クルマの「肥大化」は「過度な速度追求」の結果! 無意味な性能争いをメーカーが「自制」する時代が到来した

厳格化する安全基準を満たすには大きくならざるを得なかった

 クルマの肥大化が止まらない。また、新車価格も高くなる傾向にある。

 それらは、時代の要請といえる。ひとつは、1990年代から強化されてきた衝突安全性能の向上だ。

 クルマが衝突した際に、人命を守るのは当然のこととはいえ、その衝突安全性能の基準速度が年を追うごとに高くなってきた。当然、衝突の衝撃は速度が高くなるほど大きくなり、より衝撃吸収能力が高く、なおかつ客室は堅牢で乗員の生存空間を守らなければならない。

 衝撃吸収構造とは、簡単にいえば車体寸法に余裕があるかが一つの指標であり、衝突した場所から客室まで距離を稼げれば、その間に衝撃を吸収しやすくなる。結果的に車体寸法は大きくならざるを得ない。ことに側面衝突に対しては、ドアや支柱から座席までの距離が短いので、5ナンバー車の幅より3ナンバー化したほうが空間を稼げる。

 ところが、車体寸法が大きくなれば、それだけ多くの鋼板が必要になり、車両重量が重くなる。そのまま車両重量が重くなるに任せていたら、加速など動力性能が落ち、出力の大きなエンジンを載せなければならなくなる。重い車体と、馬力の大きなエンジンの組み合わせは、燃費を悪化させる。すなわち、二酸化炭素(CO2)排出量を増やすことにつながり、気候変動を加速させてしまう。重くなればブレーキの制動距離も伸びる。

 そこで、薄く軽くしても剛性の高い高張力鋼板や、超高張力鋼板といった高度な技術を使った鋼板を使わざるを得なくなり、そうした高度な鋼板は、当然ながら高価格だ。原価が上がるので、新車価格も高くなる。

 加えて、電動化や自動運転化といった先進技術の搭載もある。それらによって原価がより高くなる。

 環境問題という時代の要請もあるが、そもそもクルマが大きくなる背景にあったのは、衝突安全性能の向上が目指されてきたからで、そこには、ドイツ主導の動きもある。ドイツには速度無制限区間のあるアウトバーンがあるため、超高速からの事故で人命が守られるようにするには、規制における事故時の設定速度も高くせざるを得ない。

ブツからないクルマ完成までは最高速度を規制するしかない

 これに対し、安全なクルマとして永年親しまれてきたスウェーデンのボルボは、かねてより交通事故による死傷者ゼロを掲げてきたが、目標とした年次に達成できないことを明らかにした。原因は、速度にある。したがって、ボルボは、ドイツも含め世界で販売する新車の最高速度を時速180kmまでにすると決断した。

 速度を追い求めることは、個人の自由の範疇だ。とはいえ、度を越した速度の追求は、単独事故だけで済まず他人を巻き込む恐れも高まり、ほったらかしていい話ではない。サーキット走行なら話は別だが、公道での速度にはおのずと適正な規範が求められる。

 また電気自動車(EV)の時代を迎えるに際し、やたらな高速走行は、バッテリーを過熱させ、走行距離を極端に短くする。ドイツのメルセデス・ベンツでさえ、EQCでは最高速度を時速180kmとし、それがEVとして適切な速度だと開発責任者は語った。

 速度への夢が無用だという話ではない。しかし、必ずしも公道でなければ意味がないということではなく、たとえばドイツのポルシェは、世界にエクスペリエンスセンターを建設し、今年、日本の千葉県・木更津にも開所する。つまり、今日のポルシェのあらゆる性能を存分に堪能するには、公道以外の適切な場が必要だということを示している。

 公道での無暗な速度の追求が、クルマの大型化と高価格化をもたらした。そろそろ、それは限界に達していると考えるべきだ。

 また、自動運転が完成し、ぶつからないクルマが生まれれば、小型で快適なクルマの価値が、より人々に注目されるのではないか。