2022年シーズンもF1に参戦しているアルファ ロメオですが、常にレースとともにアルファ ロメオの歴史はありました。その歴史を受け継ぎ、後世に伝える役割を持つ「スクーデリア・デル・ポルテッロ」が、創設40周年を迎えました。

アルファ ロメオ公認のヒストリックレーシングチームとは

 1982年にアルファ ロメオの正式なヒストリックレーシングチームとして生まれたScuderia del Portello(スクーデリア・デル・ポルテッロ)は現在、世界20か国(イタリア、ドイツ、ベルギー、スイス、フランス、オランダ、スペイン、ルクセンブルグ、ポルトガル、オーストリア、イギリス、中国、日本、オーストラリア、アメリカ、マレーシア、フィリピン、メキシコ、ブラジル、カナダ)に約250人のメンバーがいる。世界のどこかの国で常にスクーデリア・デル・ポルテッロが活動している。

 2022年は創設から40周年という特別な年だ。毎年開催されるスクーデリア・デル・ポルテッロの授賞式が、4月2日にロンバルディア州の本部が置かれている高層ビルの中の会場でおこなわれた。

 一階のパティオにはスクーデリア・デル・ポルテッロのクルマ、アルファ ロメオ「ジュリア1600」(1973年)、F1の「183T」(1982/1983年)、「ティーポ33/1 Fleon」(1967年)、「ジュリアTiスーパー」(1964年)、「1900Ti Clay Regazzoni」(1954年)などが並んだ。明るい光に包まれながら、何十年も前のアルファ ロメオがロンバルディア州の本社ビルに歴史を運んできた。

●スクーデリア・デル・ポルテッロを陰で支える人たち

 会場内はコロナ蔓延対策のため人数制限がおこなわれたが、約300人の関係者が集まり、スクーデリア・デル・ポルテッロの40年にわたる活躍を30分にまとめた映像を堪能、その後メンバーや関係者からアルファ ロメオとの暮らし、レースの思い出、メンバー間との友情と、それぞれの回想録が語られた。この場面に居合わせた人は、現在のアルファ ロメオの状況に嘆きつつも、アルファ ロメオの魂に希望を持ち、自分たちがアルファ ロメオの歴史を支えている中のひとりであるということをしっかりと感じたことだろう。

 授賞式はアルファ ロメオのビショーネ(ヘビ)のマークを背負い世界各地で走り続けるメンバー、アルファ ロメオの名前を世界に広めたレジェンドのドライバー(アンドレア・デ・アダミッチ、ジャンニ・ジューディチ、カルロ・ファチェッティ、ジョルジョ・フランチャ、ジャンルイジ・ピッキ、マウリッツィオ・ヴェリーニ、アレックス・カフィ等々)、アルファ ロメオの歴史や活躍を書き続けるジャーナリスト、そしてスクーデリア・デル・ポルテッロの活動を支えるスタッフなどに贈られた。

 表彰式での一番人気は、80歳になるメカニックのアルベルト。彼の人生の半分はポルテッロと歩んでいる。彼が表彰台に上がった時は割れんばかりの拍手が送られた。そして2021年に亡くなられたスクーデリア・デル・ポルテッロを陰で支えて来た会長の奥様、マリレーナへの追悼メッセージが印象的だった。常に笑顔でスクーデリアのメンバーに対応してくれていたマリレーナとの思い出はメンバーひとりひとりの心の中にずっと残るだろう。

 また、受賞者に贈られるスクーデリア・デル・ポルテッロ特製のトロフィが素晴らしい。毎年、アルファ ロメオにちなんだ独創的なデザインのトロフィが用意されている。皆、どんなトロフィが登場するのか楽しみにしている。仲間内ではこのトロフィのコレクターもいるほどだ。

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 走るアルファ ロメオ、スクーデリア・デル・ポルテッロは、世界中を駆け巡っている。

 24時間ニュルブリング、ロンドン−シドニ−マラソン(1993年、2000年)、ロンドン−メキシコマラソン、6時間スパ・フランコルシャン、24時間ル・マンクラシック、グランプリモナコヒストリック、グッドウッドリバイバル、グッドウッド・スピードフェスティバル、ミッレミリア、パリ−北京、FIAヨーロッパヒストリックチャレンジ、カレーラ パナメリカ・メキシコ(1990年、1991年、2002年)、ツール・ド・フランス、ツール・ド・スペイン……。スクーデリア・デル・ポルテッロは40年の間、12のヨーロッパタイトル、5回のイタリアでの総合優勝、300のレースのクラス優勝と、数々の輝かしい功績を残している。

モンツァ・サーキットに歴代アルファ ロメオが勢揃い!

