人々がスーパーカーブームに熱狂した1970−1980年代は、ランボルギーニ「カウンタック」やフェラーリ「BB」、ポルシェ「911ターボ」といった名車の中の名車が登場した時代です。実はアストンマーティンもそんな名車の1台になるはずだったクルマを開発していました。しかしコストの問題で頓挫してしまったそのクルマが、現代の技術でレストアされ、40年の歳月を経て、果たせなかった320km/h超えに挑戦しようとしています。

ルックスはまさしく70'sスーパーカーの「ブルドッグ」とは

 1970年代、アストンマーティンはガルウィングを有して平べったく角ばった、個性派スーパーカー「ブルドッグ」の開発を進めていた。おそらく、イタリアのスーパーカーに対抗し、同社の技術力をアピールする目的で開発したのだろう。それは世界最速記録の樹立を目指したクルマでもあった。

●理論上は時速380キロオーバー!?

 車名の「ブルドッグ」は犬種ではなく、当時のアストンマーティン社長であるアカン・カーティス氏がかつて操縦していた、スコットランドの戦闘機が由来。そんなアストンマーティンの「ブルドック」は1980年にお目見えし、最高速度200マイル(320km/h)を目指した、正真正銘の「スーパーカー」だった。

 デザインは、歴史に残る名カーデザイナーのウィリアム・タウンズ氏が手がけた。しかし、5連式のヘッドライトを持った奇怪な姿から“世界の醜いクルマ”として紹介されてしまう有様。それでも、アストンマーティン初となるミッドシップスーパーカーはパワフルで、トップレベルのスピードを誇っていた。

 搭載していた5.3リッターV8エンジンにはギャレット製ターボチャージャーが2つ装着され、最高出力はなんと608ps! ベンチテストでは、エンジンの最高出力を710psまで引き上げても問題なかったとか。理論上、最高速度は237マイル(381km/h)に達する、とアストンマーティンは発表していたが、1980年におこなわれたテストでは192マイル(307km/h)が限界だった。

 それでも307km/hを出せたことに感心するし、ドライバーが相当な命知らずだったように感じられてならない。フロントバンパー下の形状は、ダウンフォースを生むためのものと当時のインタビューでは答えているが、今あらためて見るとにわかに信じがたいデザインだ。ちなみにこのデザインでも空力特性を示すCd値は0.34だったそうだ。

70年代のアストンマーティンで時速320キロを達成できたのか?

 そんなブルドッグだが、ヴィクター・ゴーントレット氏が会長に就任すると、間もなく販売計画は白紙撤回された。年間15−25台くらいの販売を見込んでいたようだが「コストがかかり過ぎる」という理由で開発・生産に終止符が打たれた。コスト計算は、事前に綿密にするもののように思えるが、アストンマーティンが何度もひん死の危機に見舞われてきた要因のひとつを垣間見たようなエピソードだ。

製作された当時の色は今と同じ銀色。一度、ライトグリーンのツートンカラーにペイントされていたこともあった(C)Facebook(Classic Motor Cars Limited)

●復活を遂げた「ブルドッグ」

 というわけで、最高速トライアルに用いられた車両は、唯一のブルドッグとなり、1984年に中東のコレクターに13万ポンドで売却された。なお、当該コレクターによって両サイドにサイドミラー、リアカメラが装着されたという。以後、アメリカのコレクターの手に渡り、いつしか外装色が塗り替えられ、内装の本革も張り替えられた。

 そして2021年、ブルドッグ復活プロジェクトが立ち上がった。計画したのは、ブルドッグの販売計画を白紙撤回したゴーントレット元会長の息子というからいささか皮肉に聞こえる。

 イギリスのクラシック・モーターカーズでブルドッグをレストアし、デビュー時に目指していた最高速度200マイル(320km/h)を実現させるという触れ込みだった。

 昨年レストアが完了し、クラシック・モーターカーズ代表であるナイジェル・ウッドワード氏の手によってシェイクダウンがおこなわれた。とはいっても、ターボのブースト圧は本来よりも低めにセッティングされており、コンディションは横風が強く吹きつける始末。ウッドワードいわく「足りないものは勇気だった」ということでアクセル全開とはいかなかったという。それでも160マイル(257.5km/h)までは出せたそうだ。

 そして2022年、最高速トライアルに再挑戦するらしい。1980年にデビューしたブルドッグが本当に謳われたとおり、200マイル出せるのか否か興味津々だ。あの頃のスーパーカーは往々にして夢を謳っていただけになおさら……。