全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

2020年にオープンした滋賀県湖南市の「DONGREE BOOKS & STORY CAFE」。店主のドリーさんは、2016年に京都で「Dongree コーヒースタンドと暮らしの道具店」を始めた後に、湖南市の地域おこし協力隊として現地に移住。“本を通して人が集まれる場を作る”というプロジェクトから立ち上げた新たなカフェは、「日々の暮らしと手仕事をより丁寧にしていきたい」との、長年の思いを体現している。都市を離れたローカルな場所で、コーヒーと手仕事を通して人のつながりを広げるドリーさんが作り上げた、“ストーリーを楽しめるカフェ”とは。

Profile|ドリー
1982(昭和57)年、大阪府箕面市生まれ。京都の芸術大学を卒業後、フリーランスのWEBデザイナーに。京都のロースターが主催するイベントに参加したのを機にコーヒーを軸にしたコミュニティ作りを志し、2016年、顔の見える手仕事をテーマにした「Dongree コーヒースタンドと暮らしの道具店」を京都にオープン。2019年に、滋賀県湖南市の地域おこし協力隊に応募して京都から滋賀に移住し、2020年、新たなブックカフェ「DONGREE BOOKS & STORY CAFE」をオープン。

■コーヒーと手仕事を通じた暮らしを豊かにするコミュニティ
遠く鈴鹿山脈から琵琶湖に至る、県下最長の河川・野洲川のほとりにある湖南市石部。旧東海道の宿場町の面影を伝える古い町並みの奥、細い路地をたどった先に現れる「DONGREE BOOKS & STORY CAFE」。一見、年季を経た木造民家だが、引戸を開けた中には、思いもよらない憩いのスペースが広がっている。「店内はDIYをベースにして、リノベーションに1年かかりました」と、にこやかに迎えてくれた店主のドリーさん。表情の異なる木材を組み合わせた床に、意匠もさまざまなアンティークの家具や照明、テーブルもあれば座卓もある、大らかで気取らぬ空間は、手作りならではの親密感に満ちている。

実はドリーさんにとって、カフェをオープンするのは、これが2回目。遡ること6年前、京都で開いた「Dongree コーヒースタンドと暮らしの道具店」がスタートだった。「きっかけは、京都のロースターが主催するイベントに参加したことから。オリジナルのドリップスタンドを使って、お座敷でコーヒーを提供する趣向でした。当時は本業がWEBデザイナーでしたが、コーヒーを軸に自由に生きる人の自由な表現に共感して、自分もコーヒーにまつわる場を作りたいと思ったんです」。3年の熟慮の末に開いた京都の店は、コーヒースタンドに、作家の手に成るアイテムの展示・販売を併設。この時に掲げた“暮らしを豊かにする手仕事と顔の見えるつながり”というコンセプトは、今に至るまで店を続ける上での揺るがぬ軸となっている。

一方で、当時から地方への移住を考えていたというドリーさん。そんな折に出会ったのが、湖南市の地域おこし協力隊の募集。とりわけ、地域と移住者のマッチングを取り持つ一般社団法人・NCL(Next Commons Lab)のユニークな取り組みに惹かれたという。「店を始める前から、日々の生活と仕事をより丁寧にしていきたいという思いがありました。そのために、少し都市から離れたローカルな場所でコーヒーと手仕事を通したつながりを広げ、自分も周りも豊かに暮らせるコミュニティ作りを模索していました。NCLでは、各地で起業を目指す起業家が連携し、単独ではなくチームで移住を進めているのが特徴。湖南市は京都のコミュニティとも距離的に近く、最初から仲間がいるなかで移住できるのは心強かったですね」とドリーさん。2019年春に初めて湖南市を訪れた後、夏には移住を実現。2020年から、地域おこし協力隊として“本を通して人が集まれる場を作る”というテーマに取り組み、ブックカフェとして新たに誕生したのが「DONGREE BOOKS & STORY CAFE」だ。

移住後の2年間は、店の立ち上げや運営と並行して、古本マルシェと銘打ったイベントを開催。店内には、イベントを通じて集まった本がずらりと並ぶ。この過程で生まれたのが、本を介してコミュニケーションを広げる“栞本”の仕組みだ。「お客さんが読んだ時の思い出や感想を記した栞を本に挟んで、店の書棚に預けてもらうシステム。栞を通して持ち主のことを考えたり、想像が広がったりして、いろんな人の読書体験がつながっていく。栞本を置いてくれた方の交流会もあって、リアルにつながる場も企画しています」

大人のための絵本読み聞かせや、予約制の朝のブックカフェなど本にまつわる企画のほか、音楽ライブやバリスタを招いてのトークなど多彩なイベントも開催。また、京都の店でも扱っていた作家が手掛ける道具は、店内全体を使った年6回の企画展示が中心に。本や手仕事が取り持つ交流の場として、思わぬ出会いがあるのも、この場所の魅力の一つだ。

■敬愛する京都の焙煎人の個性を引き継ぎ自家焙煎をスタート
以前と大きく変わったことの一つがコーヒー。以前は仕入れた豆を使っていたが、「この界隈には豆を買える自家焙煎コーヒー店がなかったので、“町のコーヒー店”として、ここで焙煎するのがいいなと思った」と、開店にあたり自家焙煎をスタートした。京都の店では、“五焙”と銘打った地元の5人の焙煎人の豆を使って、コーヒーを提供していたドリーさん。「当時も焙煎に興味はありましたが、ちょうど個人の自家焙煎コーヒー店が京都に増えてきた時期で、地元の焙煎人にスポットを当てようと考えていました。クラフトもコーヒーも、暮らしを豊かにする手仕事ということでは同じ。1杯のコーヒーを通して焙煎という手仕事に注目してもらいたかった」と、それぞれの個性を紹介してきた。新たな店でも、5人の焙煎人への変わらぬリスペクトを込めて、“五焙”の味わいを引き継いでいる。

