ロシアにおける9月3日は、第2次世界大戦で日本軍に勝利したことを示す「対日戦勝記念日」にあたる。ロシアのウクライナ侵攻で、プーチン政権はウクライナを支援する日本を「非友好国」扱いにしており、両国関係は昨年までの9月3日とはがらりと環境が一変した。

ロシアの「対日戦勝記念日」は、今年、違った形を見せそうだ(2010年9月、ロイター/アフロ)

 プーチン大統領側近からは「(日本は)全力でロシア嫌いを促す世界的運動を主導する立場」「ロシアは北海道にすべての権利を有している」との強硬発言も飛び出し、この日は北方領土で大規模軍事演習「ボストーク2022」の一部訓練が行われることも予想されている。見境がつかなくなった姿勢には、プーチン氏と個人的関係を結んだ安倍晋三元首相が逝去し、「防波堤」がなくなったことが背景にある。1991年の日ソ共同声明でミハイル・ゴルバチョフ氏が開いた両国の友好の扉は閉じられ、再び「冬の時代」に入ったと言えそうだ。

対ドイツとは異なっていた対日戦勝記念日

 ロシアは2010年、日本政府が1945年、東京湾上に浮かぶ米戦艦ミズーリ上で降伏文書に調印した9月2日を「第2次大戦終結の日」に制定した。しかし、保守派は当時、その翌日にモスクワなどで祝典が行われことをきっかけに、ソビエト共産党指導部が「対日戦勝記念日」と位置付けた9月3日を重視しており、20年にはその記念日を9月3日に変更された経緯がある。

 14年のクリミア併合で日本は、制裁を与える欧米諸国と同じ道を歩み、ロシア国内では反感を買うようになった。一方で「ウラジーミル」「シンゾウ」と呼び合い、困難な北方領土問題を何とか解決しようとした糸口も事実上消滅してしまった。9月3日に対する雰囲気が変わったのはそうした背景がある。

 しかし、ロシアにとってこの「対日戦勝記念日」は第2次大戦時には敵国だったナチス・ドイツに対する、5月9日の「対独戦勝記念日」に比べると、意味合いは大きく異なっていた。これまでもサハリン州などの一部地域で式典が粛々と行われるなどしていたが、一方で軍国主義の日本を咎めたり、事を荒らげたりしない方向で進んでいた。

 15年9月に「東方の窓」と位置づけた極東ウラジオストクで、ロシアと日中韓などのアジア太平洋国との経済的連携を深める「東方経済フォーラム」が始まった。毎年9月上旬にこの国際会合が開かれたため、対日戦勝記念日が持つ意味合いを減らす「毒消し」のような効果がもたらされたのも大きい。

 ロシア国営メディアも、安倍元首相が参加するこの東方経済フォーラムの方を重視して、露日の経済的結びつきの高まりを盛んに報じていた。

 クリミア併合直後の14、15年の2年間は、この対日戦勝記念日に、プーチン大統領が第2次大戦でソ連軍側についた国々を訪れ、記念式典に参加した。