野生を身近に感じられる動物園や水族館。動物たちは、癒やしや新たな発見を与えてくれる。だが、そんな動物の中には貴重で希少な存在も。野生での個体数や国内での飼育数が減少し、彼らの姿を直接見られることが当たり前ではない未来がやってくる、とも言われている。

そんな時代が訪れないことを願って、会えなくなるかもしれない動物たちをクローズアップ。彼らの魅力はもちろん、命をつなぐための取り組みや努力などについて各園館の取材と、NPO birthの久保田潤一さんの監修でお届けする。今回は、広島市安佐動物公園で12年にわたってクロサイの飼育を担当する屋野丸勢津子さんにお話を聞いた。



■10頭を産んだ肝っ玉母さんの娘と、世界最多出産記録をもつクロサイの息子が広島で夫婦に
――2021年に開園50周年を迎えた広島市安佐動物公園。開園当初からクロサイを飼育し、国内最多の繁殖実績を誇る。

開園当初から飼育していたのはオスのクロとメスのハナ。ハナは10頭の子供を出産し、一時期は世界最多出産記録を持っていました。現在、当園にいるメスのサキは、そのハナの仔です。

サキのパートナーのヘイルストーンは、サンフランシスコ生まれのハワイ育ちで、1999年に当園にやってきました。ヘイルストーンというのは、空から降る雹(ひょう)のことです。彼のお母さんは14頭を出産して現在も世界記録を持っているエリー。ヘイルストーンは暖かいところで生まれ育ったせいか、安佐動物公園の冬は嫌いです。当園は山の上にあるため、広島市よりもかなり標高が高く、冬には雪が積もることもあるので、彼には厳しい環境のようで、今、少し体調を崩しているようです。

あともう1頭、メスのニコがいます。こちらはヘイルストーンとサキの仔で、2016年生まれ。25年ぶりに広島東洋カープが優勝した年に生まれたので25にちなみ、また、久しぶりに生まれた子供なのでみんなが見てニコニコしてくれるようにとの意味を込めて、市民の方に名付けてもらいました。サキの愛情を一身に受けて天真爛漫すぎるぐらいに育った、元気でやんちゃな女の子です。

■見習いたい、愛情深く怒らない育児。だけどしっかり教育はする
――クロサイの飼育に12年間携わる屋野丸さんが、その中で最も印象に残っているのがクロサイの子育てだそう。

クロサイの母親は愛情が深く、子供を決して怒りません。本当にかわいくてかわいくて仕方がない、という様子が伝わってきます。一緒にいる間は絶対に怒ることをしません。

ただ、次の子供を産むときや、産む直前にはピリピリしているのか、子供を含めた他個体を追い回すことがあります。たぶん野生ではそれによって子供は親離れをして、独り立ちするのだろうと考えられますが、飼育下ではそういうわけにもいきません。母親を早々に収容して出産させますが、その怒りようが普段とは全く違うのに驚かされます。でも、産まれてしまえばまた、前の仔を以前のように受け入れているのも意外です。

怒らない子育てとはいえ、教育はきちんとしています。成獣の彼らには基本的に、人間以外の天敵はいません。しかし子供にとって肉食獣だけでなく同族のオスは、危険な存在。なので、オスが不用意に動いたりすると、メスは非常にピリピリします。そういうところを教えたり、見慣れないものや聞きなれないものには神経質に対応して、子供を教育しています。基本的にはとても穏やかな子育てなので、人間も参考にすべき点があるなと思っています。

クロサイって角が2本あって、一見いかつく怖そうに見えますが、世の中にこんなに大きく広い心をもった動物は、いないだろうと思います。実におおらかで愛情深く、平和主義で優しい生き物です。そういうところを知っていただけたら、うれしいですね。

■50年間で17頭の出産。飼育施設のありようが繁殖を支える
――現在、日本国内では11園館で22頭飼育されている。なかなか繁殖に結びつかない中、安佐動物公園が17頭もの繁殖に成功したのはなぜだろうか。

