裁判所が略式起訴を「相当としない」と判断したわけは?

 さて、今回の労基法違反事件では、略式起訴を受けた裁判所が、略式手続によることを「相当としない」として、公開の法廷で正式裁判を行うことを決めました。これはどういうことでしょうか。

 大前提として、今回の場合、略式手続の要件は満たしていると思われます。すなわち、違法な長時間労働に対する罰則は、「6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金」です(労働基準法119条1号、32条。なお、法人には懲役刑は適用されません)。すなわち、本件は100万円以下の罰金の対象となる事件であり、なおかつ、簡易裁判所にも管轄がある事件です(裁判所法33条1項2号)。

 そうすると、被疑者である広告代理店自身に異議がない限り、検察官は略式起訴することが可能だということになります。実際に略式起訴がなされたということは、広告代理店は罪となる事実を認め、罰金が科されることに同意していたということになるでしょう。

 それにもかかわらず、裁判所が略式起訴を「相当としない」として認めなかったのは、なぜでしょうか。おそらく裁判所の中には、いわゆるブラック企業が社会問題となるなか、特に注目される労働問題に対して形式的に罰則を与えるだけでは不十分だとする考えがあるのではないかだと推測されます。

 略式手続の場合、非公開の書面審査だけで罰金刑が命じられます。そのため、事件の実態などは書類の記録には残るものの、公開の法廷には出てこないということになります。今後、正式裁判になった場合、公開の法廷で審理されますので、事件の実態や、事件に対する広告代理店側の受け止めかたが公開の法廷に出てくることになります。裁判所は社会的な影響が大きい事件だけに、公開の法廷で慎重な手続を取る必要があると判断したのでしょう。

略式起訴を不相当とすることの「危うさ」

 今回の裁判所の判断に対しては、労働問題に取り組んでいる側からは称賛の声も聞かれます。私自身も、心情的には裁判所の英断だと思いたい反面、ある種の危惧も覚えます。

 本来、刑事裁判が公開の法廷で行われるのは、被告人が一方的で不当な裁判を受けることのないように、国民全体で裁判所を監視することが目的であると考えられます。被告人に世間に向けた説明をさせたり、まして被告人を見せしめにすることは、刑事裁判の本来の目的ではないでしょう。

 裁判所は今回の判断の理由を明らかにしていませんが、もし、判断の根底に、公開の裁判にかけることを一種の制裁としたいという思惑があるのであれば、刑事裁判の本来の目的を逸脱するのではないかという気がします。