【ソウル聯合ニュース】韓国の全斗煥(チョン・ドゥファン)元大統領が23日午前、ソウル市内の自宅で死去した。90歳だった。青瓦台(大統領府)は政府の対応を議論する会議を開くなど、緊迫した動きを見せた。

 青瓦台は全氏の死亡直後、警察などから報告を受けた。その後、秘書室を中心に葬儀の手続きや国立墓地への埋葬、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の追悼メッセージ発信、大統領名義の花輪発送などを議論しているという。

 青瓦台は全氏の葬儀を「国家葬」として執り行うことや国立墓地への埋葬に否定的とされる。全氏は1980年の「5・18民主化運動(光州事件)」当時、多数の市民を虐殺した歴史的な過ちを犯したが、その過ちをしっかり認めなかった上に謝罪もせず、遺族に深い傷を残した。

 全氏は有罪判決を受け、元大統領として礼遇を受ける資格をはく奪されたため、国家葬と国立墓地埋葬の対象ではない。先月に死去した盧泰愚(ノ・テウ)元大統領の場合のように、例外的に国家葬を認める状況ではないと判断しているようだ。

 また、文大統領の弔問や追悼メッセージもない可能性が高い。青瓦台の関係者は「弔問、追悼メッセージなどはまだ議論されていない。詳しい方針は午後の会議で決まる」としながらも、「今の雰囲気では積極的に追悼する状況ではなさそうだ」と述べた。また、「盧元大統領が死去した際は社会統合の側面から文大統領が追悼の意を示したが、今は状況が違う」と説明した。

 文大統領は盧元大統領の死去を受け、「過ちが少なくないが、成果もあった」として故人の冥福を祈った。ただ、弔問はせず、花輪を贈った。

 全氏は1980年から88年まで韓国の大統領を務めた。

 全氏は陸軍士官学校を卒業し、軍内組織「ハナ会」をつくって出世街道を走った。79年10月26日、当時の朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が射殺された際に合同捜査本部長となり、政権を取るため軍事クーデターの「12・12軍事反乱」を主導した。同事件で実権を握った全氏は5・18民主化運動を武力で鎮圧。80年9月に大統領に就任した。

 退任後、内乱や殺人などの罪で無期懲役を言い渡されたが、97年12月に特別赦免され、釈放された。