人は誰しも落ち込むことがあります。“下を向くこと”は悪いことのように思えますが、仏教では大地や原点を見つめるきっかけになると考えるようです。僧侶の川村妙慶さんは、仏教にはこうした「向下」の考え方があると説きます。

3月24日にテレビ静岡で放送されたテレビ寺子屋

テレビ静岡で3月24日に放送された「テレビ寺子屋」では、僧侶の川村妙慶さんが仏教の言葉や考え方を紹介しながら、生き方について語りました。

頑張っても成果が出ないとき

僧侶・川村妙慶さん:
人から励まされるとき、または自分が誰かを励ますときには、「頑張ってね。もうちょっと前を向いて、やる気を起こそうよ」と、背中をポンポンと押します。私も落ち込んだときにそういう言葉をかけてもらうと嬉しいものです。

でも、頑張ろうと思ってもなかなか頑張れないこともありますね。例えばスポーツ選手。優勝した人がインタビューで、「みなさんの応援があったから優勝できました」と話すことがあります。では、結果を出せなかった、優勝できなかった人は、誰からも応援してもらえなかったのでしょうか。そんなことはないですよね。

下を向くことは大地を見つめること

一生懸命頑張ったときに結果が出せたらいいのですが、出せなかった場合どうなりますか。力を出すのにも限界があり、目標をなくして「私は何のために頑張ってるのだろう?何のために生きているのだろう?」と落ち込むこともあります。実は、それはチャンスをもらったということなのです。

落ち込むということは下を向きます。下を向くことは悪いのでしょうか。仏教では、もう一度自分の原点を見直すきっかけなのだということを教えてくれます。

支えてもらっている大地をもう一度見つめ直す。これを「向下(こうげ)」と言います。

ありのまま大地に立つ

私たちは「知識があれば生きていける、しっかりとした意志をもったら生きていける」と、強い自分を見せたくなります。それももちろん必要です。けれど、人間は突然辛いことに直面するともろくなります。強く生きることが本当の強い人ではないのです。自分の弱さが見せられたとき、その人はいい意味で強くなれるのです。

弱さを受け入れてくれる大地。親鸞聖人の「仏地に樹て(たて)」と言う言葉があります。「仏様の大地に立たせてもらったらそれでいいんですよ」という意味です。どんなことがあっても必ず受け入れてくれる安心する大地に、そのまま立たせてもらえばいいのです。

私たちが今こうして頑張れるのは、自分ひとりの力ではありません。大地に支えてもらっているからジャンプもできるし、寝ることもできるし、いろんなことができるんですよね。

支えられていることを忘れない

私たちはみな、共に支えられて生きているのだということを感じることが大切です。ひとりよがりの喜びではなく、「よかったらあなたもやってみて」「これ一緒に食べない?」と、喜びは分け与えていくものです。

のぼり詰める、頑張るということも大切ですが、だからこそ「疲れたな、なんかしんどいな」と思ったときには、ちょっと力を抜いて足元を見て、自分が支えてもらってるものを確認しましょう。「私もおかげで今日まで生きてきました」という気持ちで生きていってほしいと思います。

川村妙慶:福岡県生まれ。真宗大谷派僧侶。関西を中心にラジオ番組のパーソナリティーなどをつとめる。ホームページで日替わり法話を毎日更新し、メールでの悩み相談にも応じている。

※この記事は3月24日にテレビ静岡で放送された「テレビ寺子屋」をもとにしています。