全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも九州はトップクラスのロースターやバリスタが存在し、コーヒーカルチャーの進化が顕著だ。そんな九州で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

九州編の第23回は、長崎県・長崎市にある「コーヒーとワッフルの店 BILL&BEN」。長崎電気軌道の終点の一つ、石橋電停の目の前と、市街中心部からはやや離れた立地だが、坂の街と言われる長崎市内らしい、どこかノスタルジックな雰囲気な街並み。青森県出身の大瀬亮さんが、なぜ長崎市内に自身の店を開くことになったのか。そして「コーヒーで地元を変える」という目標を掲げた真意を聞いた。

Profile|大瀬亮さん
1988(昭和63)年、青森県弘前市生まれ。高校卒業後、自衛隊、カメラレンズの製造工場、焼鳥店店長などを経て、医療器具会社の営業職に。地元の喫茶店からコーヒーに興味を抱き、「コーヒーで地元を変える」という目標を胸に、上京。東京の清澄白河に日本1号店としてオープンしたブルーボトルコーヒーで丸2年働く。その後、知人から誘われ長崎のゲストハウス併設のカフェ店長として1年半勤務。2020年10月、「コーヒーとワッフルの店 BILL&BEN」をオープン。

■何気なく目にした喫茶店が入口
「コーヒーとワッフルの店 BILL&BEN」がオープンしたのは2020年10月。もともと歯科医院として使われていた古ビルの一室で、入口上部のガラス窓などに、その名残が見てとれる。青森県出身の大瀬さんが長崎市までやってきたのには、自身が歩んできた経歴、そしてさまざまな人との出会いがあった。

高校までは地元の強豪校で野球一筋だった大瀬さん。高校を卒業してからは、一度は安定を求めて自衛隊に入隊。「野球部でめちゃくちゃしんどい練習していたので、訓練はまったく苦にならなかったんですが、ガチガチの規律に縛られた生活が僕には合っていなくて、1年で辞めました。その後はもともと飲食業にも興味があったので、焼鳥店などでも働きましたね」と大瀬さん。

その後、医療器具を扱う地元企業で営業職として6年ほど勤めた。「仕事は順調でしたし、楽しかったんですが、ある時、仕事中に喫茶店を何気なく見ていたら、さまざまなお客さんがその喫茶店に入っていく。喫茶店ってそんな魅力的なのか?って気になって、すぐにその足でコーヒーに関する雑誌や本を買いに書店に走りました。それがコーヒーと深く関わるようになった最初のきっかけです」(大瀬さん)

それからは青森県のコーヒーショップや喫茶店はもちろん、出張で訪れた東京などで、空いた時間を使ってはコーヒーショップを巡る日々。その時に出会ったのが、下北沢にあるBEAR POND ESPRESSOだ。「そこで飲んだエスプレッソに衝撃を受けて。今まで体験したことのない味わいでした。それからずっと僕にとって憧れのお店ですし、今も店で豆を使わせていただいています」と大瀬さん。

ユニークなのが、仕入れるコーヒーは焙煎度合いや豆の産地などは指定せず、BEAR POND ESPRESSOにすべてまかせている点。「僕から指定なんておこがましくてできないですよ(笑)。もともと自分で店をやるなら、BEAR POND ESPRESSOさんの豆を使いたいと思っていたので、その夢が叶ったことがうれしい」と大瀬さん。一方、「毎回違うコーヒー豆が届くので、エスプレッソマシンでの抽出など、アジャストするのが大変ですけどね」と笑う。

■ブルーボトルコーヒーで働き始めて
さまざまなコーヒーショップを巡る中、大瀬さんが描いた夢が、「コーヒーで地元を変える」こと。ブルーボトルコーヒーが清澄白河に日本1号店を出店する情報を得ていた大瀬さんは、求人募集の案内を見つけて、すぐに応募。そのタイミングで前職も辞めた。コーヒー業界未経験だったが、無事オープニングスタッフになれた大瀬さん。「なぜ、まったくの未経験者の自分を採用いただけたのか、気になったので後で聞いてみたら、僕と同期で入った人たち含めて、すべて未経験者だったようでして。どうも、“素人おもしろ枠”というくくりにうまく入れたようです」と笑う。

26歳で憧れのコーヒーショップで働き始めたが、最初から花形であるバリスタにはもちろんなれない。豆売りコーナーの接客担当になった大瀬さんは元・営業職の実力をここで発揮する。「コーヒーにそこまで詳しくないのに、めちゃくちゃ豆を売りまくっているやつがいるって噂されたりもして。医療業界での営業経験も無駄じゃなかったなって思いましたね。ただ、やっぱりコーヒーを淹れる側になりたかったので、複雑な心境でした(笑)」(大瀬さん)

