柳田悠岐(ソフトバンク)三冠王なるか!? 歴代トリプルクラウン達成者と逃し続けたレジェンドは?
 春の不調もなんのその、楽天と壮絶な首位争いを繰り広げるソフトバンク。チームを牽引するのはなんといっても柳田悠岐だ。昨季はケガや四球攻めに苦しんだが今季は絶好調。打率.326、23本塁打、75打点を記録し、打撃主要スタッツでいずれも首位を走っている。

 もし三冠王を獲得するとなれば、2004年の松中信彦以来、13年ぶりの快挙になる。栄光に向けた勝負の後半戦になるが、あらためてこれまでの三冠王達成者をおさらいしておきたい。

◎三冠王達成者(球団名は当時のもの)

■1938年秋
中島治康(巨人)
打率.361/10本塁打/38打点
(※1938年の秋季リーグは40試合制)

■1965年
野村克也(南海)
打率.320/42本塁打/110打点

■1973年
王貞治(巨人)
打率.355/51本塁打/114打点

■1974年
王貞治(巨人)
打率.332/49本塁打/107打点

■1982年
落合博満(ロッテ)
打率.325/32本塁打/99打点

■1984年
ブーマー(阪急)
打率.355/37本塁打/130打点

■1985年
バース(阪神)
打率.350/54本塁打/134打点

■1985年
落合博満(ロッテ)
打率.367/52本塁打/146打点

■1986年
バース(阪神)
打率.389/47本塁打/109打点

■1986年
落合博満(ロッテ)
打率.360/50本塁打/116打点

■2004年
松中信彦(ダイエー)
打率.358/44本塁打/120打点

◎泣いても泣ききれない選手も!?

 長きプロ野球の歴史でも11回、わずか7人しか達成者がいない大記録。錚々たるメンバーと数字が並んでおり、1年や2年の確変では決して獲得できないレジェンド記録といえる。

 初代・三冠王といわれるのは、1965年の野村克也。記録上では1938年秋の中島治康が初だが、1938年は春秋にシーズンが分かれており、ノムさんが三冠王を獲得した後に成績を春秋通算で扱うか、それぞれ単独で扱うかが議論され、あらためて春と秋は別のシーズンだと確認。中島も三冠王に認定された。

 しかし、三冠王=トリプルクラウンの存在を世に知らしめた選手は実はこのリストには入っていない。西鉄で活躍した大打者・中西太である。

 中西は1953年、1955年、1956年、1958年の4度にわたり二冠王を獲得したが、どの年もヒット1本、1打点に泣き、三冠王を手にすることはできなかった。1953年は打率4厘、1955年は打点1、1956年は打率5毛、1958年は打点1の差でタイトルを逃した。

 この惜敗があったからこそ、ノムさんの三冠王は華々しく取り上げられたのだ。中西の活躍がなければ、サイクルヒットのように、ダリル・スペンサー(元阪急)に「これはすごい記録なんだぞ」と教えられて初めて気づくことになっていたのかもしれない。

 中西が球史に残るレジェンドであることに違いはないが、名前の登場頻度ではやはり三冠王獲得者と大きな隔たりがある。

 現球界の並み居る強打者の追撃をかわし、柳田は三冠王を獲得することができるのか。ヒット1本、1本塁打、1打点の重要性がますます高まってきた。

(成績は7月19日現在)


文=落合初春(おちあい・もとはる)