全国的に盛り上がりを見せるコーヒーシーン。飲食店という枠を超え、さまざまなライフスタイルやカルチャーと溶け合っている。なかでも、エリアごとに独自の喫茶文化が根付く関西は、個性的なロースターやバリスタが新たなコーヒーカルチャーを生み出している。そんな関西で注目のショップを紹介する当連載。店主や店長たちが気になる店へと数珠つなぎで回を重ねていく。

2010年にオープンした滋賀県彦根市の「Yeti Fazenda COFFEE」。店主の打出さんは、長年、関西、関東のコーヒー焙煎・卸、器具製造の老舗で、あらゆるコーヒーの仕事に携わった後に独立。豊富な経験をベースに、「この店ならではのコーヒーを提案したい」と、豆の品揃えは作り手の個性が出るブレンドオンリーに。無限にある組み合わせから多彩な味の表現を追求するなかで、ブレンドの新たな醍醐味を発信するユニークな一軒だ。

Profile|打出拓
1974(昭和49)年、滋賀県栗東市生まれ。イタリアンレストランのサービス・ドリンク担当を務めた際に、コーヒーへの関心を深めたのを機に、上島珈琲貿易、UCC上島珈琲、東京の珈琲サイフォンと、東西のコーヒー関連会社で約10年の経験を積む。2010年、地元・滋賀県に戻り、彦根市内に「Yeti Fazenda COFFEE」をオープン。店の営業と並行して、全国各地のマルシェなどに出店し、2020年から、岐阜、名古屋で自らもコーヒーイベントを主催。

■味の表現と焙煎の感覚を培った、コーヒー会社での豊富な経験
彦根の市街地から南へ、車で15分ほど。「Yeti Fazenda COFFEE」があるのは、広大な田園地帯の只中にあるのどかな町の元役場だった建物。瓦屋根の木造家屋の家並みに異彩を放つモダンな建築は、実は、日本で数多くの西洋建築を手がけたウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した貴重な一軒だ。

「自宅から近い場所で店をしたいと探していた時に、友人が“ここが空いてるよ”と教えてくれたのが、この建物でした。役場の後は公民館として使われていて、一度は取り壊しも検討されたのですが、幸い新しいオーナーが見つかり、スペースを貸し出していたんです」とは店主の打出さん。ヴォーリズは明治時代にアメリカから来日し、近江八幡市を拠点に各地で西洋建築を設計した滋賀ゆかりの人物。現在は登録文化財に指定されている歴史ある空間が、打出さんの日々の仕事場だ。

打出さんがコーヒーに関心を持ち始めたのは約20年前、イタリアンレストランのサービスとして、ドリンクを担当していた頃。「オーナーがコーヒーに詳しく、店でも都度、豆を挽いて淹れるというこだわりを持っていました。自分もいろんな豆で抽出するうちに、味の違いに興味を持ったのが、コーヒーの世界に進む入口でしたね」と振り返る。

当時から持ち続ける旺盛な探求心は、生来の気質だったのだろう。この時の体験をきっかけに、コーヒーを専門とする仕事に転身。しかも、関西ではMUCブランドでお馴染みの、大阪の上島珈琲貿易を皮切りに、UCC上島珈琲、コーノ式ドリッパーで知られる東京の珈琲サイフォンと、東西のコーヒー関連会社で10年余。コーヒーに関するあらゆる業務に携わってきた。「上島珈琲貿易では、IH式焙煎機を使ったオンデマンド焙煎ショップの立ち上げに、スタッフとして参加しました。2005年の当時、スペシャルティコーヒーの銘柄を50種くらい揃えていたのは画期的で、ここでさまざまなコーヒーの風味に触れられたのは貴重な経験でした」と打出さん。

また、UCCでは直営カフェの運営、珈琲サイフォンでは営業から製造、焙煎まで幅広い業務を担当。とりわけ珈琲サイフォンでは、多彩なタイプの焙煎機を扱ったことで、技術と経験を蓄積していった。「直火を使う焙煎機は、この時に初めて扱いました。フジローヤルの3・5・10・30キロ、さらにプロバットの25キロと、大小さまざまな機体を使ってわかったのは、釜のサイズが大きいほど焙煎が安定するという感覚。釜のサイズが小さいと周辺環境の影響が大きく、“安定した少量焙煎”がいかに難しいかを思い知りましたね」

ただ、打出さんが自店に据えた焙煎機は、フジローヤルのオールドタイプ、通称・ブタ窯と呼ばれる年代物。「近所の喫茶店で、たまたま使っていない焙煎機を譲ってもらうことになって、当初はメーターも何もない状態で、バーナーもドラムの下に一本だけという原始的な構造です。ただ、珈琲サイフォンで直火式のカスタム機を使って気に入って以来、味の傾向としても直火式の焙煎が自分の好み。特にこのブタ窯ならではの特色は、独特の香ばしさと甘さ。扱う人によっても変わりますが、味の密度は直火の方が出やすいと思います」と打出さん。豊富な焙煎経験を持つからこそ、アナログな機体での試行錯誤を楽しんでいるようにも見える。

