中小企業向けのAI活用講座「AI実践道場」。石川県、金沢工業大学(KIT)、日本アイ・ビー・エム株式会社(日本IBM)、株式会社イーネットソリューションズ、株式会社金沢総合研究所が2018年から産学官連携で行っているこの講座は、AIテクノロジーの導入により、データ分析をビジネスに活用する方法を身に付けてもらうことを目的に開講されている。

創生する未来では、この「AI実践道場」の取り組みについて、5回にわたって紹介するシリーズを開始した。第1回(https://wirelesswire.jp/2020/11/78227/)では、「AI実践道場」石川県庁の担当者・清塚大輔氏に登場いただき、本プロジェクト発足の経緯から、産学官連携の取り組みに寄せる期待を聞いた。

第2回の本稿では、AI実践道場の立ち上げ時から提供している集合研修の内容を紹介する。本講座の講師を務めた野田晴義氏と槌野浩氏にご登場いただき、プログラムの内容や利用したツール、参加企業を通して感じた手応えまで、詳しく話を伺った。

理論とビジネス、それぞれの現場を熟知したベテラン講師2名による濃厚な4日間

集合研修は、全部で4日間のプログラムだ。「AIとは何か?」「データ活用とはどういうことか?」という基礎的な知識の習得からスタートし、座学だけでなく、AIツールを実際に利用しての実習を行う。研修終了後に受講した各社が、実際にデータを利活用することを視野に入れている。講師を務めたのは、KIT虎ノ門大学院客員教授として2018年からAI講座の講師を務めている野田晴義氏と槌野浩氏の2人だ。

▲第1回の講義に登壇する槌野浩氏(写真左)と野田晴義氏

野田氏は、日本IBMの東京基礎研究所で自然言語処理/テキストマイニング技術/音声認識技術の黎明期から研究者およびマネージメントとして従事してきたデータサイエンティスト。一方の槌野氏は、同じく日本IBMの現役のプロジェクト・マネージャー/ITコンサルタントのグループリーダーだ。多数のクライアントへの人工知能ツール「Watson」(ワトソン)導入、ビッグデータ利活用やサービス実装などの現場が仕事の舞台である。ベテラン講師を「理論」と「現場」の理想的な両輪に据えた本講座は、受講者からも毎年好評を博しているという。

集合研修の全体構成をリードする槌野氏は、講義内容を「できるだけインタラクティブに、現場に即したやり方で講座を進めることが、石川県やKITからのリクエストでもありました」と説明する。第1回は、野田氏からAIの歴史や、そもそもAIとは何かという基礎知識の講義。第2回は、現実のビジネスの中でAIやデータ活用がどのようにされているかを、現場のプロフェッショナルである槌野氏が具体的な事例を踏まえて講義する。

3回目は、いよいよ実際に受講者が分析ツールを用い、野田氏のサポートを受けながらデータ分析をする実習だ。そして最終回となる4回目は、これまで学んだことを踏まえ、参加者それぞれに自社のケースで考えた活用事例を発表し、そのアイデアをブラッシュアップする場となっている。豊富なプロジェクト経験がある槌野氏ならではの、まさに「AI実践道場」の名に相応しい内容といえる。

▲全4回の講座の流れ。AIの基礎知識を学ぶ座学から、データ分析方法の習得、最終的に自社ビジネスへのAI適用のための宿題が課される

テキストデータを様々な視点から分析し、新たな視点を見出す実習

3回目に行われた、データ分析の実習を詳しく見てみよう。利用する分析ツールは、IBM Watson Explorer(WEX)(https://www.niandc.co.jp/sol/product/wex/)だ。メールやSNSのテキストをはじめ、コールセンターのログなど、定型的に分類するのが難しい「非構造化データ」であるテキスト情報(文章)を収集し、探索・分析することで、役立つ情報を見つけ出すことができる「テキストマイニング」技術をベースにしている。

