平日は霞が関で政策を練り、休日は手弁当で地方へと繰り出す。総務省から内閣府地方創生推進事務局に出向している井上貴至氏は、そんな毎日を送っている。全国1800弱ある自治体の半数以上である1000もの自治体に足を運び、現地で住民らと酒を酌み交わし食事を共にし、祭りに参加して深く交流を重ねる。中央省庁の官僚とは思えないフットワークの軽さと人間的魅力で地域の課題に迫り、解決に導いていく。各所を飛び回り、課題と課題、人と人をつなぐその姿はまるで「ミツバチ」のようだ。

ときにスーパー公務員と呼ばれ、「地方を創る若い力30名」(朝日新聞社、2016)や「日本を元気にする88人」(フォーブスジャパン、2017)にも選出された地方創生のキーパーソン・井上貴至氏から見る地方創生の課題を聞いた。

全国1000以上の自治体に自腹を切って訪ね歩く現場第一主義の公務員

井上氏の現在の活動の源泉は学生時代にあるという。

「学生時代にゼミで最初に言われたのが『君たちは何も知らない。まずはどんどん現場に行きなさい』ということ。それをきっかけに、過労死遺族を訪ねたり、路上生活者のための炊き出しの現場など、何かが起きている実際の場所にとにかく足を運ぶようになりました」

こうして「現場を見ることを何より大切にしたい」という思いを胸に、井上氏は2008年に総務省に入省し、以来、愛知、鹿児島、愛媛と移り住んできた。特に、鹿児島県長島町への異動は自らが提案して創設された「地方創生人材支援制度」の第1号としての派遣だ。

地方創生人材支援制度とは、比較的規模の小さい市町村(原則人口10万人以下)に意欲と能力のある国家公務員や大学研究者、民間人材を市町村長の補佐役として派遣する制度(2015年度開始)。東京一極集中を是正し地方を活性化することを目的に、地方の自治体の長の補佐(副町長や顧問、参与)となる人材を派遣する制度で、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部が進めているもの。

▲内閣官房まち・ひと・しごと創生本部のホームページより

しかも井上氏は、派遣先の自治体だけでなく、全国1800の自治体のうち過疎地も含め1000以上の自治体に、土日・祝日に「私費」で飛び回っているという。そして、仕事を越えてあちこちの現場を実際に見て回ることで、生身ので受け取る情報はテキスト等を通して得られる情報よりも「解像度が高い」ことを実感したという。ただ訪問するだけでなく、そこに住む住民らと会話し、同じ釜の飯を食べることで物事をより広く深く知ることができる。もちろん派遣先でも一人の移住者として仕事をするだけでなく、できる限り地域住民と交流することで「解像度の高い」情報を得る。学生時代の学びを日々実践しているわけだ。

地方創生にデスクワークよりも現場感覚が大切だというのは、日々現地で地方創生のために尽力されている方々なら当然のことだと感じるかもしれない。とはいえ、これを外部者が継続するのは簡単なことではないだろう。そのモチベーションはどこから来るのか。

「Amazonで容易に欲しい本が買える時代であっても本屋に足を運ぶのは、そこに偶然の出会いを期待するからですよね。地方へ行くのもそれと同じ。自分が想像すらしなかった物事に出会えるからなんです。それに何より、人と会うのが好きだからです。必ずしも、仕事上のかしこまった課題解決を念頭に置いて訪問しているわけじゃありませんよ」

仕事を逸脱してプライベートの時間とお金をかけてまで、地方創生のため現場で確かな情報を収集する現場主義の公務員。このスタイルを維持できているのは、「楽しいから」というシンプルな動機あってこそなのかもしれない。

祭りに大切なのは共に待つ時間。関係性の維持が地域情報の解像度を高くする。

井上氏の出身地は大阪。街の変化については、10代の頃から疑問を抱いていた。

「大阪の街には、パナソニックやコナミといった世界に名だたる大企業が数多く生まれたのに、どんどん東京へ移っていってしまって。なぜそうなってしまったのか、漠然と疑問に思っていました」

入省して1年目の配属先に愛知県を希望したのは、この疑問に対するヒントを見つけるためだった。トヨタや日本ガイシといった企業が、地元を離れずに根付いている理由を知りたかった。

「愛知県への赴任は1年という短い任期でしたが、60の市町村を行き尽くし、思いっきり遊びながら地元のことを学びました。奇祭と呼ばれるものを含め愛知にはよそでは知られていない祭りがたくさんある。それらにどんどん参加することで地元の人と交流を重ねました」

