コーヒーで旅する日本/東海編|理屈ではなく、心で味わうやさしい一杯。「喫茶toi」
東海編の第21回は、愛知県豊橋市にある「喫茶toi」。閑静な住宅街にあり、近くには朝倉川が流れるなど自然豊かな環境のカフェだ。店主の湯本一輝さんは、仕事として名古屋の人気カフェに配属されたことがきっかけで飲食業に興味を持ち、カフェ開業に至った人物。そんな湯本さんにとってコーヒーとは、ただそれだけで楽しむものではなく、過ごし方に寄り添うものだと言う。丁寧に淹れられた一杯には、湯本さんの人柄を思わせる、やさしく包み込むような温かさがある。
Profile|湯本一輝(ゆもと・かずき)
1989(平成元)年、愛知県豊橋市生まれ。名古屋でスタイリングやデザイン、飲食店などを手掛ける「MAISONETTEinc.」に入社。名古屋・矢場町の人気カフェ「Maison YWE(メゾンイー)」に配属されて東京「ONIBUS COFFEE」の豆を扱ったことから、コーヒーへの興味を抱く。働くうちにカフェ開業を考えるようになり、自分の好きな味を追求する一環で焙煎を始めた。物件が決まってから1年弱の準備期間を経て、2020年に夫婦で「喫茶toi」をオープン。
■コーヒー屋でもケーキ屋でもない
弓張山地から豊橋市内を横断して豊川に合流する清流・朝倉川。「喫茶toi」は、市街地から程よく離れた、この自然豊かな川沿いにある。「物件を探していた時にピンときて、この場所で喫茶店を営むことにしました」と話すのは、店主の湯本一輝さん。もともと競艇選手が倉庫として使っていた建物は、直角台形という独特のフォルム。傾斜部分には土が盛られ、そこから草木が生えている姿がまたおもしろい。
店内を見渡すと、木製の家具や木の皮などで編んだかご、ランプシェードといった自然素材のものであふれていた。ところどころに可憐な野花が飾られており、目に留まるたびに自然と顔がゆるむ。「私たちが入居する前はカフェと雑貨店が一緒になったような店で、何度か利用したことがあります。ある時、店がなくなっていることに気付いたので、建物を所有する方に相談しました。この場所と、この建物の持つ空気感が、私たちのやりたいことにぴったりだと思ったのです」
続いて印象的だったのは、手作業で装丁されたメニューブック。イントロダクションには、ふたりが店を営むうえでの想いが、やさしい言葉で綴られている。「当店はコーヒー屋というわけではないし、おやつが主役というわけでもない。一番大事にしているのは、ここで過ごす時間です。そういう時間に寄り添えるような、コーヒーやフード、おやつを提供しています」
また、「喫茶toi」といえば、知り合いの農家から届けられた野菜を使った季節野菜のポタージュ(480円)が人気だが、これに使用するスープ皿やテーブルの一部は、愛知県田原市に工房を構える木工作家の松本寛司さんの作品を使用。湯本さんが松本さんのファンで、作ってもらったものだ。
■個性が強すぎないコーヒーをイメージ
コーヒー屋ではないと話すものの、コーヒーの味わいやラインナップには湯本さんの嗜好が見て取れる。「中煎りから中深煎りくらいの味が基本的に好きなので、自然とそういうラインナップが多いです。あとは、コーヒーだけで飲む時もあるんですが、基本的にはコーヒーとデザート、コーヒーとパン、という感じで何か食べ物と一緒に飲むことが多いので、コーヒーそのものにすごい個性を出すというよりは、一緒に食べるものに寄り添うような感じの味わいをイメージしています」
そのため、焙煎も抽出も、クリアできれいな味わいを目指しているという湯本さん。ハンドドリップには、コーノ式のドリッパーを使用。「以前働いていたカフェで採用されていたので使いなれていますし、自分がイメージする"雑味のないクリアな味"を出しやすいです」と、現在も愛用している。豆は粗めに挽いて、85度から87度くらいの少しぬるめの温度でゆっくりとお湯を落とす。
エスプレッソには、専用のブレンドを用意している。ブラジル、グアテマラ、エチオピアをブレンドし、ミルクの甘さが際立つように、焙煎度合いが深くなりすぎないバランスを狙っている。カフェラテのほか、黒糖ラテ(600円)やカフェモカ(650円)にも同じエスプレッソを使用する。
ホットのカフェラテにはもちろん、美しいラテアートが施される。コーヒーのほのかな苦味をミルクの甘い香りが包み込む、絶妙なバランスの一杯だ。
■自分好みの焼き方ができる焙煎機
