水素活用は「燃料電池」だけが答えじゃない! トヨタが示した「別の」回答と将来への可能性

カーボンニュートラルへの取り組みはEV以外にもある!

 EVが「カーボンニュートラル」に対してきわめて有効な手段であり、これまでの化石(石油)燃料による内燃機関にとって代わり、2030年頃には自動車の主方式になりそうな気配である。構造的に二酸化炭素の排出があり得ない電気モーターは、カーボンニュートラルに対してきわめて効果的なパワーデバイスというのが現在の評価だ。

 逆に言えば、地球環境を保全する視点からは、二酸化炭素を排出する化石燃料による内燃機関は、もはやその使用限界が見えたことになり、次世代パワーユニットとして電気モーターを使うEVが絶対視されているのが現状だ。自動車という非常に有益で便利な道具が、構成内容が変わっても存続することはありがたくもうれしい限りだが、発展する形態はEVだけなのだろうか? という素朴な疑問も湧いてくる。

 こうした状況下で、ゼロカーボンに対する取り組みが、EV以外にもあると提言したのがトヨタだった。5月22〜23日に開催された「富士24時間レース」に水素燃料を使うカローラスポーツを参戦させたのである。車両はGRヤリスのパワートレイン系を流用した車両で、燃料をガソリンから水素に代えた内燃機関搭載車である。水素を燃料とする自動車は、EVの一形式であるFCV(燃料電池車)が知られているが、このカローラスポーツは、水素を内燃機関の燃料として使うことが大きな違いとなっている。

 水素燃料車といえば、古くは1970年代のダイムラー・ベンツ、最近ではBMWそしてマツダ(ロータリーエンジン)といった自動車メーカーや大学の研究室などで開発を進めていたことが知られている。なにより水素燃料車は、燃焼が水素と酸素だけで行われるため、理論的には無公害エンジン(窒素酸化物の生成はあるが希薄燃焼等で抑えられる)としての可能性が着目され、石油燃料に代わる代替燃料という意味も含まれていた。

 ちなみに、物質としての水素だが、元素周期表の先頭にくる軽い元素で、地球上ではもっとも軽い気体、自然界では水素分子(気体)の状態で存在することが皆無(水、化石燃料、有機化合物といった化合物の状態で存在)、空気に対する比重は0.0695で拡散速度がきわめて速い、という特徴が広く知られている。常温では気体、マイナス252.6℃で液化し、気体状態との体積比は800分の1で非常に凝縮された形態となる。酸素との混合状態で着火すると激しい爆発を起こし、混合比は下限が4.65%、上限が93.3%(空気との混合比で言えば下限4.1%、上限74.2%)と非常に広い爆発限界範囲を持つ物質である。

 なお、水素には、水素原子が金属に吸収されることで、静的な荷重を受けている金属素材(とくに鋼製品)の粘り強さが低下し、もろくなって破断する水素脆性の問題があり、古くから水素を取り扱う上での大きなネックとなってきたが、素材への水素の浸入、素材内部での水素の拡散を防ぐ処理方法が考え出され、対処策として用いられている。

水素燃料車でレース参戦した意義を直撃

 さて、今回水素燃料車の開発を公表したトヨタといえば、1990年代からHVのトップランナーとして世界をリードし、当然ながらHVの構成要素であるEVに関しても第一線級のノウハウを持つメーカーとして見られているが、そのトヨタが、突然、水素燃料車の開発研究を行っていると手の内を明かしたのである。言い換えれば、カーボンニュートラルを実現するにあたり、EV以外にもアプローチ方法があることを、世の中に対して告知、提言したかたちである。

 気になったのは、なぜトヨタが、それもこのタイミングで水素燃料車開発の情報を公表したのか、ということにあった。このあたりは、カローラスポーツ水素燃料車の開発を担当したガズーレーシングカンパニーGRZ主査の坂本尚之氏にうかがうことができた。その坂本氏、水素燃料車がゼロカーボンであることを前提にこう語ってくれた。

「トヨタとしては、ユーザーの方に幅広い選択肢を用意することが大切ではないか、と考えたからです。ゼロカーボンを目指すなら、EVでその目的を達することができます。しかし、自動車ユーザーに対し、EV以外にも他の選択肢があることを提示できれば、ユーザーの方は、より自分に合ったシステムの車両を選ぶことができるようになります。水素燃料車を開発する目的は、まさにこの点にあります」

 内燃機関と電気モーター、給水素(燃料補給)と充電と、ドライバビリティやユーティリティのまったく異なる車両が市場に存在することは、車両選択肢の幅が広がることを意味し、ユーザーメリットそのものになる、という考え方である。さらに、今回、富士24時間レースを水素燃料車公表の場としたことについては、こう続けてくれた。

