スーパーカーブーム時代のヒーローだったフェラーリ「BB」を、ガチで仕上げたレーシングカーがありました。16台のみ作られた「BB/LMシリーズ3」のなかでもワンオフのボディを持ったBBは、どれほどの価値があるのでしょうか。

ル・マンを闘った最後のフェラーリBBとは?

 2021年11月19日、RMサザビーズ社はフランスのポールリカール・サーキットを会場として「The Guikas Collection(ギカス・コレクション)」オークションを開催した。

 その名のとおり、世界的なコレクター、ジャン・ギカス氏の収集したコレクションのみで構成されたこのオークションでは、70台以上に及ぶ希少なクラシックカーが出品。1970年代以降のレーシングスポーツカーがメイン商品とされたことから、サーキットでのデモ走行もスケジュールに組み入れた対面式で競売がおこなわれた。

 その出品車両の中には、クラシック・フェラーリの愛好家、あるいは1970−80年代のスポーツカーレース・ファンの間では、その少々異様な風体で有名になった、1台のフェラーリ「512BB/LM」が含まれていた。

 1980年代初頭、IMSA-GTXカテゴリーで欧米のスポーツカー耐久レースに登場していた「512BB/LM」は、フェラーリとともにレースのひのき舞台に参戦したいと求めるエントラントにとって、当時としては唯一無二の選択肢であった。

 この時代、「365GT4/BB」のレーシングモデルに代わって実戦投入された512BB/LMは、550psを生み出すと標榜する5リッターのボクサー12気筒エンジンを搭載していた。

 このエンジンは、左右バンクごとに2本のオーバーヘッドカムシャフトが与えられており、フェラーリの伝説的なエンジニアとして知られるマウロ・フォルギエーリによると、このヘッドレイアウトこそが「BB」の命名につながったという。これまでの通説では「ベルリネッタボクサー(Berlinetta Boxer)」のイニシャルといわれてきたのだが、フォルギエーリ説ではDOHCエンジン搭載したベルリネッタであることを意味する「ベルリネッタ・ビアルベロ(Berlinetta Bi-Albero)」のイニシャルと主張されているというのだ。

 その説の真偽はさておき、今回の「The Guikas Collection」オークションに出品された512BB/LMのシャシナンバーは「#35529」。1980年から1982年の間に製造された、16台の「BB/LMシリーズ3」のひとつとされる。

●ワンオフのボディを持つ珍しいBB

 当時、数台のBB/LMは、レースに参加することなくプライベートコレクションに納められた事例もあったようだが、この個体はフェラーリ界の大物として知られる故ファブリツィオ・ヴィオラーティが率いる「スクーデリア・ベランカウト(Scuderia Bellancauto)」がスポーツカー耐久レースへの実戦投入を目的として、フェラーリ本社から1981年1月13日にローリングシャシ状態で直接購入したもの。購入価格は、6325万イタリア・リラだったといわれている。

 それまでのBB/LMのノウハウを生かし、前後カウルを大幅に伸ばした特異なフォルムのボディワークを含むシャシは、「ベランカウト」がローマに構えていたワークショップにて、フェラーリの「アシスタンツァ・クリエンティ(Assistenza Clienti:顧客サービス)」部門の監修のもとに組み立てられ、1981年4月に完成した。

 そして1981年4月26日の「モンツァ1000kmレース」において、ヴィオラーティ自身とマウリツィオ・フランミーニ、スパルタコ・ディーニによるドライブで、「15」のゼッケンナンバーとともにレースデビュー。見事クラス優勝を果たした。

 その後の#35529は、本来の目標である1981年のル・マン24時間レースに駒を進める。「45」のゼッケンナンバーのもと、初戦のヴィオラーティ/フランミーニに、ドゥリオ・トゥルッフォを加えた体制で24時間のレースに臨むも、トランスミッションにトラブルを抱え、あえなくリタイヤとなってしまう。

