日本人の食にとって絶対に欠かすことのできない醤油。関東圏の醤油がしょっぱめのものが多いのに対し、九州圏・沖縄などの刺身醤油は甘いものが多い。双方出身者にとって、このギャップはなかなか埋め難く、「食の違い」を語る際によく話題になる。

しかし、この醤油の味の違いについて、明確に答えられる人はそう多くはおらず、漠然とした認識を持つ人が大半ではないだろうか。

そこで今回は、今年で140周年を迎えるという佐賀県の老舗醤油メーカー・宮島醤油の担当者の方に話を聞き、この秘密についてご紹介したい。

■九州の醤油が「甘い」ルーツは、長崎出島にあった!?

明治15年(1882年)に佐賀県唐津市で醤油と味噌の醸造所として始まった宮島醤油。現在は醤油や味噌だけでなく、レトルト食品、スパイス、焼肉のたれといった調味料も製造・販売している。また、自社商品の他にも他メーカーからの委託を受けて製造するOEM、ODMも行っているという。

こういった広い視野・知見を持つ宮島醤油・担当者の方に、冒頭でも触れた「九州の醤油が甘い理由」をズバリ聞いてみた。

「九州の醤油が甘いのは、醤油に砂糖や甘味料が入っていることにありますが、背景には江戸時代の鎖国の中、唯一外国の窓口であった長崎出島から荷揚げされた砂糖の影響が大きいと言われています。現在も長崎〜佐賀〜小倉の街道をシュガーロードと呼びますが、他の地域と比べ砂糖が手に入りやすかったこともあり、甘めの味付けが好まれるようになったので醤油も甘くなったと考えられています」(宮島醤油・担当者)

言い換えれば、遠い昔の流通網で砂糖が入手しやすかったために「醤油に砂糖を使った」ということだが、しかし、そもそもの醤油の作り方や原材料は関東と九州地方での違いはないのだろうか。

「関東から九州に来られた方から『作り方が違うのですか?』『原料が違うのですか?』とよく聞かれますが、製造工程、原料は全く同じです。醤油の原料は基本的に大豆(脱脂加工大豆)、小麦、塩で、製造工程も原料処理→麹づくり→発酵熟成→圧搾(搾りだし)で生揚(きあげ)が作られた後に、火入れと呼ばれる殺菌工程があるのですが、九州の醤油にはその際に砂糖や甘味料で味付けを行っている違いがあるだけなのです」(宮島醤油・担当者)

■単に「しょっぱい」「甘い」だけでは語りきれない、深過ぎる醤油の世界

他方、近年では「しょっぱい醤油」「甘い醤油」というザックリした分類分けだけでなく、各メーカーとも、実に細分化したさまざまな醤油をリリースしている。某大手醤油メーカーでは、その種類は50以上とも言われ、消費者にとってはさらに混乱することもある。この点についても聞いてみた。

「地域ごとに食文化の違いは当然あって、使う醤油を決めているご家庭も多いと思いますが、まずは醤油には『淡口』『濃口』『再仕込み』などいろいろな種類があるということを知っていただきたいですね。さらに、淡口にはお吸い物、濃口は煮物に最適等も知っていただくとお料理の幅も広がると思います。いろいろな醤油を試してみて、お好みの醤油を見つけていただけると嬉しいです。

ちなみに宮島醤油の『さしみ醤油』は全国的にも生産量の少ない『再仕込み醤油』であり、通常麹と塩水で仕込むところを、塩水ではなく濃口生揚で仕込むことで、濃厚な色・味・香りに仕上げています。今年3月に発売した『魚の旨み引き出すさしみ醤油』もその一つで、醤油の強い旨みと風味が、魚の旨みをさらに引き出しています」(宮島醤油・担当者)

■「しょっぱい」「甘い」だけでなく、細分化された「醤油の使い分け」が習慣になるような活動も

『魚の旨味み引き出すさしみ醤油』を実際に味見してみたが、単に「甘い」というだけでなく、しょっぱさとの足し算のような濃厚で奥深い味わいだった。いわゆる「九州の醤油は甘い」と言い切ることができない味であり、これまでにない刺身の味を楽しむことができた。宮島醤油の担当者の方によれば、その味は魚に含まれるイノシン酸と、醤油の中にあるグルタミン酸との掛け合わせによって生まれるのだとも。

「醤油はアミノ酸を多く含んでいます。各種アミノ酸はさまざまな味に関わっており、その中でも醤油のうま味の中心的な役割を果たすのがグルタミン酸です。魚介類に多く含まれるイノシン酸が醤油のグルタミン酸と合わさることで、うま味の相乗効果が発揮されます。ぜひ、うま味の強い刺身醤油で刺身を食べてみてください。

また、醤油メーカー各社では近年「つけ・かけ用」の醤油も、つける食材によって変える動きがあります。『醤油の使い分け』を当たり前にするために、さまざまな活動をする『醤3』というプロジェクトもあり、宮島醤油もその活動に賛同しています。醤油の奥深さを知っていただくためにも、こういった活動にも是非ご注目いただければ幸いです」(宮島醤油・担当者)

九州の醤油が「甘い」理由は、遠い昔の砂糖の流通網の影響であることがわかったが、一概にそれだけで語ることができず、またその製法もさまざまであることがわかった。これを機に改めて関東圏・九州の醤油をはじめとする食文化や慣習の違いを深く探ると、より深い食の楽しみが増えるかもしれない。

撮影・文:松田義人(deco)