登場と同時に「シーマ現象」を一蹴! 「初代セルシオ」が示した「わかりやすい」高級感とは

世界の高級車に匹敵する静粛性と快適性が衝撃的だった

 日産自動車からシーマが発売されたのは、1988年のことだ。それまでにも、セドリック/グロリアの3ナンバー車や、トヨタ・クラウンにも3ナンバー車があったが、3ナンバー専用車という意味でシーマは新たな市場を切り拓いたといえる。もちろん、日産プレジデントやトヨタ・センチュリーは3ナンバー専用車種だが、それらはおもに運転手付きで乗るハイヤーや社用車として利用されるのがほとんどであったから、所有者個人が自らハンドルを握る3ナンバー専用乗用車として、シーマは希少な存在だった。

 80年代後半はバブル経済期であり、上昇志向による高級品の消費が右肩上がりとなっており、シーマはその象徴として取り上げられ「シーマ現象」といった言葉も流行った。排気量3リッターのV型6気筒エンジンは、自然吸気と過給の2種類があったが、250馬力以上のターボエンジンをフル加速させたとき、車体後部を下げて猛然と速度を上げていくさまはアメリカ車のように豪快だった。室内は、ホーンの位置に操作ボタンが並び、それを操作するためホーン部分が回転せず、ステアリングホイールのみが回る様子も独特で、それがシーマを運転しているという実感を強くもたらした。

 2年後の1990年に、トヨタからセルシオが誕生する。また日産からもインフィニティQ45が登場する。この2台が、米国でのレクサスとインフィニティという販売網の象徴的4ドアセダンであるのだが、セルシオ(米国ではレクサスLS)は3ナンバーの高級車として新たな価値をもたらし、日米市場で衝撃をもって受け入れられた。それは、名だたる世界の高級車にも匹敵する、あるいはそれ以上かもしれない静粛性と乗り心地の快適さだった。また外観は、どことなくメルセデス・ベンツに似ているところもあり、ドイツの高級車としてけん引してきたメルセデス・ベンツと競合しようとする意志を伝えてきた。

あらゆる面で高級車という概念をわかりやすくしていた

 セルシオに乗ってなにより印象的なのは、その静粛性だ。アイドリングで停車している際の振動も極めて少なく、エンジンがかかっているかどうかわからないと思わせるほど、徹底した振動対策がおこなわれていた。

 それらの特徴は、なによりエンジンを始動したときから実感できることであり、シーマでV型ターボエンジンを猛然と加速させるような、特別な運転をしなくても日々実感できるセルシオならではの特徴であった。しかも、必ずしも運転に自信のない人であっても、乗ったとたんにわかる特別な感触だ。万人にわかる高級という価値を、セルシオは味わわせたのである。

 一方、インフィニティQ45は、シーマと同様に堂々たる走りではあったが、静粛性や乗り心地といった点においては必ずしも群を抜いてよいという実感をもたらさなかった。もちろん悪くはないが、高級さを直接的に実感しにくい印象があった。また、シーマとともにQ45も日本の伝統美を造形に織り込む独自性を示したが、それが必ずしも高級車の外観や風合いに馴染んだかどうかはわからない。逆に、メルセデス・ベンツのように思わせるセルシオのほうが、高級車という概念を分かりやすくしていた。

 のちに、3代目のシーマでは、国産車としてはじめて自動ブレーキ機能を持つ車間自動制御システムを搭載するなど、技術の日産を思わせる装備が採用されたが、高級車をわかりやすく多くの人に実感させる手法は、セルシオがなお上まわっていたかもしれない。

 結局、日米両市場においてもセルシオの分かりやすさが浸透したといえるのではないか。その後、国内においてもレクサスLSとして販売されるようになってからも、日本の高級車を象徴する一台として進化を遂げている。

 一方、シーマは2010年で一旦歴史を閉じ、12年にハイブリッドの4ドアセダンとして復活し今日に至る。インフィニティQ45は、国内は初代で終わり、シーマに集約され、海外ではシーマの兄弟車としてQ45の名称が与えられたが、2001年で生産を終えている。