■多彩な品揃えに作り手の個性を表現する“ブレンドオンリー”の提案
古めかしい愛機で焼く豆は、すべてブレンドで提供するのが、打出さんのモットー。開店当初はシングルオリジンもあったそうだが、1年後には、すっかりブレンドオンリーに。「自分ならではの味を提案したいと思った時に、味の作り方に個性が出るブレンドが面白いと思ったんです。ブレンドは、いろんな豆の風味が合わさることで味が安定する。鍋の出汁と同じ感覚ですね。肉、魚、野菜など一緒に煮た方が、旨みが重なり厚みができます。あとは素材の組み合わせと濃度の塩梅だけ。出汁にも、すっきりした和風から、濃厚な豚骨まで濃淡あるように、浅煎りから深煎りまで味の幅を作って選択肢を広げるようにしています」

扱う豆はすべてスペシャルティグレード。それでも、希少なゲイシャ種やデカフェまでもブレンドするというから徹底している。定番のブレンドは、味の傾向の軸となる、バランスの取れたイエティブレンドを中心に、甘い蜜の味をイメージした“花”、チョコレートライクな“スノー”、コクのある“クラシック”とデカフェの5種からスタート。さらに直近では、ジューシーな果汁を表現した浅煎りの“フルッタ”、芳醇な洋酒の香りを思わせる“ボンボン”が加わり、より多彩さを増している。

また、テイクアウトのコーヒーを注文する際に、カラフルなコーノ式ドリッパーを使った抽出にも注目。通常、豆を蒸らす時間が空くものだが、ここでは点滴で湯を落とし始めると、次第に湯量を増やし、最後まで途切れることなく注ぎ続ける。「蒸らしはなく、流れでそのまま入れ続けるのがコーノ式抽出法の特徴。点滴でじっくり時間をかけて、湯を少しずつ浸透させ、最初に豆の旨みのええとこだけを出して、最後に濃度を調整する。早く出し切るより、しっかり湯を通して、ブレンドした豆の幅広い味を出したい」と打出さん。焙煎、ブレンド、抽出まで、明確な味のイメージをぶらさず、店の個性を通底させる仕事ぶりは、長年の経験のなせる業だろう。

■全国各地のイベントでも発信、汲めども尽きぬブレンドの面白さ
開店時にはカフェも備えていた店は、コロナ禍の影響もあり、テイクアウトのみとなり、現在はイベント出店を中心に活動している打出さん。これまでに、仙台や東京、さらにはベルリンや台湾など、行動範囲は国内外を問わない。「会社時代は交流範囲が狭くて、コーヒーというジャンルの中だけにとどまっていました。イベントに参加すると、クラフトやお菓子など、他のジャンルの人とのつながりができますし、さらに、その土地ならではの嗜好の違いも分かります。その面白さに気付いてから、さらにあちこちに行くようになりました。店で待っているのではなく、自ら動かなければ、今あるご縁もなかったと思います」

今では、イベントに参加するだけでなく、自らも主催となり、2020年に岐阜で新たなイベント“コーヒーカウンター”をスタート。各店がオリジナルのブレンドだけを提供するという、打出さんならではのユニークな発想が話題を呼んでいる。「2014年の第1回から参加している、岐阜のサンデービルヂングマーケットのスタッフと、コーヒー主体のイベントをしたいと話していたのが、そもそもの始まり。ブレンド縛りのコーヒーイベントは、今までなかった新しい試みです。この条件だと、店の個性が出やすいし、何より店主の皆さんも味作りを考えるきっかけになる。スペシャルティコーヒーはシングルオリジン中心となりがちですが、違う方向性を提案できればと思っています」。2022年には、名古屋で“BLEND COFFEEとパンの虜”と銘打ったパンとコーヒーのコラボ企画も立ち上げ。イベントを通じてファンを広げ、岐阜・名古屋から店を訪ねるお客も多い。

近年もコーヒーシーンは大きく変化を続け、豆の個性も一層広がったこともあり、打出さんが追求するブレンドの醍醐味はいまだ尽きないようだ。「簡単に想像できない味の方が、飲むときにも楽しみがあります。その意味で、ブレンドは想像を巡らせる余地が大きい。作り手も豆を配合した結果が予想外になることもあります。一つのブレンドを考えるのは、調味料を組み合わせて料理の味を仕上げる過程にも近い。そのさじ加減一つが、表現の違いやオリジナリティになるんです」

かつて、ブレンドコーヒーは個性の弱い豆を混ぜて作る印象が強かったが、そんな時代は今は昔。「むしろ、これからはブレンドが一番面白くなるのではと思っています。お客さんも、いろいろ試したいという気持ちがあって、種類が増えたら興味を持ってくださる。今年は店のブレンドの種類を倍くらいにしたい。まだまだ、これから増えていきますよ」と打出さん。ほぼ無限にある豆の組み合わせから、まだ知らない味を生みだす過程は、コーヒー屋冥利に尽きる時間に違いない。

■打出さんレコメンドのコーヒーショップは「ゆげ焙煎所」
次回、紹介するのは、兵庫県西宮市の「ゆげ焙煎所」。
「店主の岡本さんとは、台湾のイベントでブースが隣になったのがきっかけで、自分が主催する岐阜のイベントにも参加してもらっています。お客さんにも伝わりやすい、穏やかなコーヒーの味わいは、柔らかく親しみやすい岡本さんのキャラクターそのまま。地元・西宮を中心に多くのファンを持つ、人気ぶりも納得の一軒です」(打出さん)

【Yeti Fazenda COFFEEのコーヒーデータ】
●焙煎機/フジローヤル 9ポンド(約3.3キロ・直火式)
●抽出/ハンドドリップ(コーノ式)
●焙煎度合い/浅煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり(500円〜)
●豆の販売/ブレンド7種、100グラム880円〜

取材・文/田中慶一
撮影/直江泰治




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