いわゆるDX、デジタルトランスフォーメーションする必要性を多くの企業が迫られている。
ところが、これがなかなか難しい。

たとえば、DXをコンサルティング会社に依頼するも、そもそもそのコンサルティング会社そのものがDXしてないので「DXのようなもの」しか提案できない。

とあるコンサルティング会社が顧客先にDXを提案する資料を見せてもらったことがあるが、一言で言えば、それはDXというよりも「OA化」と呼んだ方がいい段階の提案に留まっていた。

たとえば、「AIの活用」という項目では、「FAX書類に書かれた文字の自動読み取り(AI-OCR)」という項目があるだけで、そもそも我々のような生粋のIT企業では、仕事上の文章は全てE-mailやPDFでやり取りされるため、書類に書かれた文字を読み取る必要などほぼない。

そしてもう一つの問題は、「AIの活用」というお題目を顧客から与えられたコンサルタントが苦し紛れに「AIっぽい機能」を導入しようとした時にOCR(光学的文字認識)は簡単に導入できるものの一つなのだろう。

ところが、「これで我が社もDXできた」と安心するのであれば、それはもう、かなり間違っているのである。

昨年、角川アスキー総研の遠藤諭氏を招いたオンラインイベントで遠藤氏は「DXとは、タクシー会社がUberになるようなもの」と説明した。
つまり、デジタルを中心にした企業の事業構造の解体と再構築である。

たとえばタクシー会社はUberになれない。もしもタクシー会社がUberになろうとすれば、車を全部売却し、運転手を全員解雇し、アプリを開発し、改めて運転手と契約しなければならない。これは言うまでもなく、恐ろしく困難だ。一旦死んで生き返るくらい、難しい決断である。

日本では法律と免許の問題でアメリカと同じ形でのUberの導入ができないようになってる。だからタクシー会社はかろうじて生き残っているに過ぎない。
逆にUber的なものが上陸することを警戒してむしろ日本のタクシー会社はデジタル技術の導入を急ピッチで進めていて、QRコード決済やSuica決済にいち早く適応した。今はタクシーアプリでタクシーを呼ぶことも決済することも簡単になってる。ある意味で、Uberという先行事例があり、それがそのまま日本で展開できないという文化の違いを利用して対抗することができた。

もちろんトータルで考えれば、素人の運転手よりも道を知ってるプロの運転手が運転するタクシーの方が安全なので、Uberよりも良い体験ができる。

2015年にGoogle傘下のDeepMindが開発したアルファ碁が人間のプロ棋士を打ち破った。これは歴史上初めてのことである。
アルファ碁は囲碁しかできなかったが、後にそれを汎用化し、あらゆる決定論的ゲームに勝てるAlphaZeroが開発された。AlphaZeroの脅威的なことは、そのソースコードがあまりにも短いことである。

A4の紙に打ち出すと、わずか12ページに収まってしまう。
脅威的なのは、この短いプログラムが、全ての人類に勝ちうる人工知能に成長してしまうことである。

この時点では決定論的ゲーム、ゲーム理論的にいえば「完全情報ゼロ和ゲーム」、つまり囲碁や将棋やオセロなどに限られていたが、ポーカーなどの「不完全情報ゲーム」でもAIが有効性を持つことが確認され、マイクロソフトはついに麻雀でも人間に勝てるAI(https://www.microsoft.com/en-us/research/project/suphx-mastering-mahjong-with-deep-reinforcement-learning/)を開発した。

こうしたAIは、もちろん文字認識(OCR)に使われるAIの仲間ではあるが、目的も威力も全く異なる。

ディープラーニングの世界的権威であるモントリオール大学のヨシュア・ベンジオ教授は、このようなAIを「Artificial Intuition(人工直感)」と呼んでいる。

確かに、ゲーム攻略に用いられるほどに高度なAIは、文字認識をする単純なAIと構造そのものは似ているが目的と効果は根本的に異なる。
一定以上のレベルで囲碁や将棋、麻雀などのゲームを遊んだことがある人なら誰でもピンと来ると思うが、結局、そうしたゲームで「勝利への一手」は、直感的にしか発見できないもので、AlphaZeroなどが獲得したものは視力(画像認識)というよりも直感力と呼んだ方がピンとくる。

