全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第6回は、大分県・臼杵市にある「suzunari coffee」。人口3万5000人程度の小さな町に店を構えながら、同業者の間では広く知られた一店。地方からコーヒーの魅力を発信するロースタリーカフェの独自性を探る。

Profile|匹田貴明
1985(昭和60)年、大分県臼杵市生まれ。高校卒業後、一度は地元の鉄工所に就職。違う仕事や街を見てみたいと退職し、福岡へ。大手コーヒーチェーンで働いていた際、客として訪れたtownsquare coffee roasters(店舗営業は現在、終了)で飲んだエチオピア イルガチェフェの味わいに感動し、コーヒーの世界で生きていくことを決意。その後、townsquare coffee roastersでおよそ3年間勤務。2015年7月、「suzunari coffee」を開業。

■人生を変えたコーヒーとの出会い
「suzunari coffee」の店主、匹田さんのロースターとしての入口はユニークだ。「suzunari coffee」の開業は2015年だが、焙煎機は2010年に購入したというから、開業→焙煎機導入といういわゆる一般的な流れではない。

その理由を匹田さんは「とある筋から中古の焙煎機を売っていただけるという話になり、まだtownsquare coffee roasters(店舗営業は現在、終了)に勤めていた時期に焙煎機を購入したんです。もちろん当時は焙煎の“ば”の字もわからない素人。自分なりに試行錯誤しながら焙煎して、先輩方に飲んでもらい、アドバイスを受けて。そんな感じで自然と焙煎のおもしろさにハマっていきました」と話す。

そんな匹田さんの人生を一変させたと言っても過言ではないのが、townsquare coffee roastersで飲んだエチオピア イルガチェフェだ。その豆を焙煎していたのが、当連載の1回目で紹介したCOFFEE COUNTYの森崇顕さんだった。

「それまでもコーヒーは好きでいろいろ飲んでいたのですが、森さんが焙煎したエチオピア イルガチェフェは本当に衝撃的でした。それまではバリスタを目指していたのですが、その体験をしたことで目標はロースターへとシフトチェンジしたほど。それもあって、独立する前に焙煎機の購入を決めました」と匹田さん。townsquare coffee roastersでは抽出とサービス業務が主だったが、コーヒーの世界で生きていくと心に決め、日々研鑽を積んだ。

2010年に購入した焙煎機は臼杵市の実家に設置した。当時は福岡在住だったため、毎週のように高速バスを利用し、実家に帰り、焙煎のトレーニングに励んだ匹田さん。

「その当時、1年間何度乗っても定額のお得なバスチケットがあり、それを活用して頻繁に帰ってきていましたね。幸い当時のtownsquare coffee roastersには森さん、現在はCOFFEE COUNTYにいらっしゃる江口さんをはじめ、経験豊かな先輩たちが在籍していたので、焙煎した豆を飲んでもらい、直に意見をいただく機会に恵まれていた。この環境は僕にとって非常に大きなアドバンテージになりました」と当時を振り返る。

■コーヒーがもたらす体験を大切に
そうやってロースターとしての技術、知識を積み上げて開業した「suzunari coffee」。店を構えた臼杵市は大分県南部に位置し、少子高齢化も懸念されている小さな町だ。コーヒーショップを営む上では決して有利な土地ではなさそうだが、匹田さんは故郷での出店に迷いはなかったそう。

「開業するなら生まれ育った地元でというのは決めていました。交流人口は市街地と比べると少ないものの、コーヒーってそもそもが特別なものではないですし、日常的に楽しむもの。認知さえ広まれば、さまざまな利用シーンはあると考えました。結果、今は日常的に豆をご購入いただける常連様も増えましたし、ギフトに活用いただいているお客様も多くいらっしゃいます。もちろんイートインもできるので、若い世代のお客様にカフェとしてご利用いただき、そのついでに豆もご購入いただくといった機会も生まれています」と匹田さん。そういった意味では、ローカルに住まう人々の暮らしにコーヒーを根付かせるきっかけの一つに「suzunari coffee」がなっていると感じた。

豆に関しては、基本的にシングルオリジン3種、ブレンド2種というラインナップ。2021年12月現在、ウォッシュドのエチオピア シャキソG1、ナチュラルのエチオピア イルガチェフェ・コンガG1、ウォッシュドのグアテマラ、中深煎りのブレンドの刻刻(こくこく)と、およそ3カ月周期で変わるシーズナルブレンドを準備。さらにCOE(カップ・オブ・エクセレンス)やゲイシャ種といった希少な豆をスポットで取り扱っているのも「suzunari coffee」の前衛的な点。

