バブル景気と衝撃の崩壊が起こった1990年代! 当時の若者が喉から手が出るほど欲しかったクルマ4台

この記事をまとめると

■1990年代はバブル期もありクルマが飛ぶように売れた

■当時の若者が憧れたクルマをピックアップする

■今なお高い人気を誇り中古車相場が高いクルマも存在

1990年代はクルマがもっとも輝いた時代!

 1990年代とひとくくりにできないほど、この時期の日本経済は大きく揺れ動いた。バブル経済の崩壊のタイミングには諸説あるが、遅いほうをとっても1993年頃には今に至る日本経済の沈下は始まっていた。実際、株価や地価の下落は始まっていたが、1992年までは日本の若者は、経済は右肩上がりと信じていた節がある。

1)メルセデス・ベンツSクラス(W140)

 そんな時代背景から、若者が憧れたのは乗用車の最高峰といえるメルセデス・ベンツだ。それも当時の最上位モデルである「Sクラス」が憧れの対象だった。いわゆるW140と呼ばれるモデルである。それ以前の、W126型においては最上級グレード「560SEL」がシンボルとなっていたが、W140に憧れる若者はV12エンジン搭載車を選ぶわけではなく、むしろ3.2リッター直列6気筒エンジンを積んだ「300SE」というエントリーグレードを選び、エンブレムを500SEのそれに変えるといったアソビ心あふれる楽しみ方をしていた印象もある。

 それでも前期型の300SEの価格は1000万円、誰もが乗れるわけではなく、憧れの存在であることは間違いない。とはいえ20代の若者であっても、ビジネスで一発当てればメルセデス・ベンツSクラスに乗れるというのも、またバブルの残り香ゆえだったろうか……。

2)トヨタ・ハイラックスサーフ

 現実的に、1990年代前半の若者が憧れたモデルとして思い出されるのが、トヨタ・ハイラックスサーフだ。まだSUVという言葉は使われておらず、RVブームとして1BOXやクロカン4WDがひとくくりにされていたのが1990年代前半。RVブームの主役は三菱パジェロだったが、若者はスタイリッシュなハイラックスサーフに憧れたものだ。

 1989年にフルモデルチェンジしたハイラックスサーフの初期型における中心的なパワーユニットは2.4リッターディーゼルで、最高出力は94馬力。いまにして思うと非力なRVだったが、ハイラックスサーフを駆って、夏は海へ、冬はスキー場に向かうというのは、憧れのライフスタイルのひとつだった。なお、当時の新車価格は225万5000円。この当時、200万円を超える価格は高価なイメージだったが、モテたい若者は初任給やボーナスを当てにしてローンを組んだものだ。

歴史的スポーツカーも1990年代を象徴する存在だ

3)日産スカイラインGT-R(R32)

 バブル経済のピーク、日経平均株価が3万8915円の最高値をつけたのは1989年12月29日。そんな1989年は国産車に良作が多発したビンテージイヤーともいわれている。そんな1989年を象徴するのが日産スカイラインGT-R(BNR32)だ。

 その年、フルモデルチェンジした8代目スカイラインは5ナンバーサイズのボディだったが、8月に追加されたGT-Rはブリスターフェンダーを与えられた専用の3ナンバーボディで、エンジンも専用設計のRB26DETT型、駆動方式は元祖スポーツ4WDといえるアテーサE-TS、後輪操舵機能のスーパーHICAS(ハイキャス)も備えるという、まさに日本車らしいハイテク満載のスポーツカーとして誕生した。GT-Rというビッグネームの復活ということもあり、多くの若者が憧れたモデルとなった。

 445万円という新車価格は、いまから考えるとリーズナブルだが、とはいえ当時の若者にとってはおいそれと手が出せる価格帯ではなく、GT-Rに憧れつつ、2リッターターボのスカイラインGTS-tを選んでいたケースも多かった。とはいえ、BNR32の総生産台数は約4.4万台。高価なGT-Rとしてはかなりの数が出たのは、やはりバブル経済華やかなりし頃に誕生したモデルらしいところだ。

4)ホンダNSX

 1990年代、クルマ好きの若者が憧れたクルマとして忘れられないのは、ホンダNSXだ。折からのF1ブームにおける最強のホンダエンジン、ミッドシップレイアウト、ホンダエンジンを駆ったアイルトン・セナ、世界初のオールアルミモノコックボディ、自然給気ながらVTECの採用で280馬力を誇ったV6エンジンなどなど、さまざまなエピソードやディテールが憧れの的となったものだ。

 当時の価格は栃木で800万円、東京では800万3000円。栃木にある研究所に隣接した高根沢工場で生産されたことが、この価格差を生んだのだろうか。いずれにしても、当初の高根沢工場はNSX専用ファクトリーであり、工場を新規で起こしてしまうほど贅沢な作られ方をしていたことも憧れを強くしたものだ。なおNSXのコンセプトのひとつに「エブリデイ・スーパーカー」というものがあった。

 ゴルフバッグの収まるトランク、気軽に乗れるATの設定などはスーパーカーにスパルタンを求める層には刺さらなかったかもしれないが、スーパーカーに日常性を寄与したという意味では、世界中のスーパーカー・ブランドに影響を与えた1台ともいえる。