広島東洋カープが絶好調だ。開幕ダッシュに成功し、2012年4月以来の単独首位につけている。好調な投手陣や堅実な守備など、勝因は多々あるだろうが、熱狂的なファンによる応援の後押しも、要因のひとつではないだろうか。そんな熱狂的な応援からは、今では球界で当たり前になっている、さまざまな応援スタイルが生まれている。週刊野球太郎ではそんな「広島東洋カープ発祥の応援スタイル」を掘り下げてみたい。


◎ジェット風船は広島ファンが考案

 ジェット風船、といえば近年、多くの球場で見ることができる定番の応援スタイルだ。中でも有名なのが甲子園球場のジェット風船だろう。

 当然、最初にジェット風船を始めたのも阪神ファンかと思いきや、ジェット風船の発祥には諸説入り乱れている。その中で有力とされているのが、1978(昭和53)年5月に広島の私設応援団「広島東洋カープ近畿後援会」のメンバーが始めたという説だ。

 当初は、甲子園での阪神vs広島の試合で広島の選手がホームランを打つたびにジェット風船を飛ばしたのがキッカケだったという。それがいつしか、7回表「ラッキーセブン」の広島が攻撃する前だけに上がるスタイルに変更された。ただそれは、1試合に何度も飛ばしていると、風船がすぐになくなってしまうから、というのが実情だったようだ。

 その後、1985(昭和60)年の「阪神 21年ぶりV」の熱狂の中で、甲子園を埋め尽くした阪神ファンがジェット風船を飛ばしたことで、「ジェット風船=阪神/甲子園球場」というイメージができあがったといわれている。


◎トランペット応援は広島発祥

 トランペットによる鳴り物応援は、日本独自の応援スタイルだ。このトランペット応援を「集団」で初めて球場で行ったのが広島ファンの平岡毅さんを中心にしたトランペット軍団だといわれている。

 平岡さんが広島経済大学の4年生だった1978(昭和53)年、旧広島市民球場に応援に出かけると、持参したトランペットでファンファーレや外国人選手に向けてアメリカ国歌を奏でていた。そんなある日、「山本浩二ファンクラブ」の会長だった内田美昭さんから「一緒にやらないか」と声をかけられ合流。そして同年4月22日、大学の後輩2人を誘って旧市民球場に駆けつけた平岡さんは、山本浩二ファンクラブの法被を着てトランペット軍団を結成。3人でコンバットマーチを吹いたのだ。

 後に平岡さんは山本浩二の応援ソングを作成。こうして、トランペットによる選手の応援歌という、今につながる伝統の応援スタイルが生まれた。つまり、選手オリジナルの応援歌も、広島の山本浩二が元祖なのである。


◎メガホンの起源は「しゃもじ」

 応援に欠かせないアイテム、「メガホン」。先がふくらんだ「バットタイプ」や両手で打ち鳴らす「ダブルバット」、刀の形状をした「サムライスティック」など、デザインや用途も含め、メガホンの世界は年々進化を遂げている。

 このメガホンの起源といわれているのが、広島の応援で使われる「しゃもじ」だ。しゃもじはもともと宮島の名産品。「勝ちを召し取る(=飯取る)」や打ち鳴らした時の「カチカチ(勝ち勝ち)」という音から、ゲン担ぎとして愛用されていたグッズだ。広島戦以外でも、高校野球の広島県代表校の応援アイテムとして使われることも多い。これに目をつけたあるメーカーが、12球団それぞれのチームカーラーのメガホンを売り出したところ、飛ぶように売れて広まったのだ。