焙煎度合いは浅煎り〜中煎りが主である「suzunari coffee」。その理由はシンプルに、生豆本来の特徴を感じやすいから。とはいえ、特徴を突出させるような焙煎はせず、バランスの良さ、クリーンカップ、上質なアフターテイストを意識しているという。もちろん匹田さん自身の好みもあるだろうが、より多くの人に日常的に抵抗なく飲んでもらえるといった視点も大きい。

匹田さんは「その土地に合ったスタイルもある程度は必要と考えますが、すべてを合わせるのは違うと思っていて。例えば、ご年配の方も多い臼杵市ではしっかり深煎りの、いわゆる昔ながらの喫茶店で出すようなコーヒーを求めるお客様もいらっしゃいます。ただ、当店ではそういった豆のご用意はございません。酸味が控えめの豆をご希望されれば、できるだけ深めに焙煎した豆をご提案しますが、それでも苦味やボディ感を重視したテイストとは程遠い。それでも飲んでいただくと、『この酸味なら嫌いじゃない』『初めて飲む味で、新鮮』といった発見をしていただくことも多いんです。つまり、場所柄やお客様の年代に関わらず、体験していただくことが最も大切だということ。そういった思いもあり、COEやゲイシャ種といった、普段なかなか飲むことができないプレミアムな豆もできる限りご提案していきたいと思っています」と説明する。

体験の重要性。これは匹田さん自身が最初にエチオピアを飲んだ経験から自然と学び得たことだろう。

■地元のクリエイターにも刺激を受けながら
カフェで出しているドリンクはすべて500円。コーヒー(ホット・アイス)、アメリカーノ(ホット・アイス)、カプチーノ、カフェラテ(ホット・アイス)、カフェモカ(ホット・アイス)が基本で、コーヒー豆を購入で、1ドリンクサービスを行っている。

無駄を削ぎ落としたような、洗練されたデザインの白磁のカップも目を引く。これは同じ臼杵市内に工房を構える飛田千尋さんの作品だそうだ。

「飛田さんに特別に作っていただいたもので、『Rib』という名のオリジナル食器シリーズとして当店で販売も行っています。豆売りのパッケージやギフト用の風呂敷のグラフィックも地元のデザイナーさんにお願いして作っていただいたもの。小さな町ですが、僕自身、たくさんのインスピレーションをいただけるクリエイターさんも近くにいて、そんな方々と一緒に地元を盛り上げていくのも、これからの目標」と匹田さん。まさに、そういった取り組みは地元をよく知る匹田さんだからこそできることだろう。

■常にワクワクしながらコーヒーと歩む
最後に匹田さんは「コーヒーノキ(コーヒーの木)を栽培してみたいんですよね」とひと言。理由をたずねると、「コーヒーって日常的に飲むものですが、原料を目にすることってありませんよね。少しでも良いから果実を収穫できるようにコーヒーノキを育てて、お客様と一緒に収穫するような体験をしてみたいんです。そのために店の裏に小さなハウスを作ったり。そんな風に自分自身が楽しめるようなことをずっとやっていきたいですね」と話してくれた。

物静かだが、常にワクワク感を大切にしている匹田さん。コーヒーに対しても同じで、新しいなにかを期待しながら、日々向き合っている。匹田さん自身がエチオピアのコーヒーに感銘を受けたように、「suzunari coffee」で出会った一杯をきっかけに、人生観が変わったという体験をこれからどんどん増やしていきそうだ。

■匹田さんレコメンドのコーヒーショップは「Gluck Coffee Spot」
次回、紹介するのは熊本県・熊本市にある「Gluck Coffee Spot」。
「『Gluck Coffee Spot』の店長、三木さんは僕と同年代。大分と熊本と、店を構えているエリアは違いますが、カッピング会などでお会いすることも多いです。古民家を改装した店の雰囲気もステキですし、なによりチャレンジングな三木さんの姿勢に刺激を受けていますね」(匹田さん)

【suzunari coffeeのコーヒーデータ】
●焙煎機/PROBAT L5。PROBATサンプルロースター
●抽出/エスプレッソマシン(LA MARZOCCO Linea-2)、ハンドドリップ(KINTO SLOW COFFEE STYLE)
●焙煎度合い/浅煎り〜中深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/シングルオリジン3種、ブレンド2種、200グラム1500円〜




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