だとすれば、数理モデル化(ゲーム化)可能な意思決定は全て、AI(Artificial Intuition)にやらせるべきという結論は自明である。

デジタルトランスフォーメーションの究極の形とは、事業活動の根本にAIによる意思決定を置き、AIを中心に事業プロセス全体をデザインしなおすというものになるはずだ。

さあ、ではこれを実現できるだろうか。

たとえばAI企業のCEOである筆者が、「よし、僕はもう引退するから明日からAIをCEOにしよう」と宣言したとする。株主たちや役員、社員たちは納得できるだろうか。

しかし、当社の場合、役員と社員全員が「AIの方が正しい判断ができる」とわかってるはずなのである。
我々はこれまで、何度もAIが我々の想像を越える判断をし、適切な計画を作り、人類で最も優秀な研究者よりも効率的なAIを設計するところを目の当たりにしてきた。

したがって、頭ではわかっているのだ。AIの方が常に正しいはずであると。
ところが、心が動かない。

AIを作る会社と、AIに作られた会社は根本的に構造が異なるのだ。
したがって、既存の会社の既存の事業構造の中をDXするというのは極めて難しい目標になる。

実際にはDXというよりもOA化、IT化という、過去数十年繰り返されてきたことのマイナーチェンジをするのが席の山だ。

唯一、DX的なことをするためには、式年遷宮のように、全く新しい会社をAIによって設計させ、AIを中心にした事業構造を持ったままAIが社員を雇い、AIが営業してAIが売り上げを管理するしかない。

もちろんこれを実現するためには、「AIは正しい」と信じるに足る知識と経験を持った人間たちがこの構造を支えなければならない。
AIにはできることとできないことが明確にある。AIは身体を持たないため、人間そのものを代替することができない。したがって、人間界の抱える課題をAIに教えることができるのは人間だけだ。

また、身体を持たないため、どこに出かけていったり、誰かを説得したりするのもAIは苦手だ。人間はAIと社外の人間との間に立って相手を説得したり納得してもらったりする必要がある。

最後に、AIは責任を取れない。AIができるのは与えられた条件下で人間よりも正しい判断を下すことだけだ。その条件が正しいのか間違っているのかは人間が判断しなければならない。その意味で、まだ社長の仕事はAIにはできない。何か間違っていた時に責任を取るためには人間が必要だからだ。

つまりDX化を根本的に阻んでいるのは非DX企業がDXの提案をしている構造そのものにある。
しかし、世の中にはAIを中心にして作られた真のDX企業というのが存在しない。理論上はその方が正しいはずだが、これを確かめるには実際にそうした「真のDX企業」を作ってみるしかない。

ただし、「企業のDX」は不可能だとしても、「事業のDX」は一定の範囲で可能である。
たとえば、現場の出発点をAI化するだけでも、事業構造をAI中心のものに変えることができる。筆者の顧客企業の一つでは、彼らがエンドユーザーに提供するコンサルティングサービスの第一段階のアセスメントにAIを導入し、エンドユーザー自身が気づいていない真の課題を見つけ出すことで、大幅なアウトカムの向上に成功し、エンドユーザーの満足度もあがり、単価の押し上げにも貢献した。

これはそれまで人間のコンサルタントが見極めていたエンドユーザーの真の課題をAIが人間を超えたレベルで見極めることで時間の大幅な節約に貢献した例だ。

文字認識とアセスメントが根本的に違うのは、文字認識というのは人間なら誰でもできることが期待されている「付加価値の低い」仕事であるのに対し、顧客ヒアリングによるアセスメントは、豊富な経験を持つ人間にしかできない「付加価値の高い」仕事であることだ。

しかも、この付加価値は、人間が提供できるレベルを遥かに超える。

同じように、筆者の顧客企業の一つで、計画の自動立案に着手し、成功しているケースがある。人間が立てるよりも遥かにコストが少ない計画を人間の数百倍の速度で立案できる。ただ立案するだけでなく、シミュレーションを行い、実際に計画のプロセスを提示できる。要は、AlphaGoの対局を棋譜として表示するのと同じように、計画の実際の進行状況を予測した結果、いわば未来の棋譜を提示できるのだ。だから「この時の判断が後でどう活きて来るのか」「このAIはこれからどうするつもりなのか」ということが明確になる。この明快さは、人間以上だ。