分析する対象データは、金沢らしい「伝統工芸」「金箔」などへの興味や関心をキーワードに、事務局が講座のための独自アンケートを用意。これまで講習に参加した700名程度に入力してもらったデータを用いている。アンケートでは、性別、年齢、職業、家族構成、興味の有無などの選択式で答えられる「構造化データ」と、「あなたが日ごろ大切にしている物やコトとその理由について」「金箔に対するあなたのイメージや印象について」など、質問文に対して自由に文章を記入してもらう「非構造化データ」を取得できるような設問になっている。

▲定型項目(選択式)のアンケートで得られる「構造化データ」と、自由分記入(テキスト)で得られる「非構造化データ」の書式例

アンケート結果をCSV形式のデータにして、WEXにアップロードするだけで、システムが文章を解析して、名詞、動詞、述語、好評表現、不評表現、満足、不満、質問、などに文章を分解し、様々なタグ付けをしてくれる。WEXでは、これらの「構造化データ」とテキストマイニングにより解析された「非構造化データ」の相関値を見ることができるため、分析者による様々な切り口でアンケート結果を分析することができる。

本講座では、分析の方法に「ファセット分析」という手段を用いた。これはある特定の用語が、どのような観点で使われているのか、分析の切り口(ファセット)として見るもの。ファセットごとに含まれる語の出現頻度や相関値から、キーワードに対してどのような印象を持っているのか、というような分析が可能となっている。

▲WEXの分析画面の説明。特定の名詞と形容詞などを選択することで、出現頻度やその相関値がファセット分析される

実習では、「金箔への関心度合い」についてのデータ分析を参加者が実際に行った。年代別、性別、職業など違った切り口で分析すると、同じような結果が現れてくる場合もあれば、全く違う結果となることもある。実習を担当した野田氏は、同じ手法を用いて様々な視点での分析を行ってもらうことで、出てくる結果の違いや新しい視点を体感してもらえるように配慮したという。

「例えば、『金箔に関心が高い』女性は、『日頃大切にしている物やコト』として、感謝、気持ち、家族といった名詞との相関が高いです。これに対して、『金箔に関心が高い』男性の場合は、コミュニケーション、人間関係、仕事といった名詞との相関が高いという違いが確認できました。また、自由記入の非構造化データにおける『買う』の語彙と、他の語彙の相関関係を分析することで、思いもよらない視点が得られることがあります。そういう気付きを、次の段階、つまりビジネスの中でどう生かしていくかということになります」

FAQにAIは使えるか?トップと現場が意識共有し「データを収集すること」が鍵

受講生はこれらの学びを踏まえた上で、4回目開講前までに提出する「宿題」を与えられる。自社課題を自ら考えた上で、その課題解決のために達成すべき目標、必要なデータ、データの種類などを書き出す。既存データでなく新規データを収集する必要があれば、その手法とコストなどを算出。さらに、分析手法としてどのようなものを適用し、その結果で得られると思う内容、そして冒頭に設定した課題に対してどのように役立てられるのかを検討しなければならない。

▲宿題として与えられる自社の課題解決に向けたデータ分析およびデータ活用計画

この「宿題」で非常に多かった計画内容が、社内の問い合わせに対してAIを使うことだった。事前に問い合わせ文と応答文を学習しておくことにより、問い合わせ文から求められている答えをAIが質問者へ返すことができる。チャットボットなどの自動応答システムを導入することで、業務効率化を目指すというものだ。その効率化を果たすためにはどういうデータがあればできるのだろうか。

「『問い合わせに対する答えを用意する』ということから、皆さんがまず思い描かれるデータは、FAQだと思います。ただ、FAQは非常に綺麗に整理された質問文で、実際にそんな『綺麗な質問文で問い合わせをするお客様』って、滅多にいないですよね。回りくどい質問だったり、細かい言い方で同じことを聞かれたりします。そのような、実際にお客様が問い合わせてきた『ありのままの問い合わせ』のバリエーションがたくさんあればあるほど、より多様な質問に対応できるのがAIです」と野田氏は語る。