「水素燃料車自体については研究開発を続けていました。ただ、今回富士24時間レースに参戦することになったのは、昨年末、開発車を試乗した小林可夢偉選手が「可能性を感じるからやってみれば?」と提案してくれたことがきっかけです。幸いなことに、スーパー耐久シリーズが新たな技術開発、実験の場としてST-Qクラスを設けてくれたため、富士24時間レースに参戦することを計画しました。もちろん、勝敗という意識はまったくなく、むしろ、レースが自動車の性能を極限で使う場、試したことが即結果として反映される場と解釈し、走る実験室、走る研究室という意味で参戦を決めました」

 富士24時間レースに参戦したカローラスポーツ水素燃料車、正式車名はORC ROOKIE Corolla H2 conceptでドライバーは、井口卓人/佐々木雅弘/モリゾウ(豊田章男)/松井孝充/石浦宏明/小林可夢偉の6人による構成。いろいろなカテゴリーのレース車両を乗りこなしてきた熟練ドライバーで編成されたのはこのクラスのレースとしては異例だが、社長自らも水素燃料車の研究開発に積極的な姿勢であることを強く示す体制だった。

カーボンニュートラルへの取り組みに新たなる方向性

 では、性能に関して未知数の水素燃料車だが、ガソリン燃料車と較べるとどの程度なのだろうか? 燃料自体が持つ発熱量で比較すると、低発熱量比較でガソリン44.4MJ/kg、水素121.0MJ/kg、高発熱量比較でガソリン47.3MJ/kg、水素141.8MJ/kg(NIST Standard Refarence Databaseより)となるが、当然ながらガソリンと水素の燃焼条件が同じでないこと(たとえば空燃比など)、水素内燃機関の完成度がまだ開発途上現状にあることなどから、現状では出力性能などは、ガソリン内燃機関が上まわっている。ただ、坂本主査によれば「ガソリン機関と同等まではいかないが、かなり近い線にまではたどり着いている」とのこと。言葉の端々に手応えを伝えてくるが、その一方で「燃焼コントロールが非常に難しく大きな課題のひとつとなっている」と問題点もにじませていた。

 実際、動力性能を見るには、サーキットレースは一目瞭然の舞台で、車両の実力はラップタイムによって知ることができる。パワートレイン系をGRヤリスの流用、4WD機構を備えたこのカローラスポーツは、正確に性能比較ができる同一仕様のガソリン車は今回なかったが、もっとも近いと考えられるST-2クラスのヤリスが1分56秒前後のラップタイムだったことに対し、カローラスボーツは2分6秒台と10秒前後の開きがあった。もっとも、試験参加、実験参加のカローラスポーツが全力走行を試みること自体が考えにくく、また車両重量も重く、「24時間レースの完走で豊富なデータを得たい」というトヨタ側の参戦目的からも、即座に性能判定をしようとするのは誤りというものだ。

 レースに使った水素は、化石燃料の発電に頼らない電力(二酸化炭素無排出の発電、再生可能エネルギーなど)によって作られたグリーン水素で、福島県から輸送してきた気体水素だった。水素燃料車は、ゼロカーボンを特徴とする自動車であるだけに、水素を作り出す電力の内容も当然考慮している、というアピールである。このあたりは、EVを無公害、ゼロカーボンと謳いながら、充電する電気はどうやって作るのか(火力発電では意味がない)というロジックとまったく同じである。

 カローラスポーツの1スティントはだいたい10ラップ前後。1回の水素補充に要する時間は7〜8分を想定。気体水素の充填の場合、急速充填を行うと熱膨張の問題があり、基本的には緩充填となるのだが、根本は水素の体積エネルギー密度がガソリンの3000分の1と極端に小さく、この問題をいかに解決するかが現状での課題となっている。ちなみに、今回のカローラスポーツ水素燃料車は、ピットストップの際に各部のチェックを入念に行ったため、レース終了時のトータル周回数は358周とかなり少なめで、走行距離に換算すると1633kmだった。(優勝したダイシンGT-Rは763周、3481kmを走破)

 温室効果ガスに占める76%が二酸化炭素で、このうち自動車が排出する分は20%に満たないと算出されているが、排出削減に取り組むカテゴリーとしては最優先で行える対象物でもある。こうした流れのなかで自動車業界は、EV一極化に歩調を揃えたような印象も与えているが、自動車誕生以来130余年にわたる研究開発によって進化発展を遂げ、ユーザーも慣れ親しんだ内燃機関を、そう簡単に捨てきれるものではない、というトヨタの強いメッセージ性を感じさせる今回の水素燃料車開発プロジェクトである。水素燃料車の実現にあたり、解決すべき問題は技術面、インフラ面でいろいろあるが、自動車業界が1度は諦めたと見えた水素燃料車に対し、トヨタが再注目したことで新たな方向性が示された、そんな思いを抱かせるカローラスポーツ水素燃料車の走りだった。