たかがクルマの運転じゃない! レーシングドライバーはトップアスリートでなければ完走すらできなかった

この記事をまとめると

■レーシングドライバーは「速いマシン」を操るだけでいいと思われている

■レーシングドライバーには首にかかるGに耐える筋力や重いステアリングを操作する腕力などが必要

■トップカテゴリーで走るレーシングドライバーはオリンピアン同様に「トップアスリート」だ

レーサーがトップアスリートであることを知る人は少ない

「アスリートファースト」の理念のもと「東京オリンピック2020」が開催され、世界中がアスリートの熱い闘いに視線を注いだ。オリンピック種目にあるようなスポーツ競技に参加する選手はトップアスリートとして多くの努力と苦労を積み重ね、実力を磨き上げて人々に感動を与えることができるのである。

 オリンピック競技にはモータースポーツは含まれていないが、じつはレーシングドライバーもまたオリンピックカテゴリーの選手達と同様に厳しい身体的鍛錬を重ね、多くの労力を注ぐことで輝きを増せるスポーツなのだということを知る人はあまり多くない。

 柔道や水泳、テニスもサッカーも、人が力と技を発揮し競い合う。それは誰の目にも厳しい鍛錬なくしては成り立たない競技であると明白に映る。だが、レーシングドライバーはどうだろう。速いマシンに乗って、ハンドルとペダルを操作して走らせるだけ。それは身体的な鍛錬の必要性を見る人に感じさせない。そもそも日常生活的でも運動して身体機能を高めるためには徒歩で出かけることが善とされ、クルマを使っての移動は「楽」をするためととらわれているだろう。

 レーシングドライバーは「楽」して速く走るために「速いマシン」を操るだけでいいと思われているのだ。
僕自身、レーシングドライバーとして走り始めたころは身体的な鍛錬など必要ではないと考えていた。もちろん身体能力や持久力が高いにこしたことはないが、多くのオリンピックアスリートが行っているような日々の激しいトレーニングなどは必要ない。それより感覚的なドライビングセンス、レーシングカーを速く走らせる理論的知識の方が重要だと考えていた。

 だが、国内のトップカテゴリーにステップアップすると、高い身体能力が備わっていなければ、とても速いフォーミュラカーを走らせ続けることは出来ないと思い知らされた。

 1989年、国内トップフォーミュラであったF3000カテゴリーにステップアップして参加した最初のテスト。ウエットの鈴鹿サーキットで行われた午前中の第1セッションで、何とトップタイムを記録できた。それはドライビングポジションを見直し、ヒップポイントをより低く重心に近い位置に近づけ、ペダルレイアウトを手前にしてドライバー搭乗時のマシンの前後重量配分を徹底的に煮詰めてサーキットに乗り込んだ成果だった。

 しかし、午後に路面がドライに変わると、壮絶な横Gが全身にかかり、5周も連続して走れない。まず首がGに痛められて垂直を保持できなくなり、重いステアリング、踏力の必要なブレーキなど腰への負担が高まって身体が悲鳴を上げてしまったのだ。結局、ほかのドライバー達が取っている直立に近い運転姿勢になるようシートポジションを戻すはめになってしまったのだ。

レーシングマシンの操作には高い身体能力が必要だ

 それまでクルマ専門誌編集部員として生活していた身にとって、国内トップフォーミュラの身体的負荷は想像を絶する厳しさだったのだ。

 ボロボロになってテストを終え、帰京した僕はただちに慈恵医科大学病院の「スポーツ外来」を受診した。F3000レースの開幕戦までに2カ月しかない。それまでに身体能力を少しでも高めなければレースを完走することすら難しいと思われたからだ。

 さっそくトレッドミルなどで基礎体力が測定された。マラソンの瀬古利彦選手やJリーガーなどもいる身体能力測定室で、厳しい測定試験を受ける。およそ5分で嘔吐しまくり、あまりの身体機能の低さに担当の遠藤陽一先生も呆れていたものだ。

 そこからトレーニングメニューを作成してもらい、2カ月後の開幕戦に備えなければならない。まずはストレッチを毎朝30分。その後油圧式エアロバイクを2時間漕ぐ。筋肉トレーニングは無酸素のアイソメトリック方式で、首を中心に腹筋や背筋も鍛えた。ツーリングカーやF3レースなど3年ほどプロレーサーとして活動してきていたので脹ら脛(ふくらはぎ)の筋肉はJリーガーと同等と判定され、反射神経もプロスポーツ選手としては高位の成績と診断されたのは意外だった。握力は両手65kg、また動態視力は7.0以上で、アフリカの原住民族並みという成績だった。

 こうして2カ月間をトレーニングと走行テストで過ごす。テスト走行には遠藤先生も帯同してくださり、走行中の心拍数変化を計測。走行後に採血して血液特性も調べた。それはオリンピックやプロ競技選手達が行うのと同じアプローチで、その結果モータースポーツの過酷な身体負荷が明らかとなり、より適したトレーニング方法が導き出された。

 心拍数は走行初期から190回/分を超え、血中のステロイド濃度が高まるなどモータースポーツの過酷さが示されたのだ。

 レーシングドライバーの運動量はマシンに乗って座席に座り、ステアリングとペダル、シフトを操作するだけでほかのプロスポーツより圧倒的に少ない。しかし、連続してかかる大きなG変化、重いステアリングやペダル、シフト操作などは一般人がトレーニングなしですぐに操れる代物ではないことが明確に示されたのだ。

 トップカテゴリーで走るレーシングドライバーは、オリンピアン同様に「トップアスリート」であるのだ。