実際に多数の企業とプロジェクトを共にしてきた槌野氏は、「ビジネスに活用できる『データ』というのは、やっぱり、現場に存在しているんですよね。ですから、データ活用やAIによる分析のプロジェクトでリアリティのあるデータ活用が実現するかどうかの境目は、『データを活用する』という目的意識をトップと現場が共有できているかどうか、ということが非常に重要です」と指摘。どの企業であっても少なからず課題になる「現場のデータ」の収集について、講座終了後を見据えた実践的なアドバイスを行っていた。

「人を超えるAI」へ辿り着く、その第一歩となる講座

槌野氏は、本講座のようなツールを用いたデータ分析実習について、「AI講座と題した場でこれをやると、『どうして、これ(データ分析実習)がAIなんですか?』と問われることがあります」と明かしてくれた。

「誤解されがちなのですが、AIというのは『人間が仮説を立てて分析した結果を検証する』という道具ではありません。いろんな膨大なデータの中から、勝手に意味のある特徴を見つけ出してくれるツールなんです。ただし、それを行うためには、本当に莫大なデータが必要です。一方で、実務として見た時に、AIのプロジェクトがスタートを切るタイミングに必要なデータが揃っているということは、ほぼありません。そこでまず、最初のスタートを切るために、データ分析ツールを用いて、業務専門家の経験的知識を引き出すことはとても有効です」

本講座は「非エンジニア向け」ということもあり、一般的に抱かれている「AI」のイメージとのギャップに対して、問いを投げかけられることもあるようだ。そのような場合にも、実務現場、研究現場、双方の視点から、まずはデータ活用の実際について丁寧に解説することで、受講者も納得して段階的に理解を深めることができる。データ分析実習の意味と意図を理解できてこそ、現場でAIを使えるようになるわけだ。

「まずは、専門家や実務家の知識をベースにデータ分析し、実務として成り立つようなレベルまでAIシステムに学習させます。そのAIをさらに実務に適用していくことで、実務ベースのリアルなデータがどんどん入ってきますから、それによってAIがさらに学習し、もっと賢くなっていく。データを大きくしていくことによって、AIは人間が気付かなかった特徴に気付くようになるわけです。そうすることで、本当の意味でのAI、人間を超えるAIというところを狙えるようになってくる。これが本格的なAIに向かう道筋でしょう」

野田氏は、従来のITシステムの構築とAI構築の違いについて「これまでは導入するITシステムの仕様を決めた後は、ベンダーに発注して納品されて終わりでした。一方でAIは、実際にビジネスを行っている方々とAIベンダーの方々がタッグを組んで、導入後も引き続きAIをレベルアップしていく事が非常に重要になります」と指摘する。「業務で何が大事なポイントかをビジネスサイドが提示し、そこをどう効率良くシステムの中で生かしていくかをAIベンダーが考える。『データ活用』と『新しいビジネスアプローチ』ということを理解していただければと考えて、講義ではお話ししています」

最後に槌野氏は、「AIシステムを作るのは、人を作るのと同じだと思っています。参加企業の方々には、『AI実践道場』という名前にある通り、現場に基づいた実践的なAIが現場に役に立つことをお伝えしようと、内容を考えさせてもらっています。自分自身、すごく面白く、いろいろなビジネスでのユースケースを勉強する良い機会をいただいていると思って、毎回参加させていただいています」と講座への熱い思いを語ってくれた。

次回は「AI実践道場」ステップアップコースについて具体的な内容を取り上げていく。実際にステップアップコースに参加した企業にご登場いただき、講座に参加するまでの課題認識や取り組んだ内容、また受講後の意識変化などを具体的に紹介する。

(取材・文:かのうよしこ 編集:杉田研人 企画:SAGOJO)