現在、メニューに並ぶ“五焙”は、明るく華やかな浅煎り・華、風味柔らかな中浅煎り・柔、上品でキレのある中煎り・誠、苦味と酸味の個性が際立つ中深煎り・遊、深い苦味と余韻の甘さの深煎り・重の5種をシングルオリジンで表現。京都にいた時に、5人の仕事場を訪ねた経験を元に、いずれ劣らぬ個性派ロースターのコーヒーの個性を踏襲している。「焙煎の技術や豆の仕入れなど、それぞれの仕事を隅々まで取材するつもりで、お話を伺いました。5人の方々から聞いたキーワードをもとに、自分で試行錯誤を重ねましたが、見るとやるとは大違い(笑)。コーヒーに親しんでいるからこそ、難しく感じる部分がありましたが、京都の店で毎日淹れていた記憶を頼りに、味のイメージを再現していきました」

自宅で簡易な焙煎機を使って半年ほど練習を重ね、店に導入したのは1キロサイズの半熱風式焙煎機。「数値のデータだけでなく、温度変化を示すカーブの形から捉えた感覚を合わせて、仕上がりをイメージします。焙煎機のサイズが大きくなると、窯内の蓄熱量や豆同士の接触熱の影響が大きく、温度変化の反応が鈍くなりますが、小型だと自分の操作に対して釜の中の反応が短時間で伝わる。5種を焼き分けるには、小回りが利くこのサイズが使いやすいですね」とドリーさん。

とりわけ、フルーティーな浅煎りの風味を生かすために工夫を凝らし、煙突を屋外に延ばさず、室内にまっすぐ立てて、直上に業務用の強力なダクトを設置。ダンパーによる排気量をアップし、熱効率を向上させることで、クリーンな風味を引き出している。片や2種のブレンドは、“町のコーヒー屋”の顔として位置づけ、石部と湖南の地名を名前に冠した。「町の名を付けることで、今までなかった、界隈の新しいお土産にできればと考えました」と地元のデザイナーと共に考案。海外からのお客にも喜んでもらえるよう、浮世絵風、アール・ヌーヴォー風のテイストを取り入れたデザインが好評だ。

■丁寧な暮らしと仕事から生まれた“ストーリーを楽しめるカフェ”
また、広いカフェスペースを得て、フードやスイーツのメニューも充実。ランチでは、土日限定メニューとして、地元産の食材を使ったメニューも。沖島の漁師から仕入れる琵琶湖のブラックバスは、レモンの風味が爽やかなベトナム麺・フォー仕立てに。湖南市に多く暮らすブラジル人が主食とするキャッサバ芋は、地産の野菜と共にヘルシーなプレートに。タピオカの原料でもあるキャッサバ芋は、奥様の寛子さんが移住後に地元のブラジル人コミュニティとつながり、実際にブラジル人から仕入れ、ランチニューを考案。現在は自家栽培したものを使い、町の新たな食の魅力も発信している。

さらに、「本を読み進めるように"最後の一口までゆっくり"楽しめるブックカフェならではの一品を」と、考案した看板スイーツが、アーティスティックなパフェ。シチリア発祥のアイスケーキ・カッサータやラム酒が香るブラウニー、“五焙”の豆を使ったコーヒーゼリーのビターな風味に、多彩なドライフルーツ、ナッツ、オリジナルのグラノーラの食感がアクセントを加える大人の味。物語を読み進めるように、時間が経つとともに味わいが深まる逸品だ。

当初は京都と滋賀の2店舗で続けるつもりだったが、コロナ禍の影響によって2020年に京都の店は閉店。結果として移転という形で新たな店をスタートさせたドリーさん。とはいえ、大きく環境を変えたことで、自身の心境にも変化があったようだ。「ここに来て、暮らしがシンプルになりました。経営の大変さは一緒ですが、目指していた職住一体の生活になって、時間が緩やかに感じるようになりました。何より、移住者に対してポジティブな人が多く、同時期に移住したコミュニティがあったことで交流も広がり、気持ちのいい関係ができているのが大きいですね」

この店を形作るさまざまなモノ・コトは、すべて人との出会いから生まれたもの。このカフェ自体が、ドリーさんが立ち上げの過程で得たつながりの集合体でもある。「平日はほぼ界隈のお客さんですが、週末は遠方からも来られます。この場所で店を開くなら、わざわざ来てもらえるだけの価値を作りたいと思って、“ストーリーを楽しめるカフェ”を目指しました。いかにこの空間ならではの体験ができるかに注力して、お客さんが過ごす時間が素敵なギフトになれば嬉しい」とドリーさん。五焙のコーヒー、栞本、インテリアからフード、スイーツに至るまで、語るべき物語がある。丁寧な暮らしと仕事から生まれた、その1つ1つが、この場所の心地よさを醸し出している。

■ドリーさんレコメンドのコーヒーショップは「きみと珈琲」
次回、紹介するのは、滋賀県彦根市の「きみと珈琲」。
「店主の小川さんが訪ねてくれた時、同じ半熱風の焙煎機を使って、フルーティーな浅煎りの味を目指していることを知って以来、親近感を持っている一軒です。その難しさを知っているから、気持ち的に通じるものがあります。まだお店にはうかがえていないのですが、ここと行き来しているお客さんも多く、自分も行ってみたいお店の一つです」(ドリーさん)

【DONGREE BOOKS & STORY CAFEのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 1キロ(半熱風式)
●抽出/ハンドドリップ(ハリオ)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(500円〜)
●豆の販売/ブレンド2種、シングルオリジン5種、100グラム700円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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