母が亡くなる前の5年間ほど、近所の総合病院から都心の専門病院、さらにはいわゆる「名医」にまで、母を連れて行っては診てもらった。

 しかし、どこへ行っても空しい気持ちになった。効果の有無よりも、母がひとりの人として尊重されていないと感じたからだ。

 病身を抱えて待ちに待ったあげく、診療は数分。コンピュータに顔を向けたまま、母には目もくれない医師。カルテすら見ていないのか、的外れな質問を投げる医師。

 「母のことをひとつもわかっていない」。私は落胆し、母にすまない気持ちでいっぱいになった。

 患者である母自身は、弱々しい笑みのうしろにどれだけの不安と屈辱を隠していたことか。母が安心して頼ることのできる医師をただのひとりも見つけられなかった無力感が、いまも私を苛んでいる。

推理仕立ての「よくある朝の診察室の風景」

 イギリスの家庭医・総合診療専門医(GP:General Practitioner)のように、腰を据えて患者とつきあい、患者を人として丸ごと診てくれる医師が、日本にもたくさんいてくれたら……。

 そんな積年の思いにこたえるかのように、本書が出た。イギリスのGPがプライマリ・ケア制度のもと、日々どのように患者と向き合っているかを、きわめてリアルに伝えている。

 著者は、英国家庭医学会最高名誉正会員・専門医のグレアム・イーストン医師。GPとして診療をする一方、インペリアル・カレッジ・ロンドン医学部で初期研修医のためのプログラム・ディレクターを務め、家庭医療・総合診療を学ぶ医学生や若手医師の指導にあたっている。BBCのラジオやテレビ、ウェブサイトで医学情報をわかりやすく伝える仕事もしているという。

 本書に描かれるのは、そんなイーストン医師の「よくある朝の診察室の風景」。午前中に入っている10分間の予約診察18件のようすが、18章の章立てで活写される。

 ただし、患者は実在の人物ではなく、25年の診療経験から著者がつくりあげたキャラクターと症例である。これが実にうまい。

 どの患者も、自分や家族あるいは身近な友人知人にそっくりな、どこかにいそうな人物。そのうえ、症例はバラエティに富むので、どのケースも他人事と思えない。

 一つひとつの章が芝居の一幕のように、次にドアをあけて入ってくる人がなんの病気であるかわからない、という軽い緊張感とともに幕をあける。