未満とのこと。納車時に添付されるドキュメントやサービス記録簿に加えて、充電用のアクセサリーキット、シャシナンバー別に番号づけされたアートワーク「918クリスタルモデル」が添えられていたという。

 近い将来、パフォーマンスの面で918スパイダーを凌駕するハイパーカーは、おそらくポルシェ自身からも誕生するだろう。しかしそれは、ハイブリッドシステムや従来の内燃機関ではなく、完全なBEVと“なってしまう”可能性が高いと思われる。

 それゆえ918スパイダーは、たとえハイブリッドであろうとも素晴らしき時代の終わりの始まりと見なされ、魅力的でスリリングなドライビングをもたらす特別な1台として、歴史的意義の次元からも高く評価されつつあるのが実情。現在のコレクターカー・マーケットでも、デビュー時にライバルと目されたラ・フェラーリやマクラーレンP1と人気と高値を競い合っているようだ。

 当時のポルシェAGが設定した新車の正札価格は70万4365ユーロ。当時の日本円換算では約1億円というベーシックプライスで販売されたのだが、今回の「St.Moritz」オークションでは141万1250スイスフラン、日本円に換算すれば約1億7083万円という「プレ値」がつくことになったのは、ポルシェが内燃機関とともに創り出した最後のハイパーカーとなるだろうという観測が、大きく作用しているかに感じられたのである。