一般にクロサイの繁殖は難しいと言われています。でも実際のところ相性がよければ、クロとハナが10回、ヘイルストーンとサキが7回繁殖したように、何回でも繁殖できます。ただ、たいていの動物園の飼育施設が狭いという問題があります。寝室はだいたい2〜3部屋しかなく、前に生まれた仔が出ていかない限り次の繁殖が目指せないのが現実です。

だけど、次の子供を産ませたいからと言っても、そんなに簡単に他園に出せるようなサイズの動物ではありません。国内でも移送が難しく、最長で10年、最短で5年ぐらい間隔があく場合が多々あります。その間、オスとメスは別居生活をしていて、展示も交互なので会うことはありません。

それで子供がいなくなった5年後に、次の繁殖を目指すとしても、またお見合いから始めなければいけないわけです。たとえ最初の繁殖がうまくいっていたとしても、もう一度会わせたときにうまくいかないことも。周りの環境が変わったことで、イライラして喧嘩をする場合もあります。

さらに期間が空いてしまうとその間に繁殖適齢期が終わり、妊娠しにくくなるという状況もあります。クロサイは5歳ほどで性成熟し、30歳くらいまでが出産適齢期。ハナが子供が産めなくなったのが32歳、世界最長寿で亡くなったのが52歳くらいです。仮に30年ぐらいの飼育歴があっても、出産の経験は2度ぐらいといった例がほとんどなので、繁殖が難しい動物だと言われているのだと思います。

安佐動物公園には寝室が4部屋あり、放飼場が1374平方メートル。さらに60平方メートルのプールを備えています。うちは出産直後からオスと同居させていて、その前に生まれた子供たちも飼育できる間はずっと同居させていました。最大で6頭展示していたこともあります。そういう意味では繁殖の制限をせずに来られたので、10頭、7頭といった記録を作れました。

できればもう1頭、ヘイルストーンとサキの仔が生まれたらと思っているのですが、ゆっくり穏やかに余生を過ごせる環境を整える方が先なのかな、とも思っています。今は寒いときは長時間外に出さないとか、暑すぎるときは展示を控えるとか、体調を改善する方向で頑張っているところです。

■「シロサイ」は訛りから生まれたネーミングだった
――現在、世界にいるサイは5種。クロサイのほかにシロサイもいるが、実は皮膚が白いわけではなく、目立った色の違いはない。

シロサイもクロサイ同様、灰褐色から灰色で、色に違いはありません。実は「シロサイ」という名前は、誤訳からつけられたそうです。シロサイの口は草を食べるため、掃除機のノズルのように幅が広いのですが、英語で広いを意味する「wide」が訛って「white」になった結果、シロサイ(White Rhinoceros)と名付けられたそう。それに対して、口の幅の狭いクロサイをBlack Rhinocerosと名付けたと言われています。

シロサイとクロサイを比べると、シロサイは前述の口の形状に加えて体がかなり大きく、クロサイのおよそ倍、3トン近くになります。また、家族で生活するので群れを成し、複数頭での飼育が可能です。

一方、クロサイは木の葉を食べます。そのため、木の枝を引き寄せられるよう、口の先がとがっているのが特徴。おちょぼ口みたいで、これがかわいいんですよ。単独生活をすると言われていますが、場所や状況によっては集団で生活する場合もあるという論文も、最近は出ています。皮膚はガサガサして硬く、長時間なでていると指紋がなくなったり、うっかり接触するとすり傷みたいになることも。

■1日の食事は約30キロ。その倍以上の排泄物を人力で処理
クロサイは体の大きさの割には食べる量が多く、木の葉や乾燥させた牧草、草食獣用の人工飼料などを1日に30キロぐらい食べます。大量に食べるので出す方も多く、水分が加わるので1日に約60〜70キロ排泄します。これは人力で片づけるのですが、園内に堆肥庫があり、そこで2次発酵までさせて堆肥化を進めたものを、近くの農家さんに肥料として使ってもらっています。そこの農家でできた野菜などを動物のエサとして納めていただいているので、うまい具合に循環していますね。

