野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取り組みや努力などについて各園館の取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、埼玉県の「埼玉県こども動物自然公園」の高木嘉彦副園長にお話を聞いた。



■レトロウイルスの影響?コアラの寿命が短くなっているのでは?
埼玉県こども動物自然公園は埼玉県東松山市にある、豊かな自然に囲まれた動物園。飼育中の動物は約200種で、その中でもコアラは人気者だ。

コアラはオーストラリア東部にあるユーカリの森に棲む動物です。同じ種類ですが、北部に棲む北方系と南部に棲む南方系に分けることができます。日本では7園館で飼育していて、そのうち淡路ファームパーク イングランドの丘で飼育されているものは南方系。南方系は体が大きく、毛並みがもこもこしているのが特徴です。ほかの6園館は北方系。当園では現在、ピリーというオス1頭とジンベランやクインといったメス6頭の北方系コアラを飼育しています。

コアラの飼育は1986年4月5日にオーストラリアからオスが2頭来園したのが最初で、今年で37年になります。2頭のうち2004年の8月に死亡したオスのサンシャインは、20歳ぐらいまで生きました。これはコアラとしてはとても長寿。最後は木にも登れず歯もすり減り、老衰で亡くなりましたが、最後まで頑張って生きていた姿がとても印象に残っています。

野生下でのコアラの寿命はよくわかっていません。以前当園で飼育していた個体はおおむね15歳ぐらいまで生きていましたが、最近の個体はコアラレトロウイルス(※レトロウイルスの1種で悪性リンパ腫や免疫不全の原因の一つと考えられている)の影響などにより、寿命が短くなっている傾向があります。長くて10歳ぐらいで死亡する個体が多く、全体的に寿命が下がっています。

■1日の8割は寝ている。だけど動くときは動くのだ
フワフワで愛らしいコアラだが、動物園に行っても寝ていることが多い。どうすれば動いているコアラが見られるのだろうか。

コアラの魅力はのんびりしているところ。夜行性の動物ですが1日の8割を寝て過ごすと言われ、夕方や暗い時間でも寝ていることがあります。こども動物自然公園ではそんなコアラが動き出すのが、エサの交換時間。コロナ禍の今はお客様が集中しないようエサを与える時刻を公表していませんが、そのタイミングで見られると「新しいエサが来た!」と喜んで動き出したり、エサを食べている姿を見ることができます。

だいたいはのんびりしていますが、木から木に飛び移ったり、意外と敏捷(びんしょう)に動くこともあります。皆さんがイメージしている「愛らしい」一面だけではありません。コアラのオスには縄張りがあり、飼育下では同じ部屋に入れられないので、1頭ずつ個室で飼育しています。胸には「臭腺」というにおいを出す腺があり、これを木の幹に擦り付けて縄張りを主張したり、縄張り宣言をするときに「ゴゴゴゴゴゴー」っと野太く大きな鳴き声を上げたり。メスも嫌なことがあるとキャッキャと鳴くなど、かわいいだけじゃないのがコアラの実態です。

■コアラのごはん・ユーカリを安定供給するために
コアラのエサはユーカリの葉。日本国内でユーカリを入手するのはなかなか大変だ。動物園では安定供給のための努力と工夫を惜しまない。

当園では1日に4〜5種類のユーカリを与えていますが、これがまた難しい。同じ種類のユーカリでも日によって食べない時があったり、個体によって食べてくれたり、食べてくれなかったりします。

質にこだわるのかというと、見た目がボロボロでもすごく喜んで食べる場合や、みずみずしくておいしそうに見えるのに全然食べない場合も。できるだけ食べてくれるユーカリを与えなければいけないのも、コアラを飼育する難しさの一つです。だから1日に何種類も与えて、どれかは食べてくれるように工夫しています。

ユーカリは農家と契約していて、夏場は埼玉県内や静岡、千葉などで栽培したものを納入してもらっています。基本的には新鮮なもののほうがよく食べるので、気候のいい時期は近場のユーカリを与えていますが、寒さにあまり強くない植物なので、冬場は鹿児島や八丈島で作ったものを輸送して、年中切らさないようにしています。ただ、悪天候で飛行機が飛ばないなどの場合もあるので、園内の温室でもユーカリを栽培し、いざという時にはそちらも使います。

ユーカリ自体は1日に4〜5キロ程度与えていますが、実際に食べるのはそのうちの200グラム程度。葉っぱのいいところしか食べないので、我々にとってはそこが悩みどころです。ただ、コアラはできるだけ動かず、その分消費エネルギーを少なくするという生存戦略を取っている動物。体の中に入れば微生物が彼らの体を維持できる物質に分解して、それを吸収するため、たった200グラムだけでも足りているようです。

