広小路伏見交差点の南東角に、100年以上も営業を続ける居酒屋がある。その名も「大甚 本店」。1907(明治40)年創業の老舗として、知名度はもはや全国区といっても過言ではない。

■ 店主も女将もこの道50年以上の大ベテラン

「祖父が始めた当時の店は、終戦間際の空襲で燃えちゃってね。戦後の数年間はバラック小屋で営業していたこともあるんです」と話すのは、3代目店主の山田弘さん。現在の店舗が建てられたのは1954(昭和29)年。ヒノキの一枚板を使ったテーブルやケヤキの壁板など、店内の様子はその当時からほとんど変わっていないそうだ。

両親が病弱だったため、高校生のころから店を手伝っていたという山田さん。大学卒業後の1960(昭和35)年に店を継ぎ、良子さんと結婚してから、夫婦で力を合わせて店を切り盛りしてきた。現在は長男夫婦と次男夫婦も加わり、ほかに信頼の置ける料理人が3名とアルバイトが約10名。家族を中心とした大所帯での経営だ。

■ 毎日40品以上の小皿料理を手作り

山田さんが店に入るのは毎朝5:00過ぎ。下準備を済ませてから、名古屋駅に程近い柳橋中央市場に足を運ぶ。早朝に三河湾で水揚げされたばかりの魚介や地物の野菜など、仕入れは素材の産地や鮮度にこだわっているという。店に戻ると休む間もなく調理に取りかかり、仕入れの内容に合わせ、てきぱきとその日のメニューを決めていく。

店で出す料理は、焼魚や焼鳥など注文を受けてから作る場合もあるが、基本は作り置き。煮付けや和え物など酒に合う素朴な家庭料理を中心に、毎日40品以上の小皿料理(250円〜)を用意する。

「昔は名古屋人好みの濃い味付けが多かったんだけど、最近は若い人や名古屋以外のお客さんも増えてきたし、全体的に薄味にしてますね」と山田さん。老舗の看板に寄りかかることなく、常に新しい味付けや料理を工夫しているそうだ。

同店名物の酒といえば、1941(昭和16)年から使い続けている広島の銘酒「賀茂鶴」(大徳利720円)。四斗樽で仕入れているので、香りのいい蔵出しがいただける。

「長い付き合いだから、特別に出来のいいものだけを回してくれる。ありがたいことだよね」と微笑む山田さん。とくに燗にすると絶妙な旨味が引き立つという。

■ 「おいしかったよ」が一番の励み

開店時間は16:00。山田さんが戸を開けて「お待たせしました。どうぞ」と声をかけると、外で待っていた客が続々と入ってきて、好きな小皿料理(250円〜)を選んで席に持っていく。店内が活気づいてくるまではあっという間だ。いつも19:00を回ったころには、半分くらいの小皿料理が売り切れてしまうそう。

最後は皿や徳利の数を見て、なんとそろばんで会計。「計算機だと押し間違いもあるから。こっちの方が正確だよ」と山田さん。慣れた手つきで玉を弾いた後は、戸口まで客を見送るのも山田さんの仕事だ。

「一番うれしいのは、帰りがけに『おいしかったよ、ありがとう』なんて声をかけられるときだね」と山田さん。閉店後の後片付けも入れると毎日17時間も店に立っている計算になるが、「そんな疲れも一気に吹っ飛んじゃうよ」と笑顔を見せる。丁寧に作られた家庭的な料理とおいしい酒、そして心温まる接客。そんな同店の魅力は、これからも色褪せることはないだろう。【東海ウォーカー/藤原均】