■なぜそんなに警戒しているの?クロサイは思った以上にセンシティブな生き物
――大量の排泄物を人力で処理するため、腰痛肩こりは飼育員の職業病と言われているそうだ。ほかにもクロサイの飼育には神経を使うことが多い。

クロサイはとてもセンシティブな生き物です。体に似合わずというのは失礼な気もしますが、野生動物なのでいろいろなことに警戒しなければいけないし、実際にいろんなところに注意を払って生きているのだと思います。

ただ、その警戒心が理解できないことも。いったい何に驚いているんだろう?何を気にしているんだろう?と、わからないのがしんどいと感じることもあります。でも、それ以外は楽しく仕事していますね。

特に喜びを感じるのは、もう何年も経験していませんが、子供が生まれたとき。園全体が活気づくので、毎日仕事に出るのも楽しく感じます。でも今は、サキ・ヘイルストーン・ニコが毎日おいしくご飯を食べてくれるだけでいいなと思っています。

■角を狙った乱獲で野生の個体数が激減。密漁防止の活動が必要
――野生下のクロサイは絶滅危惧種に指定され、かなり数が減っていると言われている。その原因と現状はどうなのだろうか。

安佐動物公園が開園する1970年ごろ、クロサイは2万頭ほど生息していると言われていました。しかし、角を狙った密猟が急増し、一時期2000頭程度まで落ち込んだそうです。現在は保護活動が進み、現地のレンジャーがとても頑張ってくれたため密猟の数も減り、昨年のデータでは5303頭まで回復したそうです。一時期に比べれば倍以上に増えてはいますが、安心できる頭数ではありません。今後もさらなる保護活動や、密猟防止のための活動が必要です。

密猟の狙いはサイの角。ブラックマーケットでは同じ重さの金よりも高額で取引され、家が建つとも言われています。サイの角を刀の鞘に使う民族や、漢方薬にする人たちがいます。最近はサイの角には薬の効果がないと理解している人が増えているようですが、それとは別にステータスとして、サイの角を薬として使っているという話もあります。

私たちはこれに対し、繁殖を推進するほか、世界サイの日を活用するようにしています。毎年9月22日は、世界中のサイのことを考える世界サイの日。安佐動物公園も2013年から参加していて、その日はクロサイをはじめとしたサイ5種の置かれている現状などについて話すイベントの実施や、缶バッジを配って来園者への啓発に努めています。そのほか、動物園で年4回発行している「すづくり」という機関紙やTwitter、ブログでも情報を発信しています。

■晴れた日中は寝ているクロサイ。観察するなら、暖かい雨の日に
――絶滅の危機に瀕する動物を守り、展示するのも動物園の貴重な役割だ。その活発な姿を目にするなら、暖かい雨の日がおすすめだと屋野丸さんは話す。それはなぜだろう。

皆さんが動物園に来園されるのは、お天気のいい時が多いと思います。しかしクロサイは薄明薄暮性といって、明るくなり始めるころと、暗くなり始めるころによく動く動物です。なので、天気のいい日は休息していることが多く、「寝ている姿しか見られない」とよく言われます。何なら岩に勘違いされて、「クロサイが出ていない」と言われることも(笑)。

よく動くクロサイ本来の姿を見たいときは、暖かい雨の日や梅雨時がおすすめです。雨が降ると彼らは泥浴びをしたり、角とぎをしたりして、とても活動的になります。ただ、寝ている時でも彼らは、まわりの音を聞くためにうつらうつらしながら、耳だけはよく動いています。晴れの日はそういうところも観察していただくと、より興味深いかと思います。

動物園に来られるときは園全体を見たくなりますが、「今日はこの動物を見る!」と決めていただいて、できるだけ長くその場にとどまってみてください。一瞬ではわからない動物たちのおもしろい行動や、魅力的な動き、かわいらしい一面、すてきな関わり合いが見られます。園全体を駆け足で回るのではなく、じっくり観察してもらえれば、さらに魅力を感じていただけるはずです。

取材・文=鳴川和代
監修=久保田潤一(NPO birth)

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