正直、ユーカリの経費がかさむという問題点はありますが、僕らとしてはできるだけコアラにとって適切な環境を維持していきたいと考えています。

■抗生物質が使えない、デリケートな生き物
ユーカリの葉しか食べず、普通の動物とは違う習性を持つコアラ。飼育にはさまざまな困難が伴う。

ユーカリは非常に油分が多く、堅い植物です。これを直接自分の栄養源にしているのではなく、腸内の微生物が分解し、体を維持しています。抗生物質などを投与してこの微生物叢が万が一壊れてしまうと、コアラは生きていけなくなります。なので、体調が悪くなっても使える抗生物質は限られてしまいます。

一度体調を崩してしまうと、復活させるのが難しい。獣医の治療が必要な頃には、対処の方法がない状況になっていることが多いので、できるだけ体調を崩さないような管理が必要です。飼育係は毎日どの程度のユーカリを食べているのか採食量のチェックをし、夜行性なので夜間の活動をビデオで確認して体調を管理。少しでも異常があれば早期に発見できるよう、体制を整えています。

■姉さん女房は苦手?ヘタレなオスが増えた理由は?
コアラはお腹に袋を持つ有袋類で、出産も独特だ。同園ではこれまでに多数の繁殖例があるが、高木副園長は「他の哺乳類と比べるとどの時点で“生まれた”とするのか難しい」という。

一般の哺乳類だと母体から赤ちゃんが出て「生まれた」となりますが、有袋類の場合は非常に未熟な状態で生まれ、そこから袋の中で大きくなり、ある程度成長したら赤ちゃんが袋から顔を出します。僕らはこれを「顔出し」と呼んでいますが、一般の哺乳類であればこの時期が「赤ちゃんが生まれた」という時期になります。

袋の中で育つ時期の仔を嚢仔(のうじ)と呼びますが、嚢仔が袋に移動する際に下に落ちて死んでしまう嚢仔落下もあります。なので、どの時点で赤ちゃんが生まれたとするのか、難しい点です。

メスの発情は大体1カ月に1度程度。行動を観察していれば判断できるので、メスが発情しているときにオスと一緒にして繁殖計画を立てています。ただ、以前はメスと一緒にすればちゃんと交尾して仔が生まれる状況が多かったのですが、最近はヘタレ(笑)なオスが多くて、ちょっと困っています。

たとえば、メスが少し嫌がるとすぐにあきらめてしまう。何が原因かわかりませんが、なかなかいい種オスが少ないことが頭の痛い点です。それとは逆に、強いメスのコアラもいるんですよね。若いオスとベテランのメスを一緒にすることもあるのですが、ベテランのメスは体格もがっしりしていて強いので、オスはちょっとでも反抗されるとヘタレてしまう。

野生下のコアラは単独で生活をしていて、発情したメスのところに近くの縄張りのオスが行き、オス同士が縄張りを主張しながら競争してメスを獲得します。メスは体が小さく、オスはメスが多少嫌がっても上手に交尾します。ところが、飼育下ではヘタレなオスが増えている。競争がないので弱いオスが増えたのかもしれませんが、コアラも人間と同様、草食系男子が増えている感じですね。

■分断される森、燃えるユーカリ
オーストラリアでは現在、野生のコアラの個体数が減少し、絶滅危惧種に指定されている。減少を食い止める方法はあるのだろうか。

個体数が減ってしまった理由は、やはり生息地の開発が大きな要因です。オーストラリアは広いように見えますが、コアラが棲むのは東海岸の森林地帯。人間の居住地に適しているのも、この地域です。都市開発や宅地開発が進んだ結果、コアラのいる森林が分断化され、個体群も分断化されます。

結果、移動ができなくなり血が濃くなってしまうのは問題だろうと、オーストラリアの知人は言っていますね。ですからこれを解決するため、分断された森と森を結ぶコリドー(回廊)みたいなものができないかとの対策が検討されています。

また、オーストラリアの個人宅は裏庭があるところが多く、そこで放し飼いにしている犬がコアラに噛みつくこともあります。コアラの保全運動に関わる人たちは、そういった部分の啓もう普及活動もできないか、検討しています。

もう一つ、ここ数年野火・山火事が多いことも要因の一つです。人間が対策を取るのは難しい点もありますが、全般的に考えれば私たちも含め、地球温暖化をどう防いでいくか。すぐに結果の出ることではありませんが、それによってオーストラリアの乾燥化も少しは収まっていくのではないかと思います。

■かわいいだけじゃない、その先にあるものを考えて
1日の8割を寝て過ごし、動きの少ないコアラ。だが、高木副園長は寝ているときもよく観察すると面白い点があるという。

たとえば、木の股のところで丸まって寝ていることが多いのですが、どこにもつかまらずよく落ちないなとか、寝ているときも耳をパタパタ動かしていたりとか、そんなところもじっくり見てもらえたら面白いと思います。

コアラはとてもかわいく、特に子供はずっと見ていたくなるほど愛らしい。ですが見た目だけではなく、「なんでそんな風にかわいく思えるのだろう?」と、単純にかわいいだけで終わらず、その先を考えながら見ていただければうれしく思います。

取材・文=鳴川和代