 しかし1981年6月28日のシチリア島「エンナ6時間レース」では、ヴィオラーティ/トゥルッフォが総合5位、クラス1位を達成。さらに翌1982年9月19日、このふたりは「ムジェッロ1000km」レースにエントリーし、総合10位でフィニッシュラインを通過。3度目のクラス優勝を果たした。

 そして、フェラーリBBにとっては最後のル・マンとなった1984年。スクーデリア・ベランカウトの#35529は「27」のゼッケンナンバーを得て、マルコ・ミカンジェーリ/ロベルト・マラッツィ/ドミニク・ラクアド組のドライブで出走。この年唯一のフェラーリということで大きな期待が寄せられたものの、残念ながら3年前と同じくギアボックスのトラブルのため、6時間後にリタイヤとなってしまった。

 さらに同じ年の9月には、マウリツィオ・ミカンジェーリ/マルコ・ミカンジェーリ/クリスティアーノ・デル・バルツォ組とともに「イモラ1000kmレース」に出走したのだが、エンジン故障のため91周目でリタイヤ。これが公式戦における最後の戦績となった。

ヒストリーのしっかりしたレーシングフェラーリの驚きのプライスとは

 1985年6月、イタリアのアレッサンドリアで開催された「フェラーリ・クラブ・イタリア」大会にて、このクラブの創立にも深く関与したヴィオラーティは、#35529のラストランを披露。そののち、サン・マリノ共和国にヴィオラーティが構えたフェラーリのミュージアム「コレッツィオーネ・マラネッロ・ロッソ」に23年間にわたって展示されることになる。

テールライトのカラーやウイングの形状など、レースに参戦するごとに仕様変更されて現在の姿になった(C)2021 Courtesy of RM Sotheby's

●2億5000万円を超えた落札価格は、むしろリーズナブル?

 そしてこの個体は、サン・マリノからほど近いリミニにあるヴィオラーティの新ミュージアムに移され、さらに7年間展示されたのち、2015年から現オーナーのコレクションに加わったとのことである。

 近年「フェラーリ・クラシケ」によるヒストリー認定プロセスを経て、この独創的な512BB/LMは、エンジン/トランスミッションともにマッチングナンバーであることが確認されているという。この事実を証明する「レッドブック」に加えて、フェラーリ本社から発行されたシャシやメカニカルパーツ類の請求書、ボディワークを担当した「カロッツェリア・オートスポーツ(Carrozzeria Auto Sport)」社の請求書などの歴史的なドキュメントや、歴史的な写真を収めたファイルも販売に際しては添付されるとのことだった。

 シリーズ総計で25台が製作されたといわれるBB/LMのなかでも、ワンオフの特異なボディを持つ1台。また歴史的な足跡でも申し分のない512BB/LMの1台として、シャシナンバー#35529は、コレクターズアイテムとしてのみならず、オーナーがクラシックカーレースを楽しむためにも好適な一台……、とアピールしつつ、RMサザビーズ欧州本社は225万−300万ユーロ(邦貨換算約2億9500万−3億9000万円)というエスティメートを提示した。

 超高額落札が見込まれるこの種のロットとしては珍しくリザーヴ(最低落札価格)の縛りなしでおこなわれた。ところが、この判断が裏目に出てしまったのか、オークションハウス側に支払われるコミッションを合わせても197万3750ユーロ、日本円に換算すれば約2億5900万円という、エスティメート下限を大幅に割り込むプライスでの落札となったのだ。

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 2021年8月、同じRMサザビーズ社がアメリカで開催した「MONTLEY」オークションでは、アメリカのレースチーム「NART」所属の512BB/LMに300万−350万ドル(邦貨換算約3億2940万−3億8230万円)という高額のエスティメートを設定したものの、最低落札価格に届くことなく流札となっていた。

 例えば「ル・マン・クラシック」や「グッドウッド・フェスティバル・オブ・スピード」など、全世界の注目を浴びるビッグイベントにも「エリジブル(Eligible=参加資格がある)」なフェラーリと思えば、たとえ2億5000万円を超えるような高価格であっても、相対的にはリーズナブルにさえ感じられてしまうのだが、やはりマーケットの相場観というものは、絶えず変化しているということなのであろう。