ザ・ドリフターズが活躍した時代とメンバーの生き方を解説・分析した本である。ドリフといえば、一定年齢以上の人たちは、子どもの頃、土曜日夜8時の到来に興奮し、繰り返し番組を見た記憶がある人も多いだろう。子どもに限らず、大人にも影響を及ぼした。子どもは学校の教室で、大人は職場や宴席などでドリフを話題にした。

ザ・ドリフターズのメンバーだった志村けんの死亡は社会を驚きを与えた(アフロ)『ドリフターズとその時代』(文春新書)

 それゆえに、メンバーが亡くなると大きなニュースになる。2年前の3月、喜劇王となった志村けんさんが新型コロナウイルスに命を奪われた時のショックは大きく、全国に衝撃が広がったことは記憶に新しい。ドリフは昭和から平成、令和にいたるまで日本の大衆の心をつかんできた希有な存在であった。

 しかし、本書『ドリフターズとその時代』(文春新書)冒頭で記されるように、ドリフはその存在の大きさに比べて正当に評価されていないのではないか、という強い問題意識が著者にあった。著者によると、これまで第三者によってドリフを歴史的に位置付け、その全体像を論じるようなことがなかったという。

 確かに、ドリフを同時代的に知る評者のような一般読者にもそうした感覚は多少ある。著者はその理由についてこう推論する。

 おそらくドリフは語りにくいのではないか。批評の言葉が得意とするのは、時代の先端に立って社会を風刺する笑い、人々の価値観を揺るがすような笑い、メディアの手法を実験的に開拓する笑い、などだ。初期の頃からマンネリと言われてきたドリフは、どこか時代に背を向けたところがある。ドリフの笑いは分かりやすいがゆえに、それ以上の解釈を必要としなかったのだろう。

 著者はさまざまな資料を渉猟し、正面からドリフを客観的に評価しようと向き合ったことが本書から見て取れる。

時代の寵児になれたその要因

 鬼籍に入った人が既に3人いるザ・ドリフターズは、いかりや長介、加藤茶、荒井注、仲本工事、高木ブー、そして志村けんの6人が歴代メンバーだった。6人が織りなしたドリフの歴史はまさに波乱万丈だった。