▲愛知県稲沢市にある尾張大國霊神社 の「国府宮はだか祭り」。井上氏も裸にハチマキ姿で参加した

そこで感じたのは、地域で活躍することに誇りを持つ人が大勢いるということ。ボランティアを自称するようなこともなく、地元の子供らに野球を教えたり消防団に所属したりする人たちが地域を支えている現状が見えてきた。

地域の有力者や活発な人材が集う祭りに参加するのは、ヨソモノからすると手っ取り早くその地域を知るのに適しているのかもしれない。しかし、ただ参加すればいいというわけではないという。

「政治家が地元の人たちと一緒になって神輿を担ぐ様子が報道されることがありますが、それはパフォーマンスのことが多いと思う。僕は祭りって『待つに、助詞の“り”がついた』のだと思うんです。一緒に待つ時間を共有することです。神輿が出るまでの時間や来年の祭りまでの時間を共に待つ。『寒い、寒い』と言いながら一緒に熱燗を飲む時間が大事なんです。そうすることで地元の人の日常に想像力を働かせ、生活をリスペクトすることができるんです。だから僕は、できる限り祭りの前日には現地へ入り、少しでも『共に待つ時間』を持てるようにしています」

▲「山車(やま)」と呼ばれる巨大な車を氏子の男性が力強く引き回す、愛知県蒲郡市の三谷祭(みやまつり)。写真左が井上氏

さらに「解像度の高い」情報を得るためには、その日一日の時間を共有するだけで終わらせないことだ。一度つながりのできた人たちとは主にFacebookを通じて接点を持ち続けている。

「その地域のことが報道されれば『ニュースになっているのを見ましたよ』とメッセージを送ります」

一度訪ねたきりで終わらせず、常にその地域の日常にもアンテナを張りコミュニケーションを取り続けているのだ。

「情報というのは、人間関係を通して見ることで立体的になります。大切なことは余白の中にある。いろいろな人とたくさんの話をするからこそ気付ける物事があるんです」

課題解決のメソッドは別の地域に横展開できる。だから「ミツバチ」が役に立つ

もちろん井上氏は、「土日に全国各地の祭りに繰り出す旅人」というわけではない。

まるで「ミツバチ」のように地方を飛び回ることで、井上氏のもとには数多の地域の情報、人脈が蓄積されており、その情報や人脈を頼って全国から次々と相談ごとが舞い込んでくる。井上氏は自らが訪問した地方と他の地方の人材を結びつけることで課題解決のサポートもしているのだ。

「地方の自治体は、課題が明確でないまま漠然と困っているケースが多い。地域のプレーヤーやボランティア、ベンチャー企業をマッチングさせることで解決へ近づけることが多々あるんです。他の地域での成功事例をその地域の背景に合わせてカスタマイズしていけば解決への道筋が見えてきます」

例えば、計27の島々からなる人口1万人あまりの鹿児島県長島町へ赴任し副町長の任に就いた際には、阪急交通社と組んで役場内に阪急交通社長島大陸支店を開設。商工会や漁協などのローカルプレイヤーも参画して会議を重ね、地域超密着型ツアープランを作った。

長島町以外でも、オリィ研究所、Kakedas(カケダス)、With The World、Ridilover(リディラバ)などベンチャー企業やD×P(認定NPO)と地方自治体との架け橋となったり、互いの相談役としての役割を担っている。

ただしそれは、成功例をただなぞるようなものでは意味がないという。重要なことは「その地域の過程や背景に合わせてカスタマイズ」することだ。

「例えば、徳島県神山町の成功例を元に、あちこちにサテライトオフィスが作られましたが多くは失敗しました。神山町が成功したのは、青い目の人形の歴史やアダプトロード、アーティスト・イン・レジデンスが象徴するように、自分たちで街を作るとともに、オープンな気質があるからです。その地域における背景を無視してハコモノだけ作っても上手くはいかないですよ」

「青い目の人形」は、アメリカと日本の親善を目的として、戦前に全国の幼稚園や小学校にアメリカから送られた人形のこと。第二次世界大戦中にその多くが敵性人形として処分されたが、神山町には1体保存され残っていた。

別稿で紹介した神山町で認定NPOグリーンバレーを運営する大南信也氏(https://wirelesswire.jp/2019/10/72808/)は、同法人を立ち上げる前の1991年に、「青い目の人形」(アリスと名付けられている)を里帰りさせるために有志を募った。一連の活動はアメリカ国内の新聞にも取り上げられ耳目を集め、その有志を中心に「神山町国際交流協会」を設立するに至っている。このように神山町には、ヨソモノと交流するオープンな土壌が育まれていた、ということだろう。

