6月21日に全国のトップを切って沖縄と南北海道で第96回全国高校野球選手権大会の地方大会が開幕した。他の都道府県でも続々と抽選会が行われ、各地で地方大会の組み合わせが決定している。

 地方大会で毎年見かけるのが、思わぬ大差がついてしまう試合だ。大会序盤で強豪校が登場する試合や、ちょっとしたきっかけで思わぬ大差がついてしまった試合を目にすることが多い。今回は過去の地方大会で実現した、記録的な大差がついた試合について、クローズアップしてみよう。

◎史上最大の大差試合

 もう16年も経ったのか……と思う人も多いかもしれない。高校野球の地方大会史上、最大の点差がついた試合といえば、1998(平成10)年の青森大会2回戦。122−0という歴史的な差がついた、東奥義塾高と深浦高(現木造高校深浦校舎)の試合である。

 1回表に39点を奪った東奥義塾高はその後も攻撃の手を緩めず、毎回の2ケタ得点を記録。打ちも打ったり本塁打7本、三塁打21本、二塁打27本、さらに盗塁は78個。これは全て東奥義塾高だけの記録だ。

 当時、各地方によってコールドゲームの規定はバラバラだった。青森県の規定では、7回終了までコールドゲームが成立せず、その結果がこの点差となってしまった。この試合もあって、2000(平成12)年度からコールドゲームのルールを統一。現在の高校野球の規定は「正式試合となるコールドゲームを採用する場合は、5回10点、7回7点とする」とし、春のセンバツと夏の甲子園大会以外は全てこのルールが適用されている。

◎戦前にもあった大差試合

 この試合以前の記録的大差試合は、1936(昭和11)年の埼玉大会の1回戦で起きている。豊岡実(現豊岡高)が72−0で松山中(現松山高)に勝利した試合だ。これだけの大差がついたのは、松山中の拙守が原因のようだ。試合を振り返ると、松山中の投手陣は四死球を44個も与え、守備陣も15失策を記録した。

 豊岡実は次戦も28−0で勝利し準決勝に進出。浦和商を7−3で破り、決勝戦を戦う前まで合計107点も取っていた。しかし、豊岡実は決勝戦では0−1で惜敗。107点のうち2点あれば、埼玉大会で優勝できたのに……と、「たられば」を言いたくなってしまうほど、何とも残念な結果となってしまった。前出の122点差の試合が成立するまで、実に60年余りも破られることがなかった大差試合である。

◎両チームとも健闘を讃えたい! 合計57点の試合

 大差がついた試合とは異なるものの、もうひとつ得点にまつわる記録的な試合を紹介しよう。

 1931(昭和6)年の南九州大会では、1回戦でこんな試合が起きた。宮崎中(現宮崎大宮高)vs熊本中(現熊本高)の試合は36−21で宮崎中が勝利。なんと、両チームが挙げた得点が合計で57点もあったのだ。

 当時は金属バットもなければボールの素材も粗悪であり、現在のように打球もそれほど遠くに飛ばなかったはず。また、この大会の他チームのスコアを調べると、両校を除いたチームで2ケタ得点を挙げたチームは数えるほど。この試合で何が起きたのか、定かではない。

 しかしながら、勝利した宮崎中は続く2回戦は5対4と1点差で勝利したものの、3回戦では10−0で敗れている。

 ちなみに122点を取った東奥義塾高は、次の試合ではコールド負けを喫している。前述のように豊岡実も宮崎中も、圧倒的なスコアを記録したからといって、大会を勝ち抜けるとは限らない。やはり、地方大会は甘くないのだ。

 敗れ去ったチームの想いを背負って、甲子園出場に向けて戦う球児たち。今年はどんなドラマをみせてくれるのだろうか。
(参考文献・不滅の高校野球/松尾俊治著)
(文=鈴木雷人)


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 この母体となる雑誌『野球太郎』が監修した「高校野球のスゴイ話」がポプラ社より発売される。今年で90周年を迎える甲子園球場では過去、数々の名勝負が繰り広げられた。1988(昭和63)年、延長17回の死闘を演じた横浜高vsPL学園高の試合や、MLBで大活躍している田中将大(ヤンキース)と斎藤佑樹(日本ハム)が2日間に渡って投げ合った、2006(平成18)年の駒大苫小牧高vs早稲田実などの熱戦を物語風に紹介。他にも甲子園の大会や球場の歴史など、高校野球の面白いエピソードが豊富に描かれている。