筆者の会社内でも、仕事の部分的なDX化の一環として、AIの自動設計を行なっている。以前も本欄で紹介したことがあるが、この自動設計が実際に機能するものであることを我々が腹落ちするまでに半年近くかかった。

この自動設計には三つの問題がある。
一つは、一回の自動設計に膨大な計算資源が必要なこと。具体的には100台のGPUサーバーを丸二週間ロックインする必要があった。これは仮にAmazon AWSのGPUインスタンスで行うとすれば、一番安いK80のインスタンスでも570万円かかる。一番高いインスタンスでノードあたり8枚のGPUを積んでやれば、二週間で1億2千万円以上になる。GPU数を揃えてノード数を1/8に減らしても2000万円ほどかかる計算になり、とてもではないが「ちょっと試しにやってみるか」という金額ではない。

筆者の会社の場合、社内に100ノード程度のコンピュータを束ねて使うことで分散的な計算を行い管理する独自のフェデレーションというシステムがあるため、実際にはこんなにはかからないが、相当程度の電気代は想定しなければならない。

もう一つの問題は、そうして巨費を投じてAI自身に自動設計させたとしても、そのAIが使い物になるかどうかはやる前の段階ではよくわからないことだ。つまり、二週間で570万で済むかもしれないが、それで目的とするAIが設計できるか、その設計がどのくらい期待に答えることができるかやってみるまでわからないのである。

最後の問題が最も深刻だ。そうした二つの問題を乗り越え、顧客がAIによる自動設計を承諾し、リスクに納得していただいた上で、自動設計プロセスがスタートし、毎日のように自動設計の進捗状況が報告される。そしてどんどん設計が進んでいき、最終的には人間の研究者が設計したSOTA(State Of The Art;その時点での最高性能)モデルを遥かに超える精度と、圧倒的に小さい・・・たとえば1/100とか1/1000とかのAIが出力される。AIにおいて、サイズの小ささは計算量に比例する。すなわち小さいモデルというのは、それだけで低消費電力であり、高速であることを意味する。世界最小・最軽量のモデルができた。そうだ。我々は賭けに勝った。うまくいったのだ、と安堵するのも束の間、今度は次の問題が出てくる。

「そんなバカな」という結果が出てきたときに、それを信じることができないのである。
まず、多くの人が「何かが間違っているはずだ」と考える。「何か見落としはないか」と考える。我々がAI設計の自動化を達成した時にまず考えたのはそれである。

理論上は、そういうことが起きてもおかしくないことを、我々は知識として知っている。しかし現実に目の当たりにしたときにそれが「実際に機能するのだ」と得心するまでにはさらに時間がかかる。

ただ、世の中には切実にAIを軽くしたい、コスト的電力的な問題で、できればGPUを使いたくないというニーズは相当数あり、今現在はそうした顧客に対してAIによる自動設計サービスを展開している。今のところ、全ての顧客の期待に応える結果が出せており、ようやく我々も腹落ちしてこの話を人にできるようになってきた。

先日、久しぶりにオフィスに行ったら、珍しく二名のエンジニアが出社していて秋葉原で売っている安いコンピュータで恐ろしく複雑なモデルを動かしていた。

何をしているのか聞くと、来週、名古屋で開催されるイベント展示のため、新しい自動設計されたAIのデモを作っているのだという。

「それはどのくらい速いの?」と聞くと、「このタスクは非常に重くて難しいのでSOTAモデルの1/3くらいのサイズですね」という答えが返ってきて、筆者の抱いた率直な感想は安堵だった。

1/100はいくらなんでもやりすぎた。1/3くらいでいい。世の中のSOTAモデルは、1%とか2%とかの改善で競ってるのに、うちだけ99%削減とか言ったら誰も信じてはくれまい。

多分もっと長い期間、AIに設計をさせ続ければもっと小さくはなるだろうが、たかだか二週間でそうも人間の設計者をおちょくられては困る。

しかし筆者自身、こういう心境になってしまうこと自体が、DXを阻む最後の障害の正体なのではないか。