ランボルギーニのV12エンジンを搭載したパワーボート「ミウラ」の存在をご存知ですか。陸上の「ミウラ」は非常に高額な存在なってしまいましたが、まだ水上の「ミウラ」は手が届きそうなプライスです。

パワーボードにもV12エンジンを搭載した「ミウラ」が存在した

 今回オークションレビューをお届けするのは、自動車ではないけれど、ランボルギーニとは浅からぬ縁のある乗り物。しかも「MIURA(ミウラ)」の名を冠しているボートである。

 パワーボート競技の最上級カテゴリー「オフショア」では、ランボルギーニV12エンジンを搭載したモンスター級のボートが、1980年代中盤から今世紀初頭にかけて輝かしい戦果を残した……、というエピソードはこれまでVAGUEでもお話ししたことがある。

 このほど「Guikas Collection」オークションに出品されたパワーボートは、その最初期にあたる1984年から「UIM(Union Internationale Motonautique:モーターボート国際連合)」世界選手権にて華々しい活躍を果たし、ランボルギーニの船舶エンジン事業に弾みをつけたマイルストーンともいえる船である。

●モーターボートにV12を搭載したのはフェルッチオの発案だった

 もともとモーターボートにランボルギーニV12エンジンを搭載するというアイデアは、1960年代から生み出されていたという。アイデアの源は、ランボルギーニの開祖であるフェルッチオ・ランボルギーニその人。

 彼は「モーターボート界のフェラーリ」あるいはイタリア的「ドルチェ・ヴィータ」の代名詞とも称された、総木造高級ランナバウト・ボート「アクアラマ」に、ランボルギーニ「350GT」用の3.5リッターV12エンジンを2機がけしたスペシャルボートを発案。自身のために1艇のみが製作されることになった。

 そののちフェルッチォは、アウトモビリ・ランボルギーニ社の経営権を手放さざるを得なくなったが、この「リーヴァ・アクアラマ・ランボルギーニ」や、ランボルギーニV12を載せて試験的に製作したオフショアレース用ボートの経験から、新しい社主として経営を引き受けたパトリック・ミムランに、オフショアレース用のエンジンを開発するようアドバイスしたといわれている。

 1980年代のランボルギーニは依然として経済的苦境に立たされており、高級スポーツカー以外のマーケットへの進出を模索していたところだった。そこでミムランは、高級プレジャーボートと高性能レースボートの両方に向けて、より大排気量化したV12エンジンを製造しようと決断。こうして「モトーリ・マリーニ・ランボルギーニS.p.A.」が誕生するに至ったとされる。

「ミウラ」と名付けられたパワーボートとは

 一方、この38フィートのアルミニウム製モノハル型オフショア・クラス1ボートの船体は、北イタリア・トスカーナ州のアドリア海側、造船とリゾートの街ヴィアレッジョに本拠を置くボートビルダー「CUV(Cantieri Uniti Viareggio)」によって製造された。

ランボルギーニ製V12ユニット2基掛け。最高出力はそれぞれ720馬力だ(C)2021 Courtesy of RM Sotheby's

●1984年シーズンの世界選手権チャンピオンマシン

 もともと「ミウラ」と名づけられた当初は、意外にも北米マーキュリー・マリーン社製「メルクルーザー(MerCruiser)」V8エンジンが2基搭載されていたが、ほどなくランボルギーニ製V12ユニット2基掛けに変更されることになった。

 それぞれ720psを発生するこのV12ユニットは、装備重量でも1基あたり360kg。当時のオフショア競技用パワーボートの動力として通常使用されていたディーゼルのパワートレインよりも明らかに軽く、パフォーマンスの向上に貢献したとされている。

 ところでUIM世界選手権の1984年シーズンが開幕した段階で、この「ミウラ」を委ねられたアルベルト・ペトリ選手は、まだパワーボート競技界では新人選手に過ぎなかった。しかし彼は、CUVが本拠を置くヴィアレッジョで開催されたレースにて、この「ミウラ」とともにいきなりのデビューウィンを果たしてみせる。

 さらにペトリは、ローカル選手権のチャンピオンであったフランコ・スタートゥア選手とともに、この1984年シーズンに世界選手権タイトルを獲得。この年間タイトルはCUV社にとっては3回目となり、オフショアボート界における大手コンストラクターとしての同社の地位を盤石なものとした。

 翌1985年シーズン、ペトリ選手はイギリスのコーズでのレースに出場する写真で記録されているように、プライベーターとしてレース活動を続行するも、このシーズンをもって「ミウラは」一線を退くことになったのだ。

 このパワーボートはオフショア・クラス1レースにおける輝かしい戦果に、サイドに堂々と記された「MIURA」の文字も相まって、特にヨーロッパのランボルギーニ愛好家の間ではかなり有名な存在。そのような事情から、RMサザビーズ欧州本社では10万−15万ユーロという、なかなか強気のエスティメートを設定していた。

 ところが思いのほかビッドが伸びず、最終的にはエスティメートを大きく下回る7万2000ユーロで終了。しかもこのオークションは全ロット「Without Reserve(最低落札価格なし)」、つまり売り切りでおこなわれたことから、日本円に換算すれば約935万円という、出品者側からしてみればかなり不本意であるのは間違いないプライスでの落札となってしまった。