「日本で一番ラグジュアリーな品揃えの店」として知られる「銀座HIKO」の代表中村響子さんのブランドにまつわる雑感ダイアリー。今回は、どうして同じようなネクタイなのに100倍、1000倍もの価格差が生じるのか、その理由を解説して頂きました。高いものにはそれに見合う理由があるのです。

なぜネクタイの価格は100円から数十万円まで開くのか

 春になると就職祝いや昇進祝いの贈り物として、もしくは新しい季節を迎えるにあたり「節目としての一本を」とご自分向けのネクタイをお求めになる方が増えてまいります。

 さてそのネクタイ。100円均一の店に並ぶものもあれば、ハイブランドのショップにもあるというアイテムです。その価格差は数100倍にも、場合によっては数1000倍にも開きます。同じカテゴリーにおいてここまで価格差がある品物は、珍しいかもしれません。なぜこれほど、値段に開きがあるのでしょうか?

 ネクタイは大きく分けるとジャガード織のものと、プリント(捺染)されたものの2種類があります。ジャガード織は様々な色に染められた糸で柄を織り上げていくことで作られ、プリント(捺染)は一枚の布地に特別な技法で絵柄を染めて仕上げられます。一般的にジャガード織は肉厚でしっかりした生地感、プリントは光沢があり柔らかな肌触りで、どちらを好むかは人それぞれといったところですが、今回はわかりやすくプリントタイプのネクタイに絞って説明します。

●「高級ブランド」のネクタイは、いったい何が「高級」なのか

 基本的に高級ブランドのネクタイは素材がシルクであることがほとんどです(季節に合わせて、カシミヤや綿、麻の場合もありますが)。ポリエステルなどの化繊と異なり、糸そのものの発色がとても美しく、真珠のような繊細な光沢もシルクならではのものとなります。

 家のプリンターで何かを印刷することをイメージしてください。例えば安価なコピー用紙と写真を印刷するのに特化した光沢紙とでは、同じデータやインクを使っても刷り上がりが劇的に異なります。プリンターの設定においても、高速で一気にするモードと、じっくり少しずつ印刷が進むモードでは同じ紙を使っても仕上がりが変わりますね。それと同じで、発色に優れたシルクを使うことで色鮮やかで繊細な表現が可能になります。もっといえば、写真用紙の中でも品質に違いがあるように、シルクそのものにも品質に差があり(等級があります)、さらに特別な織機でゆっくり丁寧に織られた高級な生地を使えばより美しい一本が出来上がるのです。

●「どのような柄」が「どのようにプリント」されるか

 素材の次は、柄のお話。良いネクタイを作ることに熱心なブランドになればなるほど、その「柄」はそのブランド独自のものとなっていきます。もちろん、ネクタイの柄として定番的なドット(水玉)やレジメンタル(斜めストライプ)もありますが、ペーズリー柄や植物や動物などのモチーフ、幾何学模様などに、ブランド独自の個性や美学が現れるもの。

 イタリアにはステファノリッチというメンズブランドがありますが、この会社は元々ネクタイ作りを専業としてスタートしています。プリントのネクタイを作る際には創業者のステファノリッチ氏自らがそのデザイン画を描き、そのデザイン画を基にネクタイの柄を作り上げてきました。プリントの際には一度に全ての色柄を生地に乗せるのではなく、版画を作るのと同じ要領で様々な色、様々な柄を少しずつ重ねて足していくという作業を繰り返してようやく一枚の「絵柄」が完成します。

 その際、雑な作業をしてしまえば乗せる色や線がずれてしまい、「絵」として完成させることができません。使われる色の数や柄の複雑さに応じてより緻密な作業が必要となり、それに伴って人的、時間的コストは加わります。逆をいえばそのプロセスを経ることなしに「そのブランドならではの特別な一本」は生まれないのです。

●生地をどう使うかが問題

 また、出来上がった生地をどのように裁断して縫うかによっても、締め心地やネクタイそのものの寿命が変わります。高級なネクタイは必ず布地の斜め方向を意識して型紙を置き、生地を切ります。斜めに伸びる生地の特性(バイアス)を活かすことでより締めやすく、形を長くキープできるネクタイになるのです。

 大量生産のネクタイは少しでも抑えたコストで生産することを重視しており布地をロスなく使うため、わざわざ布地の伸縮する方向を考慮に入れることはありません。そのため、単価が安いネクタイは締める前から既に形が歪んでいたり、何度か使う内にヨレたり曲がったり。そうしたものはより長く、より良い状態で使う事は難しくなっています。

 また、高級なものは「ネクタイのどのあたりにどの柄がくるのか」を計算されていますが、大量生産の場合はそうした点までは配慮がされていません。「一本のネクタイとしてVゾーンに収まった時にどう見えるのか」を想定されている物かどうか、という点も違いが出るところです。

人の手による手わざが加わったネクタイの素晴らしさとは

 ネクタイを作り上げる際に人の目と手で状態を確認しながらの作業が入っているものは、仕上がりの美しさや締め心地に差が出ます。ネクタイには芯地が入っていることが多いですが、その芯地は表地のシルクとは柔らかさも厚みも違います。質感の違うものを組み合わせてネクタイを作るには、人の手による微調整が不可欠です。

 また、高級なネクタイの大剣または小剣の裏側に見える、輪っかになった糸(たるみ糸)はネクタイの背骨ともいえるものでネクタイの形を美しく保つ役割を果たしますが、大量生産のネクタイにはこのたるみ糸は存在しません。

シルクならではの光沢と細やかな色柄の美しさが際立つプリントタイ

●「ブランド物=高級・高品質」とは限らない

 一般的に有名なブランドのネクタイであれば無条件で高品質か、というと実はそうではない、というケースもあります。ネクタイ専業ブランドではなく、様々なアイテムを幅広く展開しているブランドの場合は、「ネクタイは〇〇工場、スーツは××工場」という形で実際の生産を下請けの会社に依頼しているケースが少なくありません。

 ネクタイについても有名な工場があり、同じ工場内のあちらのラインではあのブランド、こちらのラインではまた違うあのブランド……という形で大量に作られているという現状があります。ブランドの知名度ではなく、そのブランドがどのような姿勢でその商品を展開しているかを知ることも高品質なネクタイに出会うために必要な要素といえます。

●何のためにネクタイを締めるのか

 今回は、ネクタイの素材そのもののクオリティや、かけられる手間暇の多さ、作り手の姿勢に応じてその価格も変動するという点をお伝えしました。中には一本数十万円のアイテムもありますが、そうした品はコレクターズアイテム的な立ち位置であったり、希少性の高さ、突出した芸術性に魅力を感じる方に必要とされるものであったりします。

「締めなくてはいけないから(やむなく)締めるもの」、「自分の魅力を引き立てるツールとして」、「相手への敬意や真心を伝えるためのアイコンに」……様々な価値観の方々に様々な目的や理由で身につけられているアイテム、ネクタイ。あなたも一度、ネクタイの役割を見直してみませんか?