湯本さんが自分でコーヒーを淹れるようになったのは23歳のころ。当時所属していた会社が手掛ける名古屋・矢場町のカフェ「re:Li」(現在は閉店)でハンドドリップをしたのが最初だった。「カフェでの仕事が楽しくなってきたころ、サードウェーブコーヒーが注目され始めました。会社でもコーヒーに力を入れた店舗『Maison YWE』をオープンすることになり、立ち上げメンバーとして参加しました。ここで東京の『ONIBUS COFFEE』の豆を扱うようになり、浅煎りの豆を知ったんです。豆によって味が全然違うし、淹れ方もいろいろあるし、『コーヒーっておもしろいな』と思いました。コーヒーを好きになって、たくさん飲むようになると、『もう少し濃い感じがいいな』『もう少し華やかな感じがいいな』など、豆そのものに自分の好みが出てきて、焙煎をやり始めました」。浅煎りの味わいに衝撃を受けたものの、いろいろと飲み比べていくと、自分の好きな味わいは中深煎りあたりだと気付いた湯本さん。自分の好きな味を自分で表現したいと考え、「喫茶toi」では店内に焙煎機を設置して自家焙煎コーヒーを提供している。
「グアテマラだと、ちょっと深めに焼いて甘味を出すことを意識していますし、エチオピアだとやっぱり香りをしっかり出したいので、当店では比較的浅めにしています。それでも、ほかの店に比べるとちょっと深いかもしれないですね。ニカラグアはエチオピアと特徴が近いので、差別化するためにエチオピアよりもちょっと深く焼いていますが、元々持っている華やかさは後味としてしっかり残るように考えています。今使っている焙煎機は火力がそれほど強いわけではないので、深煎りにはあまり向いていない気がしています。火力というよりは排気で調整しているので、極端な焼き方は難しいんです。一方、自分の好きな中深煎りあたりの焙煎度合いは、やりやすいですね」
豆はすべてスペシャルティコーヒーを使用。「ラインナップはほぼ固定です。エチオピアはイルガチェフを使っているのですが、実は以前、違う農園の豆も仕入れたことがあります。でも、焼いてみるとやっぱりイメージとずれるので、自分の好きな味、お店に合う味、お菓子に合う味というものが出せるのは今のラインナップかな、と思います」
■ゆっくり穏やかに過ごせる場所でありたい
取材中に何度も「ここで過ごす時間を、いい時間にしてもらいたい」と話していた湯本さん。コーヒーも、フードも、そのための一要素として位置づけられている。だからなのか、コーヒーにしてもフードにしても、「喫茶toi」では主役にしない。少し存在感を控え、そっと寄り添ってくれる。
「ちょっとひとりで本を読みたいとか、自分と向き合いたいとか、現実から離れてゆっくり過ごしたいとか、そういう時間を提供したいと思っています。店の規模が小さいのでやれることは限られていますが、いつかは夜営業もやってみたいですね」
焦がし風味が強そうなプリンも、実はオレンジのリキュールを加えてさっぱりとした後味に。冷たいカフェラテとの組み合わせは、これからの暑い季節にぴったりだ。ホッと心のこわばりをほぐしてくれるような、温かさを感じられるカフェ。ここでいただくコーヒーやエスプレッソには、理屈ではなく心で味わうおいしさがあった。
■湯本さんレコメンドのコーヒーショップは「hikure.」
「愛知県豊川市にある『hikure.』をおすすめします。コーヒーがおいしいのはもちろんですが、『どこが好き?』と聞かれたら『やっぱり人柄が好きだな』と思います。コーヒーを担当しているオーナーの石部さんのほかに、お菓子を担当しているスタッフさんがいて、ふたりに会いに行っているお客さまも多いのではないでしょうか。店をオープンしたのは当店の方が少し早いので、石部さんはお客さまとしてもよく当店へ来てくれていました。『hikure.』がオープンしてからは、定休日が当店と同じなのでお互い店は足を運ぶのはなかなか難しくなりましたが、たまに顔を出すと定休日でも焙煎作業をしていることなどがあり、今も交流は続いています」(湯本さん)
【喫茶toiのコーヒーデータ】
●焙煎機/煎りたてハマ珈琲半熱風式1キロ
●抽出/エスプレッソマシン(ラ・マルゾッコ リネアミニ)
●焙煎度合い/中煎り〜深煎り
●テイクアウト/あり
●豆の販売/100グラム730円〜
取材・文=大川真由美
撮影=古川寛二
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