 スクーデリア・デル・ポルテッロが生まれた1982年というと、まだクラシックカーの立ち位置がはっきりしていない時代。そんな時代からアルファ ロメオの公式クラシック部門のレーシングチームとしてスクーデリア・デル・ポルテッロは世界中のレースやイベントに参加している。

モンツァ・サーキットにて。オランダのメンバーも参加(C)Scuderia del Portello

「アルファ ロメオは走ってこそ、アルファ ロメオの存在意義がある」とメンバー達は、スクーデリア・デル・ポルテッロのレーシングスーツをまとい、レーシングカーをサーキット会場に持ち込み、ビショーネマークを背負い、アルファ ロメオの姿を世界中で披露している。

 サーキットには常に大きな赤いスクーデリア・デル・ポルテッロのトラスポーターが鎮座し、その前にアルファ ロメオの歴史を作りあげた名車が並ぶ。そしてそこにはいつもスクーデリア・デル・ポルテッロの赤い旗が靡いているのだ。

 翌4月3日は場所をモンツァ・サーキット(Autodromo Nazionale di Monza)に移し、スクーデリア・デル・ポルテッロの40周年記念、アルファ ロメオ・ジュリア60周年記念、そしてモンツァサーキット100周年記念の走行イベントをAci Storico Festivalと共に開催し、約400台のアルファ ロメオ、大勢のアルファファンが集まりAlfa Romeo Special Anniversary 2022がおこなわれた。今回はクラッシックカーの中に新型車のSUV「トナーレ」も参加し、注目を集めていた。

●ポルテッロの新たな試み

 現在スクーデリア・デル・ポルテッロは、活動のひとつである障害者の方をアルファ ロメオに乗せてレースに出場しようというバリアフリーモビリティ・プロジェクト「Mobilita’ senza barriere」もおこなっている。

 昨年はクレイレガッツォーニが2002年にパナメリカのレースに参戦した時に乗った1900TI(1954年)をスクーデリア・デル・ポルテッロでレストアし、彼らのオーガナイズの元、障害者の方がハンドルを握りミッレミリアに参戦。それ以外にも障害者の方とのレース参戦は色々と展開を広げている。

 スクーデリア・デル・ポルテッロが創設してから今日までの40年の間、世界の状況は目まぐるしく変わっていった。まさか身近で戦争が始まり、パンデミックが発生する、などと誰が思っただろうか。

 振り返ると、80年代といえば日本はまさにバブルの絶頂期。湯水のごとくお金を使っていた時代だ。日本にもアルファ ロメオ博物館から「ディスコボランテ」が運ばれ、走りをお披露目。スクーデリア・デル・ポルテッロ・ジャパン(1997年設立)のメンバーもポルテッロのロゴ入りのレーシングスーツを纏って、アルファ ロメオでサーキットを走行した。

 スクーデリア・デル・ポルテッロのメンバーのクリスティーナ・ディ・ボーナ女史は今から20年ほど前に来日し、Coppa di Koumiにアルファ ロメオ「TZ2」で参戦したことがある。日本人のクラシックカーに対しての情熱は半端ない、と日本のエンスージャストの知識に驚いたそうだ。また機会があったら日本でクラシックカーの愛好家の友人達と共にいろいろなレースに参加したいと語っている。

 会員の勧誘やScuderia(スクーデリア)の維持など、時代の変遷とともに難しくなっている。とくに若者のクルマ離れは日に日に進んでいる。そんな中、スクーデリア・デル・ポルテッロが存在し続けているのはカイヤーニ会長親子(Marco Cajani, Andrea Cajani)のアルファ愛に尽きる。

 これからも世界中のサーキットでスクーデリア・デル・ポルテッロはビショーネマークを背負い走り続けることだろう。そうであることを願いたい。