では、どうすれば良いのか。もう少し詳しく見ていこう。

制度やハコモノを模倣するよりもコミュニティを耕すことが大切

井上氏は、鹿児島県長島町の副町長時代に「ぶり奨学金(http://buri.webflow.io/)」という制度を新設した。出世魚のブリになぞらえて命名されたこの奨学金は、高校・大学卒業10年後以内に島に戻ってきた若者の奨学金返還を全額補填する仕組み。回遊して出世して、島に戻って来れば良いというUターンを促す施策である。

▲ぶり奨学金のホームページより

この奨学金制度は、過疎化に歯止めをかけたい自治体間で大きな話題となり、模倣する自治体が続出した。他の政策は単に模倣しても失敗に終わるところが多いが、ぶり奨学金はそうではなかった。なぜなのだろうか。

「まず大切なことは、ルールやハコモノを作ることではなく、『コミュニティを耕すこと』なんです。そのためには、地域で暮らす一人ひとりに居場所と役割を用意することが必要。地域には何か役に立ちたいと思いながらその方法がわからず能力を持て余している人、『こんなことをしてみたい』という思いがあっても時間や力が足りない人などがたくさんいます。地域で新しいことを実行するのはそのような人たち。彼らが役割を見付けることで、地域のコミュニティは耕されます。ぶり奨学金は、地元に戻ってきた若者に渡すお金をみんなで出し合うことで、地域のために何かしたいと漠然と思っていた方々も、具体的に関わることができるようになりました。ぶり奨学金という仕組み自体がコミュニティを耕しているわけです」

トップダウンの国の施策や他地域の成功例をそのまま真似ても、「コミュニティが耕されて」いなければ、誰がやるかも分からないし、批判ばかりが起きてしまう。逆に、コミュニティが耕されていれば、そもそも模倣ではなく、思いを持った人材の中から、その地域に適した課題に対する解決法が浮かび上がってくる。先に述べた地域の背景に即した(施策の)カスタマイズともつながる話だ。事業や施策の横展開は言葉で言うほど簡単なことではない、ということを井上氏は経験上、深く理解しているのだろう。では、コミュニティを耕すにはどうしたら良いのか。

「仕掛けはBBQ大会で良いんです。みんなで地元の食材を持ち寄り交流をすることで、物事を一緒に推進できる人がみつかる。異種交流会のようなものですが、それよりも気楽で会話が弾みやすいと思います。BBQならば、農家や漁師さん、子供もみんな役割がある。とはいえ、このときに必ずしも成果が生まれなくてもいいんですよ。みんなでやるBBQは楽しいですから。それだけでコミュニティを耕す第一歩になります」

▲長島町でのBBQの様子

本来、総務省の官僚という職業的な役割からすれば、行政や自治体を俯瞰して「上から」の施策を策定することが主な仕事だろう。しかし、一般的にイメージされる官僚の視点と井上氏の見ている世界は全く違うようだ。

「僕は市民と住民は違うと思っていて、アクティブで意識の高い『市民』だけでなく、特に地域活性などに関心はなく、ただそこにいる『住民』の方も大事だと思うんです。上からのアドバイスに住民は付いてきません。地域にはいろいろな考えの人がいるから面白いんです」

数多くの自治体で、継続的に住民とも関わってきた井上氏だからこそ見えていることも多々あるに違いない。

東京一極集中の現状を変えていきたい

最後に、井上氏が今後チャレンジしてみたいことを訊ねると「人口20〜30万人ほどの街の再建をしてみたい」と即答された。

「大きすぎない街の方が思い切ったことができます。小さな町でできることは思いっきりやらせてもらったので、次はそれくらいの規模の町でやってみたい。その中で一人ひとりに居場所をつくり、誰もがチャレンジをできる環境を用意したい。東京一極集中から抜け出し、より魅力や人材を分散させたいんです。地方には優秀な人たちがたくさんいます。彼らが高校卒業と同時に東京へ出て行ってしまう現実をどうにか変えたい。先を行き過ぎたロストペンギンではなく、一歩先を行くファーストペンギンになりたいですね」

その一つの結実が「ぶり奨学金」だったに違いない。

軽いフットワークと柔軟な思考で地方を飛び回る井上氏は、今後も訪れる各地にミツバチのように街づくりのヒントを振りまいていくだろう。そのミツバチは、ときにはある地方に少しだけ長く滞在してコミュニティの中心となり、街の再生に携わっていくだろう。時間をかけてローカル目線で人々と交流し、地域の内側から課題を発掘し解決していく類まれな公務員。地域復興の未来を担う若き井上氏を、創生する未来「人」第16号とする。

(企画・制作:SAGOJO  編集:杉田研人  写真:スガタカシ 監修:伊嶋謙二)