■人の縁からやって来た長崎が第2の地元に
ブルーボトルコーヒーで2年間働き、その間に開業資金を貯めようと頑張っていたが、「東京は楽しいことが多すぎて、お金は貯まらない。興味が向けば、お金のことは気にせず、あちこち行ったり、おいしいものを食べたり。『コーヒーで地元を変える』っていう大層な目標は持っていたのに、なにも成し遂げられないまま、悶々とした東京ライフを送っていました」と振り返る。

そんな時に、もともとブルーボトルコーヒーで一緒に働いていた同僚から、長崎市内にカフェを併設したゲストハウスを開くから、カフェの店長として働かないか、という相談を受ける。青森県出身の大瀬さんは長崎がどんなところからもほぼ知らなかったが、「おもしろそうだ」という直感だけで長崎へ。大瀬さんは「今までもずっとそうだったんですが、進む道がいくつかに分かれていた場合、楽しそうな方を選ぶようにしています。長崎に来ることを選んだのも、その直感に従った形ですかね」と話す。

そうやって長崎へとやってきた大瀬さん。ゲストハウスで働いたのは約1年半。コロナ禍などもあって、退職し、次に選んだのが独立だった。当初抱いていた「コーヒーで地元を変える」という目標に従うなら、青森県に帰るのが自然だが、大瀬さんは「長崎で暮らして、結婚もし、僕にとってここは第2の地元になった。なにより九州は気候が温暖だし、人も温かい。なんの迷いもなく長崎での開業を決めました」と振り返る。

そして、2020年10月、念願だった自身の店「コーヒーとワッフルの店 BILL&BEN」を開業。その際、長崎市で生まれ育ったローカルの知人たちから、今店を構えている場所はおすすめできないと言われたそうだ。ただ、大瀬さんは「この町、精肉店や八百屋とかがあって、下町感があっていいでしょ?確かに中心部に比べると人通りも少ないですが、店から路面電車も見えるし、『ここで店をやれたら楽しそう』という気持ちが勝りました」と説明。

■ゆるいスタンスでコーヒーと向き合う
「コーヒーとワッフルの店 BILL&BEN」は屋号通り、コーヒーとワッフルの2本柱。コーヒーはエスプレッソマシンとハンドドリップで抽出。ハンドドリップは一人で店を切り盛りしていることもあり、HARIO V60の1回抽出ドリッパーMUGENと浸漬式のSwitchを組み合わせて使用している。蒸らし工程が不要で、注湯も1回。湯を注いだら、あとは一定時間置いておくだけなので、オペレーションの観点からもシンプルかつ、味のブレが少ないのが採用理由だそう。

ワッフルは九州産米粉と無調整豆乳を使ったグルテンフリー。なぜコーヒーとのペアリングにワッフルを選んだのか聞いてみると、「東京で働いていたころ、ワッフル屋さんによく通っていたんですよ。めちゃくちゃワッフル好きというわけではなく、かわいい女の子が働いていたので、その子に会いたいという邪な気持ちもちょっと(笑)。ただ、コーヒーとの相性は良いですし、米粉と豆乳で作ることで、オリジナリティも出せるかなと思って」。このゆるいスタンスが大瀬さんらしい。

開業に際し、助言をくれたローカルの知人たちの心配をよそに、幅広い客に親しまれている同店。「コーヒーで地元を変える」という言葉通り、この店を目的に町にやってくる人も少しずつ増えている。

最後に大瀬さんは「1988 CAFE SHOZOっていうお店知っていますか?」と切り出した。「栃木県の黒磯という町にあるカフェなんですが、駅からそのお店までは普通の住宅街。ただ、カフェまで行くと、一帯にたくさんのショップが集まっているんです。そのカフェができたことで、その一帯にお店が集まり始めたという話を聞いて、僕が目指したいのは、これだって思ったんです。コーヒーショップってそれこそ老若男女問わず、お客様が来られますし、そこでの出会いや交流も生まれる。コーヒーには町を変える力があると僕は信じています」(大瀬さん)

■大瀬さんレコメンドのコーヒーショップは「square coffee&bake」
「square coffee&bakeの店主、伊藤さん夫妻とは家族ぐるみの付き合いです。もともとコーヒーショップで長く働いていた奥さんと、アパレル関係の仕事をされていたご主人のお二人でされているアットホームな雰囲気のお店です。二人ともとても人が良く、とくに奥さんがお店の元気印。会えば、元気をもらえるお二人です」(大瀬さん)

【コーヒーとワッフルの店 BILL&BENのコーヒーデータ】
●焙煎機/なし
●抽出/ハンドドリップ(HARIO V60 MUGENとSwitchの組み合わせ、CHEMEX)、エスプレッソマシン(La Marzocco Linea Mini)
●焙煎度合い/中深煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/200グラム1600円

取材・文=諫山力(knot)
撮影=大野博之(FAKE.)




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