【京都聯合ニュース】在日韓国・朝鮮人が多く暮らす京都府宇治市のウトロ地区に、ウトロの歴史を伝え、平和を願う「ウトロ平和祈念館」が30日オープンする。開館を前に同館で説明会が開かれた。

 ウトロ平和祈念館は一般財団法人ウトロ民間基金財団が運営する。建物は3階建てで、延べ床面積約460平方メートル。

 ウトロ地区は、朝鮮半島が日本の植民地だった時代に軍事飛行場建設のため動員された労働者たちが暮らし始めた場所だ。祈念館はウトロができた経緯や、ここで暮らした朝鮮半島出身者の暮らしぶりなどを分かりやすく伝えようとしている。

 例えば、住民が使っていた取水用のモーター式のポンプと手動式のポンプを展示している。ウトロでは1988年にようやく上水道工事が始まった。生活インフラはそれほど劣悪だった。 

 52年のサンフランシスコ講和条約で日本国籍を失った朝鮮半島出身者が外国人登録法に基づく指紋押なつを拒否する運動を起こすなど、差別的な待遇と闘ってきたことも紹介した。

 ウトロの土地を所有していた日本企業は89年に住民に立ち退きを求めて提訴し、最高裁は2000年に立ち退きを命じている。この訴訟の際に住民に送達された分厚い訴状の副本は、不動産契約や法律に通じていなかったウトロの人々にとって司法の壁がいかに厚かったかを実感させる資料となっている。わが家を撤去される危機に追い込まれた住民がデモをしたり各界に助けを求めたりするなど、居住権を守るため奔走する姿を収めた写真もある。

 伝統芸能のサムルノリに使う楽器や朝鮮学校設立に関する資料からは、住民がアイデンティティーの維持に努めてきたことが伝わってくる。

 祈念館開館を記念し、ウトロに生きて亡くなった在日コリアン1世の写真や生前の言葉などを集めた企画展も開催する。

 また、1943年ごろ設置されたとみられる、飛行場建設現場の労働者が寝起きした施設の一部を祈念館前の広場に移設した。

 祈念館の建設には約2億円を要し、その多くを韓国政府が拠出した。祈念館運営費の募金には韓日両国の大勢の市民が賛同した。100万円の募金を持参した高齢の女性もいたという。また、60人あまりがボランティアスタッフとして登録した。

 田川明子館長はウトロを守る道のりの厳しさを振り返りながら、それでもウトロの人々は「人の生活がそんな風にないがしろにされていいはずがない。人生を踏みにじられていいはずがない」と勇気を奮い立たせてきたと語った。祈念館には、ひどい差別を受ける中でも小さな喜びを分かち合い、つくりあげてきたウトロを残すという役割があるとした。

 だが昨夏、展示用に保管していた生活用品などが放火により多数焼失するという事件があった。その結果、展示物は写真が多い。

 10歳ごろまでウトロで暮らしたという80代の在日コリアン2世のチョン・ウギョンさんは「当時の暮らしの中で使っていた本物があるとよかったのに」と残念がりながらも、多くの人に来館してほしいと話した。

 財団は30日午前11時から開館記念式典を開いた後、午後1時に祈念館を一般向けにオープンする。毎週月・金・土・日曜日は個人、火曜日は団体の観覧を受け入れる。